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「嫌味か……」  悠多は呟き、柾と光希は押し黙る。しかし、美和だけは屈託なくケラケラと笑う。    1年程前に、悠多は初めて商店会の会合に出席した。ビルを大改装して劇場を始めると報告するためだった。  店主達のなかには、劇場なんかに客がちゃんとくるのかと懐疑的な者もいた。彼らにとって劇場というものが、あまりにも未知の商売であるためだった。長いやり取りがあったが、大多数の者は歓迎する。ほっとした悠多が、劇場名「シアタースイート東京」を口にした途端、大反対が起こった。   「東京だぁ? 悠多、お前、プライドないのか?」 「だから若い奴は駄目なんだ。東京に迎合しやがって」 「東京なんか絶対駄目だ。素直に国府台と付ければいいじゃないか」 「国府台は付けなくもていい。だけどさ、東京はやめとけよ」  これらは山のように投げかけられた言葉の一端にすぎない。  悠多は商店会の面々に言われたすべてを撥ね除け、それ以来2度と会合に出席していなかった。  悠多は1年前に投げかけられた言葉をふるい落とすように頭を振る。それから顔を上げ、幼馴染みたちとその妻に真顔で問いかける。 「みんな、ディズニー行くだろ?」 「うん! ディズニー行きたいなぁ。ねえねえ、今度みんなで行こうよ」とはしゃぐ美和。ん? でも、なんで急にディズニーランドの話題になったの? と不思議そうに柾を見る。 「まさか、アレを言うんじゃないだろうな? 悠多」と柾。 「言うよ。東京ディズニーランドがあるのは浦安市だろ」 「はあ、言っちゃったよ」と柾は呆れて、光希の顔を見る。 「悠多さんって、おっもしろーい」と美和は笑っている。 「成田空港だって、開港当時は新東京国際空港だった。成田市なのに」 「えっ、マジですか⁈ 知らなかった」美和の表情はくるくる変わる。  柾が腕時計に目を遣ってから台車に手をかけつつ。 「悠多にも考えがあるんだろ。だけど、商店会だってこんな立派な開店祝いしてくれたんだ。後でちゃんと会長のとこ挨拶行けよ」  柾と美和は台車を押しながら、花屋へと戻って行く。その後ろ姿からは、2人が楽し気に会話している様子が見て取れる。   「悠ちゃん」改まった声の光希。 「なんだよ?」 「どうしてそんなに東京にこだわる?」 「そりゃあ…まあ、いいだろ? そんな顔で言うなって。お前のその顔で言われたらさ」  ふいに、光希は通りの向いにある自分の店の方へ向き、エプロンの紐を締め直す。悠多から光希の顔は見えない。 「顔、ってさ……」 「え?」 「悠ちゃんも、みんなと同じか……」  光希は通りを渡りながら、「明日は、東京から演劇の人がたくさん来るんだろ」と言い、弁当屋に入っていく。  なんだ、あいつ。と悠多は思うが、すぐに体を反転させ、明日オープンさせる劇場の建物に目を遣った。  
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