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夏場でもないし、一日くらいシャワーを浴びなくても死にはしないが、透也の言葉に甘えることにした。
熱い湯が体に当たると、全身の力が抜けていくような感じがして、思わず風呂場の床にしゃがみこんだ。
大きくため息をつく。自分が思っていたよりずっと、気を張りつめていたのだとわかった。
髪から滴る水が、風呂場の床に跳ねる。その様子に、数時間前に見た自室の惨状を思い出した。きっと今この時も、天井から落ちる水が、俺の荷物を濡らしているのだろう。
嫌なイメージを振り払うように、頭を横に大きく振った。
「シャワー借りたよ、ありがとう」
「ああ、うん」
部屋に入ってみると、透也は机に向かって何か作業をしていた。これが噂のレポートとやらだろうか。
少し迷って、彼の向かいに座る。
不意に、透也が俺を見上げた。じっとこちらを見つめる。
「タオル持ってきてたんだ」
「えっ、うん」
洗濯物のなかに、奇跡的に一枚だけ入っていたタオルだ。
それだけ聞くと、透也はまた手元に視線を落とす。
「大学の課題? 大変だね」
机の上には、いかにも難しそうな内容のプリントが、いくつも並べられている。
「いや、これはバイトの資料。明日は大学終わってすぐバイトだから」
つまり、机の上のプリントは、中高生向けの内容というわけだ。俺の高校時代の勉強とは全然違う。
なるほどこれが偏差値の差なのか、と妙に感心してしまった。
何かわからない事が書かれたプリントに、透也がまた何かよくわからない事を書いて、傍のファイルにまとめてゆく。俺はそれをぼんやりと眺めていた。
十五分ほど経って、ようやく透也が最後のプリントをファイルに仕舞うのを見て、俺は口を開いた。
「今日はありがとう。大家はああ言ってたけど、明日には出て行くから」
透也が驚いたように顔をあげた。
「じゃあ明日からどうするの」
「まあ、適当にどっかホテルにでも泊まるよ」
「アパート一部屋分の荷物と一緒に?」
思わず言葉に詰まる。荷物のことをすっかり忘れていた。
「あ、いや、それはまあ、ちょっと置いとかせてもらうかもしれないけど、」
「荷物だけ置いてかれるのは困る」
まあ、それはそうだろう。我ながら図々しいことを言ったものだ。
「荷物は、大家と相談してみる。あれくらいの量なら、大家の家に置いてもらえるかもしれない。それか最悪、トランクルームとか」
透也はなんだか胡散臭そうに俺を見ている。
「慧ってさ、家が金持ち?」
「えっ、いや別に、普通だと思うけど。何で?」
「なんとなく。そういう奴と似た感じするから」
まあ実のところ、金持ちというほどでは決してないが、実家は比較的裕福ではある。
「俺、いわゆる苦学生ってやつでさ。奨学金とバイトで食い繋いでるんだよね」
「そうなんだ」
「でも、もうすぐ中間試験の時期だから、あんまりバイト詰めたくないんだよ」
「大変なんだね」
いまいち話の流れが見えない。
「それで相談なんだけど」
「うん」
まさか金を貸してくれとでも言われるのだろうか。
ただほど怖いものはない?
「次の部屋が見つかるまで、ルームシェアしない?」
「ああ、うん、」
いいよ、と言いかけて我に返った。
透也の目を覗き込む。
冗談ではなさそうだった。
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