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大変なのは、翌日からだった。
元々、バレー部で背が高くて、お母さん譲りの整った顔立ちをしてる玲音が、ピアノまで弾けるって分かったことで、女子たちが休み時間ごとに玲音を取り囲んで話し掛ける。
「松浦くん、ピアノ弾いてよ」
「玲音、なんで今まで隠してたのよ」
かまびすしいことこの上ない。
玲音のこと、なんにも知らないくせに。
私には、急にキャーキャー言い始めた女子たちにムカついて仕方ない。
それ以上に、その輪の中心でまんざらでもない顔して座ってる玲音にムカつく。
「アユ、トイレ行こ!」
私は、その光景を見たくなくて、アユを連れて教室を出る。
このクラスで1年間過ごしてきて、こんなにイライラするのは初めてかもしれない。
私は、それからずっと、玲音を避けて過ごした。
無駄にイライラしたくなかったから。
そうしているうちに、あっという間に春休みになる。
私の手はすっかり良くなったけれど、弾けないでいる間になまった指は、簡単には戻らない。
私は宿題がないのをいいことに、部活とピアノだけの音楽漬けの日々を過ごす。
そうして、4月最初の日曜日、コンクールの二次選考が行われた。
玲音には負けない。
今年ほどそう思ったことはない。
私はいつも以上に緊張する中、多少のミスタッチはあったものの、まずまずの出来で演奏を終えた。
そうして、演奏を終えて下手に戻ると、演奏順を待つ玲音に会った。
いつもなら、ここで「玲音も頑張って!」などと会話を交わすんだけど、今日はそれも言いたくなくて、私は、玲音の目の前を素通りしようとした。
けれど……
「佳音」
玲音は通り過ぎる私の左手首を掴んだ。
そして、耳元で小声でささやく。
「終わったら話がある。ロビーで待ってるから来て」
話って?
私は気になりつつも、先生たちの目もあるので、こくりとひとつうなずいて、そのまま通り過ぎた。
玲音はそれ以上引き止めることもなく、スッと手を離し、私を行かせてくれる。
私はなんだかそれが寂しかった。
なんで?
自分でも自分の感情がよく分からない。
私は客席に戻り、玲音の演奏を聴く。
ビデオに撮れないのが残念なくらい素敵な演奏だった。
私は、惜しみない拍手を贈り、下手にはけていく玲音を見送る。
そうして、次の演奏者が演奏を始める前に、サッと扉を抜けて、会場の外に出た。
私は、玲音に言われた通り、ロビーに向かう。
演奏中だからかな?
ロビーには誰もいない。
私は、閑散としたロビーのソファに座る。
玲音の話ってなんだろう。
ずっと無視してたこと、怒ってるのかな?
ムカついてずっと喋らなかったけど、決してそれで気分良くなったわけじゃない。
もし、それで玲音が怒ってるんだったら、素直に謝ろう。
玲音が嫌いになったわけじゃないんだから。
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