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俺達はそんな風にならない。共に劇団で頑張っていこうと誓いあい、バイトで疲れ切って帰宅した後でも台詞合わせをしたり、時に狭いアパートで演劇論や演技論を戦わせたり、そんなすべてが楽しかった。だけど……
悠多の表情はますます険しくなっている。光希や柾、美和がそんな悠多を遠巻きに見ているのに気づかない。
悠多の頭のなかでは苦い思いが続いていく。
決定的だったのは、同棲していた彼女に、注目され始めたある劇団から客演のオファーが入ったときだった。公演時期がかぶっていたにも関わらず、彼女は自分達の劇団の公演をけって、その人気劇団を選んだのだ。
「悠多の演技はつまんない。心がないよ」
彼女はそんな捨て台詞を吐き、客演先の劇団の稽古が始まると、アパートを出ていった。
嫉妬と憎しみ。
そんな負の感情が悠多のなかで日に日に激しくなっていった。
「悠多、お前大丈夫か?」
劇団の主宰に言われて、悠多は初めて、自分の顔つきまでが変わってしまったことを、知った。
柾と美和が顔を見合わせる。しびれを切らした柾は、光希に目配せする。その場をとりなそうと光希が努めて明るく口を開いた。
「豪華だなぁ、開店祝い。さすが商店会だな」
光希のこの言葉に、はっとする悠多。
柾は嬉々として答える。
「だろ。会長直々に、今までで最大級に豪華にしろって頼まれたからさ。うちとしても気合はいったわけよ」
「悠ちゃんの劇場にそれだけ期待してるってことだろ?」
「そりゃそうさ。商店会のおやじ達、本当は嬉しくってしかたがないんだ。甘井のところの悠多が帰ってきて商売始めるんだ、つってさ」
「商売…」ぼそりとつぶやき、悠多は花のスタンドの中央に立つ木札をじっと見つめ、顔を顰める。
その時、通りをやってきた若い女達が「あ、光希だ」「イケメン」などと言ってチラチラと視線を送ってくる。片手をあげ挨拶する光希。きゃあ、と言って去っていく若い女たち。
その背中に「花屋もよろしく」とすかさず宣伝をする柾だったが、つい次のような言葉をもらす。
「だけど、あれだなぁ、木札の文字は勘弁な。会長や役員のおやじたちの意向だから」
そうなのだ。木札には「祝 開店 シアタースイート東京様 国府台商店会」と書かれてある。内容としてはまったく問題ない。ないのだが、文字の大きさが大問題だった。
「東京」の文字が不自然なほど小さく書かれ、「国府台」の文字が不自然なほど大きく書かれている。
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