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それを終始「きゃあ、きゃあ!」と喚く他所の女が、裸足のまま飛び出して行ったので、
「ふっざけんな、ばかやろう!」
と、がなりながら置いて行ったハイヒールを鷲掴みにして外へと放り投げた。
そしてやっと静かに、二人きりになったが、動かない恋人を前に、蝶子は途端に焦燥感に駆られ、自身を良く知る幼なじみである麗美に電話をした。
「もしもし、麗美ちゃん? どうしよう……私、今日から殺人犯になっちゃったの」
相手は「すぐに行くから待ってなさい」と、本当にすぐ駆けつけてくれた。
そして冒頭の会話である。
二人で死体に突き刺さる包丁を横目にビールを飲みながら、蝶子がこれまでの経緯をそう説明すれば。
「だから言ったでしょ、コイツは止めておけって」
「だって、麗美ちゃんが選んだ人だから間違いないって、運命だって思ったんだもん」
遠くを見つめながら、もう何本目かのビールを飲み干していた。
それを誰が作ったのかも知れない、食欲もそそらないフライパンの中身を覗き見してから、
「人の恋人ばかり奪っているから幸せになれないのよ」
まあ、今回ばかりはアンタに奪われることを想定して「コレと付き合っている」だなんて、嘘をついたんだけれどね。
何が〝今度こそ浮気しない人〟だ。散々自分から奪ってモノにした時点で浮気するような奴じゃないか。
思いながら麗美は、それでも今日ほど素晴らしき日はない、どこまでも追いかけてくるこの女からやっと解放される。
今日から私は自由だと、芝居臭い笑みを向け、
「ああ、そうそう誕生日だったわね、おめでとう」
「うん、ありがとう……。今度は麗美ちゃんの今の彼を紹介してね」
「この……っ」
痛い目を見ても懲りずそんなことを言うものだから、「馬鹿女!」と後頭部を、ペシン、と小気味良い音を鳴らし叩く。
「いったぁい!」
そんなどうしようもない蝶子に付き添いながらフラフラと、サイレンが真下で聞こえるその部屋を後にした。
終
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