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悠多は逃げるように踵を返し、劇場の中に戻る。本当は両扉を閉めたかったが、換気を始めたばかりなので躊躇する。背後では興奮した小鳥たちの抗議のような騒ぎが聞こえてくる。なんとなく嫌な予感のする悠多。急いで、事務所に入ろうとした時、
「悠ちゃん」
と明るく伸びやかな声とともに人が近づいてきたのがわかる。
悠多はピタリと足をとめ、振り向かずに口を開く。
「勝手に入るなよ」
「わるい。ドアが開いてるからさ」
「お前さ、ドア開いてたら弁当屋の中に入ってもいいわけ?」
「前はよく入ってきたじゃん」
「ガキのときの話だ」
「感じ悪いな。そんなで客商売なんかできるの? 悠ちゃん」
「お前は顔で弁当売ってるだけだろ」
振り返る悠多。
劇場からロビーに入ったすぐのところに、光希が立っている。長身ですらりとした体躯の背中に外からの光を背負ってるように見える。ロビーの室内灯は消してあるので顔のあたりは暗いが、それでも整った顔立ちがわかる。
クソッ。相変わらず爽やかな奴だ、と悠多は思う。研究所の同期や、あの頃接した舞台役者、俳優の卵や実際にテレビや舞台に出ている先輩達にも、これほどの所謂イケメンはいなかった。
いや、逆だ。悠多は幼馴染みに光希がいたため、世間には、特に川向こうの東京には、光希クラスの顔はたくさん存在するのだろうと想像していたのだ。ところが、現実は違った。
もし俺が光希のような容姿だったら。そんな思いが悠多の頭の中をよぎる。もちろん役者への道が容姿の良さだけで何とかなるような、そんな生易しいものでないのは十分にわかっているのだが。
「悠ちゃん、俺のことイケメンだと思ってるわけ?」
光希が抱えていた花籠を悠多へ差し出しながら言う。
知らず知らずのうちに、悠多は光希の顔ばかりに気を取られていて、手元の花籠には気づいていなかったから、驚いてしまう。
「な、なんだよ?」
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