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着替えを済ませてレジカウンターに出ると、高橋が目を輝かせて待っていた。
彼氏はもう帰ったらしい。
「品出しは?」
別に隠すことはないのだが、そう期待されていると何となく恥ずかしい気がして、高橋の追及から逃げようとしてみた。
「さっき店長と一緒にやりました」
「そうなんだ」
高橋は、さあ話せ、と言わんばかりに俺の目を覗き込んだ。
ちらりと自動ドア越しに通りを見たが、犬の一匹さえ通りそうにない。
もう観念することにして、話してしまうことにした。多分高橋は、俺が部屋の水を出すのに奮闘したこととか、食えない大家とやり合ったこととか、そういうドラマチックな話を期待しているのだろうけど、俺はそんな辛気くさい話はしたくなかった。
「店長との話、聞こえてたんでしょ」
高橋は一瞬視線を俺から外して、小さくうなずいた。
「今泊めてもらってる友達っていうのはさあ、この前言ってた例の美青年なんだよね」
俺の言葉に、高橋は勢いよく振り向く。
「えっ、それってどういうことですか」
高橋の興味をひけたことに安心しつつ、何度か仕事に中断されながら、俺は高橋に、ことの一部始終を話した。
「なんか、不思議な人ですね。その、峰岸さんって人」
俺の話を聞き終わると、高橋はそう言って首を傾げた。
「そうなんだよね。見た目は、普通に真面目な優等生って感じなんだけど」
顔の綺麗さは普通じゃないけど、と言うのはやめておいた。
「でも、本当に大丈夫なんですか? そんな、ほとんど何も知らない人と一緒に住むなんて」
彼女の心配はもっともだ。
「まあ、何とかなるでしょ。一か月だけなんだし」
高橋は納得がいかなそうな顔で首を傾げた。
「別に、何ともならないならならないでいいんだよ、俺は。こだわりとか、そういうの無いタイプだし。生きてれば何とかなるし、死ぬんだったら、もうそれこそどうにもしなくていいんだからさ」
高橋は一瞬、何かにおびえたように、目を大きく見開いた。それを見て、俺はさっきの言葉が失言だったことに気づいた。
何とかごまかさないと、と思ったが、何も言葉が出てこなかった。仕方なく、俺は高橋に軽く笑いかけた。
「そんな心配しなくても大丈夫だよ。いかにも人畜無害って感じのやつなんだから。何かされたら、返り討ちにしてやるって」
俺の軽口に、高橋も笑った。それと同時に自動ドアが開く。高橋の笑顔に残ったぎこちなさには、気づかなかったことにした。
やっぱり、どこかおかしくなってるのかもしれない、と思う。だけど、こんな状況でおかしくならない方が、むしろ異常なんじゃないだろうか。
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