赤い薔薇の君

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 大家はずっとニコニコと、穏やかそうな笑顔を崩さないが、言っていることは滅茶苦茶だ。 「そんな、一か月も友達の家になんて住めるわけないじゃないですか。どこでも良いから、せめて、荷物を置ける場所だけでも紹介してくださいよ」 「そう言われましてもねえ。トランクルームなんかも、さっき言った事情で、難しいですし。そもそも、今から契約してもすぐには預けられませんから。申し訳ないですけど、私ではどうしようもないです」  舐められているんだろうな、と思う。でも、確かに俺は高卒、二十歳のフリーターで、この大家を相手に、自分に有利に動ける力はないのだった。  本当に、どうしたら良いんだろう。ルームシェア、という透也の言葉が浮かんだが、昨日あれほどはっきり断った後では、さすがにばつが悪い。  俺は小さくため息をついた。 「そういえば」  そんな俺を見て、大家が何かを思い出した、というように口を開いた。  実際には、多分とっくに思い出していて、タイミングを見計らっていたんだろう。 「南雲さん、ご実家は県内ですよね」 「まあ、はい、そうですね」  何となく、次に言われることが想像できた。 「フリーターということですし、ご実家に帰られたら良いんじゃありませんか? その方が親御さんも安心でしょうし」  アパートの大家ごときに、なんでそこまで口を出されなければならないのか、という言葉をなんとか飲み込む。フリーターということですし、という言葉も癇に障った。態度に出ていたかどうかは知らない。 「そうですかね。仕事も住むところもなくなった、なんて息子が帰ってきたら、それこそ心配すると思いますけど」 「まあ、そうかもしれませんが、それで路頭に迷うよりはね、やっぱり安心ですよ」  確かに、大家の言うことも一理ある。昨日知り合ったばかりの人間の家に住む、というよりは、ずっと現実的な解決法だ。  でも、俺にとってそれは最後の手段だ。  こんな状況で家に帰ったりしたら、どうなるかは目に見えている。  まず祖父の経営する工場で働け、と言われ、次は多分見合いしろ、だ。  これまでは、会社員という地位と、高給(あくまで俺の地元からすれば)を武器に、反抗してきたが、今の状況ではそうはいかない。  あれやこれやといううちに、もう二度と地元からは出られないように、お膳立てされてしまうに決まっているのだ。  俺は大家を軽く睨む。今もまだ、顔に張り付いたような笑顔は崩れないままだ。  大家は、俺の地元の隣町の出身だと言っていた。多分、俺の家の状況も、大体はわかっているのだろう。そして、俺が決して田舎に帰ろうとはしないことも。 「わかりました、これからのことは、自分で考えてみます。とりあえず、荷物運ぶの手伝ってください」  俺の言葉で、大家の顔がぱっと明るくなった。
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