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待ち合わせ
約束の時間ちょうどに待ち合わせの旅行代理店前に着いた。
リクルートスーツを着ない外出は久しぶりで、深緑色のコーデュロイの膝丈ワンピースにバンズのローカットという格好は心地よかった。打ち合わせもしていないのに黒いコーデュロイのパンツで蘇芳は現れて、私は心の底から嬉しくなる。それでも朝からずっと水をかけた猫の瞳が背中に張り付いているみたいな気分だった私は、落ち着きのない顔をしていたのだろう。私の姿を認めて開口一番、蘇芳は「大丈夫?」と私の顔を覗き込む。
「またおじいちゃんに当たってしまった」
「就職のこと? 仕方ないね、今大変だからね」
八つ当たりの原因を的中されて、赦しを得たような気になり、猫の瞳のさらに後ろを追いかけて来ていたテレビの大音量が消えた。
「もう就活やめたい」
何度吐いたかわからぬ台詞を口にしながら、私達は目的のお店に向かって歩き出す。
「永久就職、来る?」
「させてくれる?」
立ち止まる私の手を、繋いだ蘇芳の手が引っ張った。彼は笑って
「萌黄はよく頑張ってる。少なくとも就職活動始めてから、時間を守るようになった」
と一人頷きながら言った。私がかつては遅刻ばかりしていたのは事実だった。
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