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共同生活
自動ドアがかすかな音を立てて開く。期待していたほどは暖かくないが、それでもどこかほっとする。バイトを始めるまで、コンビニの中の温度なんて気にしたことがなかったが、職場となれば話は変わる。
「あ、こんばんは、南雲さん!」
高橋の目はいつにもなく輝いていて、中田が俺の不幸を彼女に話したらしいことを知った。
彼女が立つカウンターの前には、丸刈りの男子高校生が立っている。高橋の彼氏だ。彼も俺を見て小さく会釈した。俺は二人に手を上げて挨拶の代わりにした。
この時間はいつもすいている。今も彼以外に客はいない。
「今日は面接だったんですね。スーツ姿、久しぶりに見た。やっぱり似合いますよね」
案の定と言うべきか、散々な出来だった面接を思い出して気分が落ち込んだが、女子高生にそんな所を見せるわけにもいかない。ちょっと無理をして、照れたように笑って見せた。
「そうかな、先々週くらいも、確かスーツだったと思うけど」
「久しぶりじゃないですか」
女子高生と俺では、時の経ち方が違うようである。
バックヤードに入ると、机の上でノートパソコンに向かっていた店長が顔を上げた。
「こんばんは」
「南雲君。中田君から聞いたよ。大変だったねえ」
「すみません、何も連絡しなくて」
俺の言葉に、店長はいやいや、と首を横に振った。
「ちゃんと伝言を残してあったんだから、大丈夫だよ。そんな余裕なんて無かったでしょう」
本当に気の良い人だ。
「でも、住所が変わったんなら、教えて欲しいな。今どうしてるの? 」
「ああ、えっと、」
どこまで話すべきか迷って、口ごもる。結局、友達の家に泊めてもらってます、とだけ伝えた。
「そっか。じゃあ、ちゃんと新しい住所が決まったら、メールでも送ってくれるかな」
「はい、わかりました」
俺は店長に一礼して、ロッカーから着替えを取り出す。
背中越しに、店長が話しかけてきた。
「南雲君、もし何か困ってることがあったら、僕にできることなら力になるからね」
「ありがとうございます」
こんな優しい上司というのが存在するのか、というのが、このバイトをはじめた時の感想だったことを、改めて思い出した。
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