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「でもここ、登山道から外れた場所ですよ。帰り道、わかります?」
「はい、いや……いえ」
恥ずかしい。
自分の身体がどんどんと縮こまっていくのがわかる。
声もさっきからずっと震えているし、小さい。
目の前の女性は一見すべてを包み込んでくれそうな穏やかな笑顔を向けてくれてはいるが、きっと腹の中では笑っているはず。
「お風呂が沸くまで中でお待ちください」
「この野菜はさっき収穫したものなんですよ」
「あのうさぎはよくこの庭に遊びに来るんです」
と、黙ったままの僕を気にしてもいないのか、次々と話をしてくれる。
「花壇に植えてあるのはリンドウで、あっちの植木鉢の朝顔は今朝ようやく一つ目の花を咲かせたんです」
「蝉が凄いでしょう。カブトムシもクワガタも沢山いるんですよ」
「葉が日陰を作ってくれるから、ここは夏でも比較的過ごしやすいんですよ」
初対面の相手にでもよく喋る人なんだな、僕とは正反対だ。
僕のこと、どう思っているのだろう。
いや、やっぱり変な奴だと思っているに違いない。
玄関を入り、案内された椅子に腰かけて、ちらりと部屋を見る。
土間のたたきを上がってすぐの居間はとてもシンプルで、若い女性はもっと明るい色が好きなものだと勝手に偏見を持っていたが、部屋の中は全体的に茶色い。
木造の家というのもあって、壁も梁も木で出来ている。
時計は年季の入った振り子時計で、棚や箪笥も木だ。
重厚な雰囲気を醸し出す飾り金具が角に取り付けられた、昔ながらのものばかりだ。
更に天上からは、ハーブやドライフラワーが壁から壁へと張られた紐に吊るされている。
彼女は奈緒さんと言うらしい。
僕より若いだろうと思っていたが、三つ年上だった。
「ちょっと待ってくださいね。お風呂の準備しますから」
土間にある水道でバケツに水を入れて野菜を浸けると、再び玄関を出て行こうとする。
「あの、シャワーがお借りできれば……」
「ごめんなさい。うちはシャワーが無いんですよ。少しだけお待ちくださいね、準備してきますから」
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