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そうか。そうだったんだ。
改めて奈緒さんの顔を見る。大人になっても変わらない、たれ目に薄茶の瞳。
長くなって気付かなかったが、天然パーマの短い髪を、ぐいぐいと引っ張って伸ばしていたあの女の子。
「コナツ、ちゃん」
奈緒さん――大人になったコナツちゃんは、黙ったまま、にっこりと微笑んで頷いた。
その時、視界の下からふわふわと白い綿毛が空に向かって舞い上がった。
青い空に漂う繊細な綿毛は、ひとつひとつが柔らかな光に包まれている。
「時間だな」
「ばいばいだね」
アカネさんとミミちゃんが視線を向ける僕の足元は、もう綿毛に隠れて見えなくなっていた。
いや、隠れているんじゃない。消えている。まるで僕の身体が綿毛になって空に舞い上がっているみたいに。
「お母さんの部屋っ……」
コナツちゃんが、胸に手を当てて訴えるように叫ぶ。
「晃さんのお母さんは持病があって、自分に何かあったら部屋を片付けて欲しいって言ってたってお父さんが言ってたの。想い出は物に宿るんじゃない。心に宿る。楽しかった想い出を物に見出して、それが足かせになるのだけは悲しいって。新しい家族が出来る事があれば、その人に使って欲しいって」
ひと息に言って、コナツちゃんは肩を上下させて息を整える。
「お父さんも悩んでたみたいで、その後も時々一人で部屋を見て寂しそうにしてたの。でも、それを見た私に言ったんだよ。『想い出が詰まった部屋を悲しみで死なせるくらいなら、誰かの笑い声で満たした方が良い。だからこれで良かったんだ』って」
奈緒さんの頬を涙が次々に零れ落ちる。
鼻頭が赤く、頬も紅潮して、声が上ずっていた。
「もう良いよ、ありがとう」
胸まで光が埋め尽くし、綿毛は深い青色の空へと吸い込まれていく。
「アカネさん」
急に呼びかけられたアカネさんは、びっくりしたように肩を小さく揺らした。
「時期になったら、その子と一緒に川辺でホタルを探してあげてください」
「えっ」とミミちゃんがアカネさんを見上げる。
「どうして私が」
「僕がこの森に戻ったとき、驚かせて崖から落としたお詫びと思ってください。死んだ体にまであんな怪我をさせられて、結構恨んでるんですよ」
少し意地悪く笑ってみせると、アカネさんは、諦めたように「わかったよ」とため息をついた。
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