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「最後に会わせたい人を呼んでください」
ご家族でも友人でも債権者でも、そんな存在があるのなら。どうせここは開業医の小さな病院。正確には、入院設備が二床しかないただの医院。大病院のように『家族を』とか、『少人数で』などと気を使う必要もない。
物好きにも昨日大病院から一応のかかりつけ医ではある私の元へと転院してきた老婦人は、土気色の顔をして握りつぶせそうな筋ばかりが目立つ喉元を辛うじて動かして息をして。取った手は枯れ枝のようだと思うほど。私の見立てではあと数日と思われた。伴侶もなく、友人もいるようではない。彼女が人と親しく話しているところを私は見たことがなかった。どことなく不機嫌さを漂わせた付き添いの女性は初めて見る顔で、娘だとか孫だとか、そういう存在でもなさそうだった。少なくとも老婦人から、子供の話を聞いたことなど一度もない。
誰でも何でも。そう私が告げた途端、付き添いの女性は表情から感情を消した。
「本当に、誰でも何でも構いませんね?」
仕事モードに切り替わった。私にはそう見えた。
「失礼ですが、貴方は」
頷きながらも問い返せば、女性はスーツの背筋を綺麗に伸ばし、カバンから名刺を取り出してきた。
「私は田之上加賀美さんの青年後見を務める皆川と申します」
つまりやはり、血縁ではない。
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