赤い薔薇の君

6/21
前へ
/44ページ
次へ
 峰岸がカーテンを引くと、薔薇は影すら見えなくなった。今日俺はここに薔薇を見に来たのだから、もう用は済んだことになる。  しかし、それじゃそろそろ、と言って帰ってしまうわけにはいかない。もう外は暗いが、まだ六時すぎだ。  秋の夜はこれから。  と、そうは言っても話題がない。峰岸と俺の共通点なんて、一つも思いつかない。そもそも俺は彼のことをほとんど何も知らないのだ。 「この部屋、外から見るより綺麗だよね。結構広いし」  苦し紛れに、そんなことを言ってみる。自分でもつまらない話題だと思ったのに、峰岸はなぜか口元に笑みを浮かべた。 「多分一回特殊清掃されてるからね」 「え?」  聞き慣れない言葉だが、なんとなく嫌な予感がした。 「ここ、事故物件なんだよ。孤独死だか、自殺だか、とにかく人が死んでる。直接説明されたことはないから、詳しいことは知らないけど」  ここで人が死んだ、と言われても、峰岸があまりに平然としているせいで、全く現実味がなかった。 「説明されなかったんなら、違うんじゃないの。なんか、ちゃんと説明しないといけないんでしょ、そういうのって」 「死んだすぐ後ならそうだけど、別にずっと説明しないといけないわけじゃない」 「でも、それならなんで事故物件だってわかるわけ?」 「だって、おかしいだろ。ここの家賃が二万なんて」 「二万!? 」  いくら古いとは言っても、この広さでその値段は確かに安すぎる。  「それで、ネットで調べたらヒットした。事故物件の情報を集めたサイトがあるだろ。知らない?」  やっぱり今すぐ帰ろうかな、と思ったが、今度は峰岸の方から質問が来た。峰岸が床に座ったのを見て、俺もその向かいに座る。どうせ俺には霊感なんてないから、幽霊が出ても平気だろう。 「俺に大学生かって聞いたけど、南雲君は違うの」  南雲君、という慣れない呼び方に寒気がした。そうだ、君付けは呼ぶより呼ばれる方がくすぐったいのを忘れていた。 「呼び捨てで良いよ。タメで南雲君なんて呼ぶ奴いないから変な感じ」 「じゃあ俺のことも峰岸でいいよ」 「あ、だったら透也って呼んでもいい? 俺のことも慧でいいから」  峰岸は一瞬驚いたように大きく目を開いたが、すぐに元の表情に戻る。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加