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「アキラももう中一か。学校で嫌な思いしてないか」
「うん。そう言うのは無いかな。普通だよ」
正直、入学前から虐めに遭うんじゃないかと、そればかり気にして胃が痛くなった事もあったが、幸い今のところはそういう話は自分自身も周りにも聞かない。
かといって、友人と呼べる子がいるわけでもないし、クラスでも殆ど一人で過ごしている。
楽しいか、楽しくないかと聞かれたら、楽しくはないかもしれない。
「人生、ほどほどが一番難しい。金を持って、広い家に住んで、洒落た服着てってのに憧れる人もいるけどな。父さんから見たら、そんなのよりも『普通』を維持することの方がずっと難しい。『普通』はそういう贅沢よりも『幸せ』だと思う」
「そういうものかな」
「あぁ」と言った父さんの竿が、ぐぐっと海に引き込まれるように動いた。
「お、来たな」
手元のリールを巻いては止め、また巻いていく。
力の強い魚なら、ここでぐいぐいと岸から離れていく奴もいるが――僕はそれで今まで何度も糸が切れて逃げられた。
だが、今日一発目の引きは思っていたものよりも軽いらしい。
「イワシだっ」
海から引きあげた糸先についていたのは5匹のイワシだ。
朝焼けに照らされて、身体の銀色がきらきらと水滴を落としながら煌めく。
「父さんは――」
「すげー、こっちのイワシ、めっちゃでかいよ。あ、ごめん父さん。何か言った?」
興奮する僕を、父さんは唇の端だけ上げる不器用な笑いで「いや」と首を振る。
「アキラもそろそろ反抗期だからな。もうこういうのも無くなるかもしれんな」
「僕はそんなのならないし」
イワシの口から針を抜き、クーラーボックスに入れる。コンクリートで尾を弾かせて暴れる最後のイワシを掴む。
「今日も暑くなりそうだなぁ」
青い空にそびえる白亜の灯台を見上げた父さんに「そうだね」と、返す。
たぷん たぷん
さざ波が、堤防に当たってはソーダみたいな泡となって消えていく。
色、音、そして眩しそうに太陽に手を翳す父さん。
一瞬、何もかもが眩しく儚く見えたのは、盛夏の太陽が海の上に浮かんでいたからだろうか。
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