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飲み会を途中で抜けた翌週、私は例の総務課のお姉さまと一緒に喫茶店にランチに来た。受けた恩は返せるときに返すのが、社会人のたしなみです。
あれ、ちょっとそわそわしているな。どうしたんだろう。
「すみません、もしかして午後から用事がありました?」
「う、ううん、そうじゃないの。ただ、ここって会社から近いでしょ」
「あ、確かに。他の社員さんがいたら、気になりますよね。でも、私が来るときってちょうど谷間に入るのか、誰もいないんですよ」
「……へえ、すごいわね」
「貸し切りみたいですよね!」
あ、ドン引きしている……。わかります、疫病神っぽいですよね、この現象。特定のひとが来るとお客さんが増えるという招き猫みたいなひともいるというのに……。こういうところがあるから、第一希望は落ちたのかしらん? よし、こういう時は話題を変えよう!
「あのあと、結局飲み会はどうなったんですか?」
「結局彼女の上司が声をかけにいってね。『結婚式はいつだい?』って話しかけたら、『今年中には挙げたいんです!』って彼女がノリノリで話し始めて」
「わお」
たぶんその声かけって、きっと嫌味だったよね? 友が強すぎる。でも同期としてはあんまり嬉しくない強さだなあ。
「しかも相手の男の子は、まだそのつもりじゃなかったみたいなんだけれど、彼女はお取り引き先のお偉いさんのお嬢さんだからね。もうそれでおしまい。おめでたいね!ってことになって、ふたりの婚約記念パーティーみたいになったわ」
「すごい。超展開ですね」
「ただ、震えている女の子が数人いたからね。彼ったら真面目そうな顔をして、手広く声をかけていたんじゃないかしら。結婚までに身辺整理が大変そうよ」
マジですか、あいつ最低だな! いやあ、断って正解だったわ。
「そういえば山本さんは、この喫茶店の名前の意味って知ってるの?」
「いや、知らないですね。なんか、横文字だなって思ってます」
「そっかー」
「すみません、私英語苦手で。やっぱりもうちょっと勉強した方がいいですかね?」
「大丈夫、大丈夫。これ、花の名前だから。たぶん花言葉からとっているんじゃないかしら」
「ちなみに、どんな花言葉なんですか?」
「こ……いいえ、『憩い』よ」
「わあ、喫茶店にぴったりですね!」
「そうね……」
「こんにちは。お食事はお済みですか?」
あ、陽斗さんだ。今日はいつもと雰囲気がちょっと違うなあ。髪をきっちりまとめているからかな。今日もいつもながら、カッコいいわ。
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