赤い薔薇の君

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 自分のアパートまで、のんびりと歩いて行く。昨日と同じくらい、いや、昨日よりも少し寒い。  明日で十月も終わり。冬がもうすぐそこまで来ている。  今日こそは、暖かい布団で、穏やかに眠れると良いなあ。  そんなことを考えているうちに、見慣れたボロアパートが見えてくる。これから取り掛からなければいけない作業に、気が重くなる。できれば、このまま帰りたい。  でも、俺には肝心の帰るところがないのだった。  自分の部屋に行く前に、大家の家のインターホンを押す。さっきの電話と同じように、呑気な声が聞こえてくる。南雲です、と答えると、ああはい、という返事とともにドアが開いて、大家の禿げた頭が顔を出した。 「はいはい、すみませんね。ええとね、南雲さん、今日は朝から、一応こちらの方で部屋に入らせてもらってね、上の階と一緒に、業者の人に水を抜いてもらったんですよ」  昨日、部屋に業者が入ることには了承していたが、午後からだと聞いていた。自分が来る前に入られるとは思っていなかったから、ちょっと嫌な気持ちになったが、荷物を運ぶ前に水を抜いてもらったのはありがたいと思うことにした。 「じゃあ、俺は荷物を避難させれば良いだけですか? 」 「ああはい、そうですね。今日は娘夫婦のワゴンをね、借りましたから。それ使ってください」  俺はそこで、ふとあることを思いついた。 「そういえば、もう水を抜いたんだったら、荷物がこれ以上濡れることはないわけですよね。じゃあ、引っ越すまで、荷物はここに置いとかせてもらって、ここで乾かしたらダメなんですか? どうせ、次の入居者もいないんでしょ」  我ながら名案だと思ったが、大家の表情は露骨に暗くなった。 「それはちょっと、困りますね。ちょうど今、月末でしょう。南雲さんとの契約は、今月いっぱいということにしたいんです。それでないと、こちらもいろいろと不都合があるので」 「じゃあ、次の部屋は見つけてくれたんですか?」  大家の表情が一瞬凍る。 「いや、それが、南雲さんもご存じかもしれませんが、ここの近くにあった、銀行の寮、あれが今、建て替え中なんですよ。それで、ここらのアパートはみんな、その寮に住んでた人が借りてしまってるような状況で、空きがないんです。まあ、月十万近いマンションとか、隣の市の物件とかなら、紹介できるかもしれませんが、それでは、南雲さんも困るでしょうし」  どうやら、大家は俺に、次の部屋を紹介する気がないらしい。 「じゃあ、俺はどうしたら良いんですか?」 「まあその、さっき言ってた、寮の建て替えがね、来月の半ばで終わるんですよ。だから、再来月からはね、ちゃんとこのあたりで、それなりの値段の部屋に住めると思いますよ。それまでは、なんというか、昨日のお友達にでも、ねえ」  本当にどこまでも、俺のために労力を割くつもりはないようだった。
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