赤い薔薇の君

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 人間というのは、謎を求める生き物だ。  一ヶ月前、俺が初めてあのベランダを見た時、鉢植えの木にはただ緑の葉があるだけで、花どころか、つぼみの一つもついていなかった。  次に地震が来たら真っ先に崩れそうなボロアパートのベランダに、似つかわしくない立派な鉢植え。  あれは一体何の木だろう。  それが第一の謎だった。  それから十日ほども経った頃、鉢植えの木は薔薇の木になっていた。そうなれば、次に気になるのは、鉢植えの持ち主だ。   持ち主の外見がわかれば、声が気になる。声がわかったら、次は性格。年齢、職業、その他。知れば知るほど知りたいことが増える。  これを勉強に活かせていれば今頃は・・・・・・、と思わないこともないが、それはまた別の話だ。 「ねえ高橋さん、ここにイケメンのお客さんって来たことある? 」  夜八時、何故か客足が途絶えて、店の中には俺と高橋という同僚しかいない。俺の声に、このコンビニ一番の古株アルバイター女子高生は勢いよく振り返った。 「南雲さん!」  高橋は俺を指さす。 「いや、そういうことじゃなくて。でもありがと」 「でも私的には南雲さんが今までのお客さんの中で一番のイケメンですよ。今日からアルバイトですって言われた時はびっくりしました。そのうち売り上げ増えちゃったりするんじゃないですか?」 「そんなこと言ってると彼氏に怒られるよ」  高橋の彼氏は丸刈りがまぶしい野球少年である。今日も部活帰りにここに寄って、さっき帰ったばかりだ。 「大丈夫ですよ、だって南雲さん、全然タイプじゃないから」  高橋に特別な感情は一切ないが、こうもはっきり言われるとちょっと悲しい。 「俺の言い方が悪かったかな。その、なんていうか、イケメンっていうより、美青年? みたいな」 「あー、もしかしてあの、眼鏡かけた黒髪の?」 「多分そう」  イケメンと美青年で、こうも理解が違うものなのか。ちょっと勉強になった。 「たまに来ますよ。去年から来てたと思う。あの人がどうかしたんですか? 」 「いや、この前深夜にシフト入ってた時に来たんだけど・・・・・・」  俺は高橋に川沿いの道での出来事を話した。 「あはは、それは気まずいですね」  俺の話を聞いても、高橋は別に彼を知りたいとは思わないらしい。 「変質者だと思われてないといいんだけど」 「大丈夫じゃないですか? まあ、コンビニ店員に住所知られてるっていうのは気持ち悪いですけどね」 「やっぱそうだよね」  気持ち悪い、という言葉に、予想以上にショックを受けた。 「ああでも、そういえばその人昨日来てましたよ。大して気にしてないんじゃないですか」 「本当に? それなら良かった」  自動ドアの開く音で、会話が切られる。これ以上高橋から彼について聞き出せることはないらしい。  しかし、彼が昨日もここに来たというのは良い情報だ。彼との再会の日は、多分そう遠くないだろう。
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