僕は僕のまま,彼は彼女に

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 野性的に搔きあげたアップバングヘアの金髪を輝かせ,長身で細マッチョな彼が指導教官の部屋を出てきた。周囲に女学生たちが群がって黄色い声をあげる。3限の授業があるから急いでいるのだと結構あつい胸板を少し反らせて照れたように白い歯を覗かせれば,誰も彼も腰砕け状態だ。セクシーでキュートな神がかり的とも言える端整な容貌をもちながら,気さくで底抜けに性格のよい垞小夜(たおや)はアマチュアバンドのボーカルだ。 「おい,ドラム――遅刻すっぞ!」ベンチで待っていた僕のもとへ辿りつくなり,腕をつかみ,女の子たちを置きざりにする。花弁の舞いちる渡り廊下を,腕をひかれて駆けぬけ,始業ベルと同時に講義堂の席についた。 「進学の話,断ってきたわ」垞小夜は青みがかった瞳を伏せると,准教授の出欠をとる声に紛れて囁いた。  学年首席の彼は大学院に残らないかと誘われていたのだ。そして大手芸能プロダクションからソロデビューの話をもちかけられていたが,それも断念した――というのも,父親が病に倒れ,家業の旅館を早急に継ぐ必要に迫られているのだ。今日の教授との面談により,単位は揃っているので,特別な計らいで4年次終了を待つことなく卒業資格を得られる確約をもらったという。数日のうちにアパートを引きはらい,郷里へ帰るらしい……  転居の手伝いをするために垞小夜のアパートへむかった。行きすぎる人々が振りかえる――そう,僕だって本気を出せばスゴイのだ。  しなやかな艶々の長い黒髪にトリートメントを染みこませ,透きとおるような餅肌を最高級のクリームで丹念にマッサージしてから,薄化粧して,黒いレース地のワンピースと1箇月分の食費より高額な媚薬いりの香水を身につけて勝負に出た。  拒まれて当然だった……。僕は垞小夜にとって単なるバンド仲間のドラム担当に過ぎない。でも拒まれたらエープリルフールのお返しということにして冗談だと誤魔化せばいいだけの話だ。  4月1日に僕の料理を食べた垞小夜は急に腹痛を訴え,卒倒した振りをした。僕は半狂乱の(てい)で救急車を呼び,噓だと分かってからもおいおい泣きつづけた。  あんなひどい悪ふざけをしたのだから,数年寿命の縮むぐらいのショックを受ければいい……  インターホンのボタンを押すまえにドアがあいた。 「(おせ)ーよ」そう言ったきり絶句したまま驚いた表情でまじまじと人を見ている。  伝える言葉を頭のなかに用意していたのに,どれもこれも喉の奥につかえ,一向にあがってこない。頰が燃えるように熱い。目をあけているのも痛かった。  垞小夜に抱きよせられた。おまけにはじめて名前を呼ばれて感情が高ぶった。 「垞小夜,大好き!――今日から私は女子になる! 垞小夜の彼女になるよ!」 「威勇珠(いさみ)が女でも男でもどっちでもいい。どっちでも好きだ。でも,でもね……」 「……垞小夜?……」 「威勇珠がどんな格好してても愛してる……でも,できれば,ありのままの姿でいてくれない?」 「噓……似あってない? すごく頑張ってお洒落したのに……」 「ううん,とってもかわいいよ。でも,元のままのほうが,田舎の両親も驚かせないで済むと思うんだ。俺も今日から元の姿に戻るよ――」 「そ,そうだよね――旅館の亭主が金髪とカラーコンタクトはまずいかな? 黒髪黒目のほうが,お客の受けはいいかも――」 「うん! 髪色も目色も何もかもナチュラルにかえす! 女っぽい男だって男っぽい女だって,ありのままに生きればいい!――威勇珠に出会えて堂々と生きる自信がわいた! 今日から俺は私に戻るんだ!」  千鳥格子のフランネルシャツを脱ぎ捨てれば,豊満な乳房が二つ弾んでいた。
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