91人が本棚に入れています
本棚に追加
花の下にて
「ねぇ、優君……?」
――病院のベッドに横たわる、白くて細い彼女の手が、そっと私の方に伸ばされる。
「……もし、私が死ぬ時は……ずっと、ね、抱き締めていて欲しいの……」
無数の管に繋がれた手で、私の服の裾を握り締め、そう願う私の初恋の女性。
「……それで、ね。……私が、眠るまで……私の頭を、撫でて、いて……?」
私は、すっかり血の気の失せてしまった彼女の左手を握り、何度も頷いた。
「……あと、は……ちょっとだけ、泣いて、欲しいな……」
――君が居なくなったら泣くに決まっているじゃないか!
そう叫び出しそうになるが、強すぎる思いに胸が潰れ、私の思いは言葉にならなかった。
「……ちょっとだけ、泣いたら、ね……これから、は……あの子、を……幸せに、して、あげて……」
――嫌だ、私は君が良いんだ!!
それでも……その言葉が、死に逝く彼女の心にどれだけの負担を与えてしまうかを考えると、意気地のない私は、言い出すことは出来なかった。
「……優君には、笑っていて、欲しい、から……。……誰より、優しくて……笑顔が似合うのが、優君だから……」
――君を喪って、これから、笑える訳なんてない。
「……私、は……そんな、優君だから……好きだった、ん、だよ……。だから……優君には……いつまでも、笑っていて、欲しい、な……」
「舞ちゃん……」
私の初恋の人でもあり、人生で初めての恋人でもあった彼女は――そう、儚く微笑むと、その数時間後に息を引き取った。
私に、美しい思い出と、形見の真紅のリボンを遺して。
窓の外では、薄紅色の桜の花弁がひらりひらりと優雅に夜空を舞っていた。
まるで、長い苦しみから解放された彼女の魂の旅立ちを、祝福するかの様に。
最初のコメントを投稿しよう!