赤い薔薇の君

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 聞きなれたアラーム音で目を覚ます。なんだかやけに音が遠いな、と思いながら、枕元を探る。  一向に見つかる気配がなく、仕方なしに布団に起き上って、スマホを探す。見慣れない部屋に、一瞬理解が追い付かなかった。  一呼吸おいて、やっと今の状況、そして昨夜のあれこれを思い出し、はっと後ろを振り返った。  そこには、ただ布団だけがある。部屋を見回すが、透也の姿は見えない。  時計は午前十時を指している。透也はもう大学に行ったのだろう。  こんな状況で眠れるわけがない、と思いながら横になっていたつもりだったが、いつの間にか普通に眠っていたらしい。  自分の神経の太さに感心する。  俺は一つ大きく伸びをして、ゆっくりと立ち上がった。  布団を畳み、部屋の隅に置く。ふと、テーブルの上に小さなメモと、鍵が置かれているのが目に入った。 『出かけるときに鍵を閉めて、ドアの新聞受けに放り込んでおいてください 透也』  メモには、神経質そうな字でそう書かれていた。  玄関を見ると、今もちゃんと鍵がかかっている。これは合鍵ということだろう。  昨日会ったばかりの人間に合鍵を預けるなんて、物騒この上ない。出かけるときにたたき起こしてくれ、とでも言っておけばよかったのに、そこまで気が回らなかった。  悪いことをしたなあ、と思いながら、メッセージのチェックをする。そうだ、透也とも連絡先を交換したのだから、後で謝罪と、礼のメッセージを送っておこう。  特に重要なメッセージがないことを確認して、身支度を整える。昨日持ってきた俺の荷物も、部屋の隅にまとめた。これは、後で取りに来させてもらおう。  大家とは、特に時間の約束はしていない。今日は一日中家にいると言っていたが、念のため電話をかける。  はいはいいつでもどうぞ、という呑気な声にちょっと苛立ったが、ともかく、今から行っても大丈夫ということだった。  まだ少し湿ったままの靴を履き、外に出る。  鍵を閉めて、言いつけ通りに、鍵と、それから透也のメモに、ありがとうと書き足したものを新聞受けに落とす。  からん、という金属同士のぶつかる音が、冷たく響いた。  昨夜、ここに戻ってきた時の、「おかえり」という透也の声を思い出す。  寂しいな、と呟きそうになって、俺は急いで口を閉じた。  高校を卒業して、一人暮らしを始めてから、一度もそんな風に感じたことはなかった。むしろ、田舎の鬱陶しさから逃れられたことに、心から喜びを感じていた。  俺は、自分が思っているよりずっと弱っているらしい。  今日は久しぶりにビールでも飲もうか、なんてことを考えながら、昨夜の透也の温もりを思い出しそうになるのを何とか誤魔化した。
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