二章

2/2
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 俺が高校生探偵よろしく謎を解き明かしたととき、いつの間にか市川くんはいなくなっており教室の前には山下と俺だけになっていた。  だがすぐに、教室から中年の男が出てきて、教室の鍵を閉めだした。 「誰だ、担任か?」  気になったので山下に聞いた。 「そうだよ、真面目そうな先生だったな」 「名前は?」 「新谷先生だよ」 「下の名前は?」 「いや、そんなの忘れたよ」 「先生!」  俺は横を通り過ぎようとする先生をつかまえた。新谷先生はこちらを眉をしかめて見ている。 「新谷先生、先生の下の名前は何ですか?」 「うっ……なんでそんなこと教えないといけないんだ?」  新谷先生はあからさまに嫌そうな態度だった。もしかすると、俺がミッシングリンクに気付いてしまったことを恐れているのではないか。むしろ気付かないほうがおかしいのだが。 「教えて下さいよ! 先生」  俺がしつこく聞くと、新谷先生はゆっくりと口を開いた。 「よしみ、だよ。新谷よしみ……」  そう言って、気まずそうに新谷先生は去っていった。  しんたろう、じゃなかった。てっきり新谷しんたろうで、生徒よりも一文字多いひらがな三文字を繰り返した名前だと思っていた。  よしみ……たしかにいるけど。女の人っぽい名前の男の人。だから、あんなに気恥ずかしそうにしていたのか。今、こっちはそれどころじゃないのに。  でも、これでわかったが、どうやらクラスの生徒で構成されるミッシングリンクの輪の中に先生は入らないらしい。 「どうやら、先生は宇野の言っているミッシングリンクだっけ? それからは外れてるらしいな」  山下が嫌なタイミングで俺が思っていたことを反芻してくる。ハーフのくせに、横文字のミッシングリンクのところだけスローテンポで言いやがって。 「で、宇野のクラスのイ問題はわかったか? 高校生探偵くん」  煽りスキルだけは異様に高い山下がニヤニヤしてこっちを見てくる。こいつの分厚い唇がこんなに憎たらしいと思ったことはない。 「わからねぇんだよな、それが全然……」 「クラスは四十人なんだよな、アが一人、ウが一人、そしてイが三十八人……」  山下が上を見ながら、考えている。ふと目があった。こいつ、ハーフなのに俺より二十センチくらい身長が低い。いや、それは山下が身長が低いというわけではない。俺が高すぎるんだ。山下はたぶん百六十五センチくらいのはずだから、この時期の高校生からすれば平均くらいのはずだ。  俺がでかすぎるんだ。俺が帰宅部なのにでかすぎるんだ。昔からそうだった。夕方に家の近所を歩いていると、 「宇野さんとこの息子さん、クラブか何かやったいいのに」  と言われてる気がした。 「それにしても、宇野、また身長伸びたんじゃね? バスケとかやらないの?」  何も知らない山下が俺が今までに百万回言われたことを言ってくる。俺は山下に「洋楽歌って」と言ったことないのに。 「なんなんだろな、山下、骨格から違うんだろうな。俺たちとは」  骨格?  そのとき何かが引っかかった。まさに魚の小骨が喉に刺さったような感覚だ。  骨格……骨……それは誰にでも備わってるもの。  安倍かんぞう。宇野うみと。他は全員イから始まる名前。 「おい、うみんちゅ、聞いてるのか?」  やめろ、俺の名前の「うみと」が「海人」と書くからうみんちゅと呼ばれてて「昼ご飯、ソーキそばか?」と言われてた中学時代を思い出させるな。推理がいいところまでいっていたはずなのに。 「宇野、まさか、お前のクラスの子、全員身体の中の器官の名前が入ってるんじゃねえか?」  突如、山下がひらめいたように言った。  なになに、安倍かんぞう……肝臓か!  そして宇野うみとは、器官といって言いのか怪しいがおそらく右脳。そして他の三十八人に共通するイは胃だ。 「山下、いいとこ取りするなよ。せっかく、もう少しでたどり着きそうだったのに」 「は? お前がちんたらしてるだけのことだろ? もう少しちゃんと考えておけばよかったんだよ。お前のその“右脳”でな」  ハーフということを差し引いても、この欧米人のような煽りかたは気に入らねえ。  俺は気付けば、自分より一回り小さなハーフの男子の胸ぐらをつかんでいた。 「やめろよ」  山下がそう言って俺の腕を振りほどこうとしたそのとき、  キーンコーンカーンコーン  キーンコーンカーンコーン  チャイムが鳴り出した。下校の時間のチャイムだろうか。  キーンコーンカーンコーン  キーンコーンカーンコーン  長いな。最後のチャイムは長いのか。  キーンコーンカーンコーン  キーンコーンカーンコーン  おいおい、長すぎるぞ。  俺は山下をつかんでいた腕を離した。 「逆切れかよ」  別に逆切れではない。普通の切れ、正常切れだ。  するとそのとき、何やら俺のクラスの二組のほうが騒がしくなっている気がした。  また俺は自分の教室の前に戻って中を見ていると、そこには俺以外の全員がいた。 「伊藤さくら」 「はい」 「井中ただし」 「はい」 「井野たかひろ」 「はい」 「井上わにこ」 「はい」  なんと、さっきの出席確認の光景が繰り返されている。そして一番右後ろの席に俺はいない。 「おい、山下、来てみろよ! 生徒も先生も全員戻ってきて、さっきの終礼が繰り返されてるんだよ」 「そんなバカな……」  山下も目を見開いて驚いていた。元々のギョロ目がより際立っている。  キーンコーンカーンコーン  そして、鳴り止まないチャイム。 「おい、宇野。これってまさか……」  まずい、また山下に先越されてしまう。俺が解決したいのに。 「お前のクラスの一組のミッシングリンクとかいうやつは、たしか身体の器官が名前に入ってることだったよな。そして、俺たちの二組が、名字のひらがな二文字を名前でも繰り返す。繋げてみると、“器官を繰り返す”だから胃のイが入ってるチャイムや、同じく胃が入ってる生徒、肝臓の入ってる安倍くんは同じ時間を繰り返してるんじゃないか?」 「じゃあ、なぜ右脳が入ってる俺は繰り返してないんだよ?」 「さぁ……? 右脳は器官に含まれてないという解釈なのか、右脳はひらがな三文字だから該当しないとか……」  山下は苦し紛れに言ったが、その理論はおかしい気がする。特にあとの理論は、四文字の肝臓が入っている安倍くんも繰り返してるから理論として成り立たない。 「岩崎みか」 「はい」  教室ではまだ出席確認が続いている。 「岩田ゆうみ」 「はい」 「岩永りゅうた」 「さい」 「岩本ひろてる」 「はい」 「はい、とまぁ総勢三十九人でこの一年二組は今年一年いきます。クラス一丸となって頑張りましょう」  やはり、俺は存在しないことになっている。 「まさか、外に何かこのミッシングリンクに関係するゲートみたいなものがあって、それが原因で皆戻ってきたのかもな」  山下が冗談のように言った。  校舎の外には“校門”が怪しげにそびえ立っていた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!