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 「上長の話はまだ長くかかりそうだね。」 「そうだね。まだかかりそう。」 「卒業後はどこに配置されるか決まった?」 「まだ連絡ない。」 ホールの隅でこそこそと二人で話をしている。この学舎を出れば彼女も私も五級提琴奏者となる。檀上の上長は中提琴の奏者だった。この学舎では、大提琴、中提琴、提琴の一級奏者が上長となり予備訓練生の指導をしている。 「上長の話も終わったね。蔭璃はどうするの。夕食まで時間があるけど。」 「私は明日の内示が出たらすぐに全国どこかの駐屯地に行かないといけないし、その準備もまだ終わってなくて、それにこの土地にいるのもたぶん最後になるから、今日は見納めしておこうかと思ってる。」 「まだ準備終わってないの?それならしょうがないわね。ここももう最後か。私達はどこに配属されるのかな。」  三年間共に訓練してきた仲間ともこれで当分の間、顔を合わせることはないわけだ。もしかしたら二度と会わない可能性もある。皆、なにかさびしげな、それでいて開放的な顔をしている。一度、寮に戻ってから川べりを歩こう。肉親が誰一人いない私にとってここに戻ることはたぶん二度とないだろうから。そして同じ予備訓練生の仲間がいなくなってしまったこの土地にもう戻ってくることはないだろうから。新しい配属先はどのような土地だろうか。 こんな田舎にいると忘れてしまいそうになるがこの国には一人の孤独で生きるのが困難で精神の救済を求める数千万人の人々がいる。提琴の音色が精神を救済する私達はその目的のために各施設へと派遣される。それは他人を救うため、そして自分を救うために。明日、私達は五級提琴奏者となる。
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