寝起き

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寝起き

 猫のさかりの鳴き声で目が覚めた。  窓から覗くと、庭の隅で、お腹を空かせた赤ん坊のような声を出している黒い猫が見えた。追い払おうと、洗面所からコップに水を汲んで来て投げかけてやったら、脅しのつもりが本当にかかってしまった。  背中が突然濡れて猫は、ぐっとこちらを振り返って茂みの中へ消えた。  雲が低く垂れ込めて、時間の見当がつかない。枕元からスマホを拾い上げ時刻を見ると、午前十一時をまわったところだった。  喉の渇きを覚え台所まで行く。隣接する居間でテレビを観ていた祖父は、私の姿を認めるなり「これ」と言って薄緑色した封筒を一旦持ち上げて再び食卓の上に置いた。  テレビの大音量に頭が割れそう。  私は奪うようにリモコンを手に取ると、テレビの音量を八段階下げてから封筒を拾い上げた。先週受けに行ったメーカーからだ。開けなくとも中身がわかる。履歴書を送り返してくれるだけでも感謝しなくては……たとえ私を雇ってくれなくとも。 「どうだった?」 封を開けた私に祖父が聞いた。毎日が変化のない祖父にとっては手紙一通が大事件だ。 「だめだった」 祖父は反応なく私の顔を見たままである。私は大きく息を吸い込んでから 「だめだったよ!」 と先程の倍の声量で言い放った。文字数より息を吸い込みすぎて吐き捨てるようになった。  志望動機の欄に具体的な業界の内容を書いたので、この履歴書は他に使い回すことは出来ない。添付してある証明写真は再利用出来るため、爪を立てて綺麗に剥がし取ると、「残念だったなあ」という祖父の声を遮るように大きな音をたてて残りを破って捨て、「他にどこかめぼしいところはあるの?」と続いた問いかけには応えもしないで居間を出、後ろ手にドアをパタンと閉めた。  おはようの挨拶さえせずじまいだった。私は自らの態度の酷さを、起き抜けのため、耳の遠い祖父のために大きな声を張り上げ続けることが出来ないせいだと決め込む。再びボリュームアップしていくテレビの音に追いつかれまいとするかのように、水を汲んだカップを片手に自室へと急いだ。
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