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昨日光希がくれた祝いの花籠が受付に飾らており、その隣に松本が持ってきた花籠を置いた。
あとから置いた花籠の方が倍程大きい。紙札には「祝 シアタースイート東京賛江 劇団 紺碧座」と記されている。
劇団 紺碧座は、1955年創立の日本でも有数の劇団である。演技部、文芸演出部、製作部、研究所の他に映画放送部もあり、舞台だけでなく映画やテレビで活躍する俳優が多く所属し、また輩出してきた。
悠多からすれば、劇場オープンという大切な時に、劇団 紺碧座からの立派な花籠が飾られていたら箔が付くのでありがたい。演劇界やその他の一部業界での信用度が増し、経営の手助けになるかもしれない。
だけどさ、これ見た演劇関係者なら、ここの劇場主は紺碧座の研究所出身だろうと予想するよな、当然。悠多の胸の奥でチクリとした痛みのようなものが弾けて居座る……
しかし悠多は口角を上げ笑顔になって、くれぐれも劇団の皆さんにお礼を伝えてくださいと松本に頭を下げる。松本が共通の知人からの祝いのメッセージを伝え始めたので、光希は帰ることにする。
足早に去る光希の足元が雪駄なのに気づく悠多。
「雪駄だぞ」
言われて、光希は慌てて事務所に戻って自分の靴に履き替え、劇場を出て行く。
会話する2人の脇を通り抜けるとき、光希は悠多の顔をチラと盗み見た。先程感じた表情の強張りは見間違えかと思わせるほど、悠多は生き生きとしたいい表情をしている。声も光希や柾と話す時と違い張りがあり、ロビーに響いている。
これが悠ちゃんの演劇の人の顔? それとも、演技しているのかな? 役者はやめた、と言ってるけど、演技が上手いのかもしれない……
やっぱり、役者なんだな、と光希はそんなことを思いながら通りを渡り、自分の店に戻った。
「今の人、どこの劇団の人ですか? それか、芸能プロダクションかな?」
松本は去って行く光希の後ろ姿を見ながら訊いてくる。
「まさか。弁当屋だよ。エプロンしてただろ」
「えー、そっか。よかった、俳優じゃなくて」
「……」
「弁当屋ということは、スタッフ弁当の打ち合わせですか?」
「まあな…」
「だけど、すごいですよねぇ、悠多さんは」
「何が?」
「だって、20代なのに劇場持つなんて、羨ましいですよ。役者じゃ食えないから」
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