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「雨、落ち着いてきましたね」
さっきまで滝のように流れて激しい音を立てていた雨どいも、今は、ぽたん、ぽたん、と不規則に鳴るだけだ。
薄暗い景色に白い煙が立ち込めていた窓の向こうも、細い光の筋が差し込み、森の中を照らしていた。
柔らかな霧雨が完全に止んだのはお昼前だった。
雨音と入れ替わるように、蝉が一斉に鳴き始めた頃。
奈緒さんと二人並んで台所に立ち、梅干しと、鮭のおにぎりを作る。
僕はおにぎりと水筒の入った麻のトートバッグを、奈緒さんは籠にお供え用の花を入れて居間を出た。
靴を履き、ふと顔を上げて目に入った、きゅうりの馬と茄子の牛。
「奈緒さん、あの馬と牛って何か意味があるんですか?」
「行きはきゅうりで、帰りは牛です。亡くなった方の魂の乗り物ですよ」
「魂、ですか」
えぇ、と奈緒さんは右足のかかとに人差し指を入れて靴を履き、改めて花の入った籠を腕にかけると「よし」と、白いロングスカートの表面を払った。
「奈緒さんは、その……一体誰を待って――」
「行きましょうか」
「え、あ、はい」
僕の質問を遮るように玄関を開けると、瑞々しく涼やかな風が土間に流れ込んだ。
足早に家を出ていく奈緒さんの後を追うように、慌ててトートバッグを掴んだ。
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