赤い薔薇の君

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 鍵を開けて自分の部屋(だった部屋?)に入る。  相変わらず、見なかったことにしたくなるような惨状だ。  一度昼食を兼ねた休憩をはさんで、全て片付け終えたのが午後四時。それから大家と契約やら賠償金やらの話をしていると、あっという間に六時を回っていた。  せめてもの詫びのつもりなのか、大家が夕食を出してくれるというので、ありがたく頂く。 すごく疲れていたし、家庭料理なんて食べるのは久しぶりだったから、もう少しおいしく感じても良さそうなものだけど、何だか砂を噛むような食事だった。  大家から借りたワゴンに乗り込み、エンジンをかける。だが、かけたは良いものの、どこに行けば良いのかわからなかった。  なんとなく、スマホを取り出す。透也からメッセージが来ていた。三十分ほど前だ。 『もう帰ってるから、いつでも荷物取りに来てくれて大丈夫』  そうだった。何よりまず、透也のアパートに行かないと。でも、その後はどうしたらいいんだろう。  昼食の時、ついでに辺りの不動産屋をいくつか回って事情を話してみたが、どこも大家がしたのと同じ話を繰り返すだけだった。試しに透也のアパートを調べてみたが、やはり満室と表示された。  それにそもそも、空き部屋があったとしても、今日契約して明日から住めるなんてそんな物件はないと言われた。  車を返すのは明日で良いと大家は言っていた。なら、今日はここで一泊して、明日になったら荷物を全て宅配便で実家に送れば良いのかもしれない。だが、そうなったらやっぱり、俺はあの田舎に戻らなきゃいけなくなるんだろう。 『隣の市の物件とかなら、紹介できるかもしれませんが』  大家の言葉を思い出す。  別に、隣の市でも良いはずなんだよな。ここだけが都会というわけじゃない。というか、ここは別に都会じゃない。  大家が言うように、アルバイトなんてまあ何とでもなる。  あの人の好い店長なら、事情を話して俺が今日で辞めると言ったら、嫌味の一つさえ言わないと思う。  いっそこのまま東京にでも行って、適当な安い部屋を探そうか。東京だったら、今の俺でもなんとか住ませてくれるところがありそうだ。  そう思いはしたって、正直、本当に実行する度胸はない。昔からそうだ。そんな大それたことをする原動力になるようなものなんか、俺には何にもないのだ。  俺はスマホを見つめる。画面には、まだ透也からのメッセージが表示されている。  やっぱり一番楽なのはこれだよなあ。  昨夜の透也の言葉を思い出す。それから、自分のそっけない答えも。  俺は一つ大きく深呼吸して、電話のアイコンをタップした。  俺の取柄は、神経が図太いことだ。会社員時代によく言われた。今こそそれを活かす時だろう。
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