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「フェル。お疲れ様」
叙任式でフェルの隣に跪いていた少年が優しく微笑んだ。飲み物の入ったガラスの杯を渡す。
黒髪の少年は光が当たると仄かにグレーっぽい色に見える。フェルよりは短い髪を後ろで一つに纏め、垂れ目がちな目をしていた。フェルの尖った雰囲気とは反対に、穏やかな雰囲気を持った少年だ。フェルは乱暴に飲み物を受け取った。
ウゾルク騎士団は大広間とは別の部屋で晩さん会を開いていた。先に王城に勤めていた者達と合流し食事会を楽しんでいる。
ウゾルクでは鉄資源が豊富に取れる。そこに生活する民も神の加護を受けているのだ。そのためウゾルクのに住む者は青銅色や灰色、黒といった鉄資源に近い色合いの髪や目の色の者が多い。
「下らない式典だったよ。デュラン」
フェルは片手でガラスの杯を受け取ると一気に仰いだ。微かなアルコールの味と柑橘系の果実の味が口の中に広がる。果実の甘味で口の中がべたついた。叙任式と共にウゾルクの子供達は13歳で大人の仲間入りを果たしたのだ。それでもアルコールは微々たるものだった。
素っ気ない答えにデュランは眉を下げた。
「フェル。……態度を悪くしない方がいいよ。今日だって王の前でため息なんて……。イザリオ王は寛大な方だから大丈夫だったけど先王だったら罰を与えられてるかもしれないよ?他の騎士団の人達にも目をつけられたら困るし……」
「説教か?私は王に忠誠を誓う気なんてない。私は……ただ魔獣を根絶やしにできればそれでいい。終末の刻に絶滅していればよかったのに!」
「そういうことを大きい声で言っちゃ駄目だって……!」
デュランが諫める間もなくその言葉が他のウゾルクの子供達の耳に入る。式典を終え、気の大きくなった一人の少年がフェルに突っかかってきた。
「ここに叙任式早々、不敬罪な奴がいるぞ」
赤銅色の波打つ髪型をした少年、イノークがフェルを指さしてあざ笑った。周りには2名、フェル達と同時期に入団した少年達が同調するようにフェルを蔑んだように見下ろす。
フェルの前までやってくると鞘に入ったままの剣を顔面に向けて言った。
「何なら今、王の前に引きずり渡してやる!」
「いいかもな。そしたらイノーク大出世するんじゃない?」
嫌な笑いが部屋に響いた。
「やってみなよ」
どす黒いフェルの声にデュランは冷や汗をかいた。怒りに身を任せたフェルを止めるのは至難の業だ。こういう時にフェルを止めてくれる存在、ヤハード先生はウゾルクにいる。
「私に勝ったこともないくせに。どうやって首を取るっていうの?」
デュランはフェルの煽り文句に頭を抱えた。そして気の大きくなっているイノークは簡単にフェルの喧嘩を買ってしまう。
「お前みたいな悪神イノスが正義の剣に選ばれるはずがないんだ!とっととその剣を返上するんだな!正義の剣に相応しいのはデュランだろ?絶対にお前が持っていていいもんじゃない!」
「イノーク辞めよう。フェルも……」
デュランが間に入るも応酬に終わりが見えない。
悪神イノス。
ウゾルクの英雄フツルイによって打ち滅ぼされた死の国を司る神秘の存在のことだ。口達者で人を騙すのが得意で、神々の争いで生き残った神だった。同じく生き残った人間を滅ぼそうと魔獣を生み出し、襲わせた。
そんなイノスも初代デステアルナ国王ミナリオとフツルイに倒されてしまう。フツルイの持つ『正義の剣』により魂を半分に分けられてしまうのだ。半分は死の国を、半分は地上を彷徨っている。
狡猾な者、卑怯な人間をイノスと呼び、蔑むことがあった。
「御前試合に勝てばよかったじゃないか。自分が弱いからってひがむのやめたら?それにこの剣もウゾルク騎士団も過去ほどの栄光はもうない。いつまで御伽噺を引きずってる?」
「ウゾルク騎士団を、故郷を侮辱しやがって……!お前なんか……両親ともども魔獣に食われちまえばよかったんだ!」
「……!」
フェルの瞳から完全に光が失われる。自然とその手は正義の剣のグリップを握っていた。ガードの中心に取り付けられた虹色の飾り石が煌めく。
「お前だけ生き残ったのも悪神イノスだからだろう?だから魔獣に襲われなかったんだよ」
イノークのこの言葉が止めとなった。
フェルは腰を落として剣のグリップを握り直した。フェルが大きく息を吸い、吐くを繰り返している。直感的に危険だと悟ったデュランはフェルの前に飛び出した。
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