1 デステアルナ国

1/1
前へ
/110ページ
次へ

1 デステアルナ国

「だれでもいいから。どんなことをしてもいいから。あの子を救ってください」  小さな声だったが力強い願いだった。それに応えたのは偶然か必然か。悪神(あくしん)だった。 「いいよ。その代わり……」  願った者は悪神の交換条件に何の躊躇いもなく頷く。願いを叶えるには代償が必要なのだと理解していた。悪神はにんまりと笑う。  こうして血だらけの願いは叶った。     大広間に大勢の人々が集まっていた。  遙か頭上には天窓から温かな光が差し込む。白を基調とした部屋はより一層明るく感じる。光によって部屋の隅に自生している透明の鉱物が輝きを増した。まるで今日この時を祝福しているかのようだ。 「この者達をウゾルク騎士団に任命する。神へ、王へ、デステアルナ国への忠誠を示せ」  白い装束を身に纏った司祭の男性がよく張る声で告げる。側近くの玉座には青年が腰かけていた。その人物こそデステアルナ国王、名をイザリオという。    黄金色の豊かな髪は獅子のように波打ち、瞳も黄金色で力強い光が灯っていた。自信に満ち溢れた表情だ。彼を目の前にした誰もがその神々しさに膝を折るような雰囲気を持った人物だった。  頭上には王の証である王冠が乗っていた。王冠も虹色に輝く結晶を円状に組み合わせて作られている。  最近老齢の先代の王と代替わりをしたのだ。年齢は二十五だったが実年齢よりも上の貫禄を感じさせる。不思議な青年だった。  イザリオ王の前に片膝を突き頭を下げているのは五人の子供達だった。子供と言ってもその年齢は十三、十四ほどで大人の入り口に立ったばかりだ。背格好は大人のようでも顔にはまだ幼さが残っている。  皆、腰に剣を下げ、暗い紫色のマントを身に付けていた。マントには剣で刺し貫かれた狼の紋章が描かれている。 「忠誠を示せ」  何かを急かすように司祭が言葉を繰り返す。何も起こらない状況に大広間が少しざわついた。  様子を見かねた少年が左隣に控える少女を左腕で小突く。 「……フェル。王のところへ行かないと」  小声で催促すると少女、フェルが深いため息とともに立ち上がる。  一つに括った暗い青緑色の小さな髪の束が揺れた。吊り上がった水色の瞳が鋭く壇上の王を捉える。  彼女の華奢な体躯とは似つかわしくない、大剣が観衆の目を惹いた。剣先が地面に擦ってしまわないよう二つの紐で吊り上げている。  そのままつかつかと乱暴に歩みを進めると王の前で跪いた。すると手筈通り王が玉座から立ち上がり右手の甲を差し出す。  フェルは自分よりも大きく血管が浮かぶ手を取ると軽く口づけた。本当に一瞬だ。本当はもう少し長い予定だった。  同時に大広間に拍手が巻き起こる。多くの人々が歓声を上げ、口笛を吹く。  フェルは顔を上げるとイザリオ王と目が合った。    黄金色の瞳が細められ、フェルに微笑みかけていた。予想外な反応にフェルは固まってしまう。これだけ無礼な態度をしたのにも関わらずイザリオ王の表情は少しも曇っていない。 (こいつ……面白がってるな)  そのことに気が付くと沸々と怒りが湧いてくる。こちらはわざと嫌がらせをしたというのに。それどころか楽しんでいるのだ。  フェルはすぐに視線を外すと一歩さがり、直角に腕を前に出すと一礼した。軽い敬礼である。素早く壇上から立ち去った。 「森からはるばるとご苦労なこった」 「また食い扶持が増えるのか」  拍手よりも微かな悪口の方がフェルには大きく聞こえた。 (こんな茶番、とっとと終わらせるんだ)  拍手が巻き起こる中、フェルは正面を見据えて大広間の出口を目指す。フェルの後に続いて他の子供達もその場を立ち去った。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加