8/11
前へ
/150ページ
次へ
「どうだったかな? 俺の演技…」  松本が探るような目つきで、悠多に訊ねる。悠多の方が10cm以上背が高いので、下から覗くような感じになった。  そう言われても……  悠多は正直困った。松本の出番といったら、刑事達の捜査会議で一番後ろの席に座っていたのと、犯人を追って走るシーンと……。待てよ、台詞あったっけ? 「テレビ観たら、台詞喋ったシーンがカットされてたから」と松本がポツリと言う。 「そうかぁ……」 「ショックだった……。でも、犯人を追い詰めたシーンで大塚さんの台詞に『はい』って返事してたでしょ、俺」  大塚は主役の刑事を演じていた。 「ん?」 「あれ? わからなかったかなぁ…」 「お、おう、…ああ、あったあった。下っ端刑事らしかったよ」 「でしょ! 俺としては下っ端刑事の葛藤を出してみたわけで」 「ああ、なるほどな…そういう表情してたよ」  なるほど、だから、つるりとした顔のくせに眉間に皺を寄せてたのか……。悠多はまじまじと松本の顔を見下ろす。 「よかった、伝わって」  今日初めて松本はつくりものでない笑顔になった。  悠多は、そうか、こいつは同期の反応がすごく気になっているんだと気づく。今更、俺の反応見て、優越感に浸りたいのかよ? まともな台詞もないんじゃ、エキストラと変わんねーだろ! 悠多は毒づきたい気持ちを抑える。  「せっかくだからうちの舞台見てってよ」  悠多は階段の方へ松本を促す。足の痛みを悟られないように気を遣う。 「うん。これから稽古だからあんま時間ないんだけど」  松本の言葉は棘となり、悠多の心に刺さるようだった。  今稽古している劇団 紺碧座の若手によるアトリエ公演のついて話し出す松本は、声も表情もいきいきと輝いている。  実際本当に稽古前にうちに寄ったんだろうけど、わざわざ言うか? 悠多の心がざわつき、つい階段を乱暴に踏みしめ左足に激痛が走り固まってしまう。 「大丈夫?」  松本が背中をまるめた悠多に触れたが、思わず乱暴に払ってしまう悠多。  沈黙という重い空気がたまる階段…… 「やっぱり、悠多さんも俺のこと嫌い…なんだな……」  松本の言葉に驚いて、悠多は同期の顔を見上げる。そこにはひどく傷ついた表情があった。
/150ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加