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程なく、玲音がやってきた。
私は、玲音に向かって、軽く手を挙げて見せる。
真っ直ぐこちらに向かって来た玲音は、私の隣に座った。
「今日の演奏、どうだった?」
えっ?
そんなこと、今まで聴いたことないのに、どうしたの?
私は不思議に思いながらも、正直に思ったことを伝えて、演奏を褒める。
「すごく良かった。なんか、泣きそうになっちゃった」
それくらい、感情を揺さぶられる演奏だった。
「ありがとう。俺、今日の演奏は、佳音を思って弾いてみたんだ」
えっ!?
今、なんて?
およそ玲音の台詞とは思えない言葉を聞いて、私は返事も出来ずに固まってしまった。
「卒業式から、なぜか佳音に避けられてる気がして、それが、なぜかものすごく辛くて、ずっと佳音のことを思ってた」
怒ってる……わけじゃないよね?
私は、黙って話の続きを待った。
「俺、分かったんだ。他の誰に好かれても、佳音に嫌われたら、何よりも辛いって。佳音、もうダメか? 俺のこと、嫌いになったのか?」
玲音の瞳が不安そうに揺れる。
私は、ぶんぶんと首を横に振る。
「違うの。なんか、女子たちみんなにちやほやされてる玲音が、違う人みたいで……」
見たくなかった……とは言えなかった。
「あんなの、もの珍しいから構ってるだけで、すぐに飽きるよ」
玲音は大したことじゃないかのように、さらりと言ってのける。
「それより、佳音、お願いがあるんだ。もし、今日、賞を取ってセミファイナルに進めたら……」
セミファイナル!?
そんなの考えたこともない。
玲音だって、今までそんなこと言ったことないのに、どうしたの?
私は、玲音の言葉の続きを待つ。
「佳音、俺と付き合って?」
玲音は珍しく緊張してるのか、ややうわずった、掠れ声で言った。
私が? 玲音と?
ちょっと前まで、あんなにイライラしてたのが嘘のようにスッと胸の奥が穏やかになっていく。
私は、こくりとうなずいた。
けれど……
「奨励賞を発表します。エントリーナンバー32! 松浦 玲音さん」
玲音は強豪揃いの二次選考の中で、見事に受賞した。
けれど……
奨励賞じゃ、次のセミファイナルには進めない。
表彰式の後、お祝いを言うために、私が母と一緒に玲音を待っていると、微妙な表情をして、玲音が現れた。
受賞したのに、残念そうだなんて。
私は、なんだかくすくすと笑いが込み上げる。
「玲音、おめでとう! 良かったね」
私は何の賞ももらえなかったけど、今日は、素直にお祝いが言える。
「佳音、ちょっと来て」
玲音は私の手を引くと、立ち話をする母たちを置いて、客席の階段を上って誰もいない1番上の席まで連れてきた。
「佳音、さっきのあれ……」
ふふふっ
セミファイナルには行けないもんね。
玲音が次に何を言うのか、楽しみだったけど、でも、私にはそれを待つゆとりはなかった。
「玲音」
私は、玲音の言葉をさえぎった。
「これからも私のためにピアノ弾いてくれる?」
あの音色が全部私のものだなんて、こんな贅沢なことある?
玲音は一瞬、驚いたように目を見開いて、大きくうなずいた。
「もちろん」
その返事だけで十分!
「ありがとう。玲音、す……」
好きって言いかけて、言葉に詰まった。
言いたいのに言えない。
簡単な一言なのに。
玲音は、私の言葉を待っている。
でも……
「なんでもない。行こ」
私は、言葉をにごして、母の元へと階段を下りる。
「佳音!」
後ろで、私を呼ぶ玲音の声が聞こえたけど、私は止まらなかった。
だって、どうしていいか、分かんないんだもん。
こうして、まだまだ不器用な私たちは、階段を上ったり下りたりして、長い道のりを歩んでいく。
─── Fin. ───
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