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「せ、せんm」
「よろしければ、デザートはいかがですか? 綺麗なお嬢さんがたには、特別にコーヒーもサービスでおつけしましょう」
「わーい!」
やった、陽斗さんったら太っ腹! あれ、喜んでるのは私だけ?
「もしかして、コーヒー苦手でしたか?」
そうだよねえ、サービスのコーヒーを紅茶に変えてくれとは言いにくいよね。いくら図々しい私でも、それは遠慮しちゃうし。
「い、いいえ。ありがたくいただきます」
「ご用意いたしますので、少々お待ち下さい」
陽斗さんの後ろ姿を見ながら、声をひそめて話しかけた。
「常連さんっぽくて、嬉しいですよね!」
「常連さんというか、単純に特別扱いじゃないかしら」
その言葉の意味は、もう少し先でわかることになる。
喫茶店のマスターが、私が勤める会社の会長さんだということも、陽斗さんが次期社長だということも。
マスターのカレーは、奥さまがカレーを食べたいと言ったときに限ってつくられるものだということも(ある程度の量を作らないとスパイスの配合が難しいため、そのおこぼれとして店で販売しているらしい)、陽斗さんは私以外には絶対に料理をしないということも。
そもそもこの喫茶店はマスターと陽斗さんが気に入らなければ入店できないということも、サラセニアは「恋の憩い」という花言葉を持つ食虫植物だということも。
コネ入社だと知って私が陽斗さんと初めての喧嘩を繰り広げることも、確かに推薦はしたけれどちゃんと会社として良い人材だと判断したんだと言いながら会社を辞めるならこのまま結婚に持ち込んでやると陽斗さんが暴走することも、やけになった陽斗さんが私情ましましで私に告白してきた先輩のことをとてつもない僻地にとばそうとすることも、今の私には全然想像できていないのだった。
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