第8章

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第8章

 リディアは二日ほど眠り込んでいた。  心に大きな負担がかかったゆえに、その回復に時間がかかっているのだと医師は言った。いずれは目が覚めるからとは言われものの、アレンはほとんどの時間をその傍らで過ごした。彼女が目を覚ました時に、一番にその瞳に映るのは自分でありたかった。  すうすうという穏やかな吐息が聞こえる。その一方で、彼は未だ険しい表情を崩せないでいた。 あの時、少しでも遅ければ、取り返しのつかないことになっていた。群がる男たちを目にして、激しく血が沸き立った。奴らの手が一本でも彼女に触れていたら、怒りに我を忘れて何をしでかしたかわからない。今でも思い出すだけで、僅かに腹の底がひやりとする。彼女を二度も危険な目に合わせてしまった。嫌われたくなくて、まだ踏み出せない自分が招いた。本気で守りたいと思うなら、失いたくないと思うなら、もうなりふり構っていられない。アレンは彼女の手を取って、唇をつけた。  窓の外が黄金色に染まる頃、青い瞳が瞼の奥から現れた。徐々に焦点がはっきりしてくると、その唇が彼の名を呼んだ。僅かに影の落ちる表情に、アレンは再会した時の彼女を思い起こした。リディアは再び心を閉ざしてしまっただろうか。両手で包んだ冷たい指先を心ともなく温めた。 彼女はその熱を感じ取って、その目元を揺らした。  「ごめんなさい」  涙があふれ出してその頬を濡らす。リディアは伏し目がちに彼の方を見た。  「謝るのは俺の方だ」  信じろと言っておきながら、再び危険な目に合わせた。アレンは顔を歪めた。そんな彼に対して彼女はかぶりを振った。  「勝手なことをして、またあなたにそんな顔をさせてしまった。もう、傷ついてほしくないのに」  彼女の吐露した言葉が体に染み入り、じわりと巡った。相応しくないと知りつつも、アレンは素直に嬉しいと思った。彼は手元に力を込めた。  「俺に心配かけまいとしてくれたんだろ。わかってるよ。確かに、危ないところだった。けど、だからと言って君を嫌ったりはしない。俺はどこまでも君の見方だから。でもお願いだ。これからは俺にも、君の抱える悩みを話して欲しい」  そう言ってアレンは彼女の手に口づけた。  リディアは俯いて口を閉ざした。表情が見えなくて、ぼたぼたと落ちては滲んでいく雫を、彼はただ見つめるしかない。  「…の?」  消え入りそうな声で彼女が言った。  「私、あなたに頼っても、いいの?」  「当り前だ」  アレンはきっぱりと答えた。  「もう、君は一人で抱え込まなくていい。俺がいる」  アレンはその手を強く握った。すると、彼女の不安が漏れ伝わってくる。  彼は、安心させたくて、彼女の名を呼んだ。  「リディア」  すると彼女がおもむろに顔を上げた。  「ありがとう、アレン」  彼女が笑う。泣き濡れた顔が輝きに満ちて、黄金色に染まって弾けた。  彼は苦しくて、切なくて、たまらずに彼女を引っ張って掻き抱いた。彼女の生きる温かさが腕いっぱいに広がる。突き上げる熱に彼は感嘆の吐息を洩らす。アレンはその頬に触れた。その彼を煌めく瞳が見つめ返した。  交じりあう二つの炎。それを、夜の青いカーテンがそっと包んだ。  ほのかな明かりが、そのうつくしい曲線の陰影を映し出している。胸元が大きく上下する様は、まるでそれ自体が息衝いているかのようだ。滑らかな肌の上を彼の指がなぞる。すると薄い朱色がそっと浮かび上がった。感触の柔らかさに翻弄された指が、熱を貪って更に色を濃くした。  彼女の起立した頂がその欲望を誘う。時には指先で、時には舌先で含みその輪郭を確かめると、次第に硬さを増していく。  「はあ」  彼女がたまらず声を洩らす。自身の刺激で彼女を搔き立てていることが嬉しくて、夢中になって舌先を動かした。  次第に腰をよじらせ、短い啼き声と乱れた吐息へと変化する。彼女の興奮をもっと高めたくて、自身の腰を密着させて下半身を固定すると、彼はその唇を塞いだ。快感を逃がせない彼女がくぐもった喘ぎを漏らす。アレンははち切れそうな自身を擦りよせながら、口腔内を攻める。恥じらいと甘い刺激に侵されて、彼女の意識は陥落寸前だった。  「やっ、ん」  呼吸の端で、彼女が小さく抵抗する。それが彼を焚き付けて、双丘を両手ですくうと荒々しく揉み上げた。するとひときわ大きな喘ぎと共に下腹部がびくんとはねた。彼女の体からゆるゆると力が抜けていく。  朱くはれた口元をみだらに開けて、荒い呼吸を繰り返す。瞳は濡れて、恍惚の光を宿している。アレンはたまらず唇を覆った。  口元から首筋へ流れると、朱いなごりが目に入った。彼はその施しの続きを再開した。 唇が下腹部に差し掛かると、紅潮した頬を振るわせて、彼女がその行く手を阻もうとする。そのしぐさは彼を滾らせる燃料でしかない。アレンは獣の如く瞳を光らせると、その茂みへと顔を沈めた。細い指先が懸命に守る間を縫ってその甘蜜をすする。すでに指に絡みついたものまで舐めとると、その手をそっとわきへ寄せた。現れたのはしとどに濡れて艶めく朱赤の核だった。  獣は思わず吐息を零す。それを指先でひと撫ですると腰が僅かにはねた。彼女を愉しませたい欲がむくむくと首をもたげる。  蜜のはねる音がリディアの耳に響いた。 アレンは厚い唇を割って指を挿し入れた。絡みつく肉壁が彼を奥へ奥へと誘う。指の腹が彼女を刺激する箇所を探り当てると、短い啼き声を洩らした。擦り上げる指先に声が呼応する。彼女の腰が震え出し、ほどなくして彼女は達した。  指先を離すと透明の糸が伸びて彼女の体とを繋ぐ。その入り口が緊張と弛緩を繰り返す様に彼の下腹部に滾る熱が集中した。  その中を早く埋めたくて仕方がない。アレンは体を起こして彼女にそっと口づけると、愛の言葉を囁いた。その瞳にも同じ情欲の炎が燃える。アレンはゆっくりと腰を動かし、自身を挿し入れた。  「んんっ」  彼女が苦痛に顔を歪める。彼が腰を止めると、目元が次第にゆるんで僅かに開いた。その瞳が彼を捉える。朱い空に浮かぶ男の顔は幸福に満ちている。零れ落ちたひと粒が弧を描いて流れ落ちた。  「リディア」  荒々しく吐いた息とともに、愛しい人の名を呼んだ。彼はゆっくりと腰を動かす。  律動が次第に激しさを増し、彼女の最奥を目指す。弓なりになった彼女が小さく悲鳴を上げると、肉壁が締緩を繰り返してアレンを締め付けた。  「はっ」  たまらなく息を吐き出し、身震いをした。アレンの穿ち放った精が彼女の子宮を満たし、そのしるしを残した。  散らばる黒髪の上に力なく体を横たえる彼女。そのこめかみに、アレンは口づけを落とした。彼女を腕に抱き、眠りにつくこの喜びを噛み締めて、アレンは瞳を閉じた。
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