【試し読み】ゆうやけ

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 郵便配達員とはストローである。  三ツ矢が初めて郵便局でアルバイトをした大学生の冬、ある局員はそう話していた。  なにせ年賀状配達を主たる目的とするアルバイトだったため、その忙しさといったら三ツ矢がそれまで働いてきた居酒屋やチラシ配りの比ではない。毎日朝から晩まで目の前を流れていく膨大な葉書、葉書、葉書。文面を見るつもりなぞないのに、ちょっと内勤するだけで、「あけましておめでとうございます」だの「謹賀新年」だのといった言葉がゲシュタルト崩壊を起こすほどだ。  このまま年始まで働いていればきっと、三ツ矢は生涯、年賀状なぞ出すものかと心に誓ったことだろう。ただ幸いにもバイクの免許を持っていた三ツ矢は、元旦からは年賀状配達部門に回され、寒風吹きさらすただなかではあるが、外の空気を吸うことができた。  それでもゴムで束ねられた年賀状をポストに入れる都度、赤や緑で彩られた賑やかな面面で嫌でも目に入る。元旦はおろか、二日になっても三日になっても、正月の町はどこか寝ぼけたようで、幾ら自分から望んでのアルバイトとはいえ、自分だけが寒さに手をかじかませながら走り回っているのが馬鹿馬鹿しくなる。似たようなことを考えるのは、アルバイトも局員も変わりがないのだろう。誰もが疲れ果てた顔で郵便局と外を駆けまわる中、一人の局員が呟いたのが、「俺たちはストローだからな」という言葉だった。 「ストローってのは、中がからっぽだからこそ、役に立つんだ。年賀状の送り手も受け取り手も、送られる年賀状だけが大切で、俺たちなんぞ見ちゃいない。けどそうやって目立たないことが、俺たちの仕事には大切なんだよ」  ハハキギさん、と皆に呼ばれていたその局員は、当時、すでに四十代半ばだっただろう。仕事中にバイクで転んだとかで足が悪く、一日じゅう内勤で働いていたが、誰もが早く家に帰りたがる年末年始、ハハキギさんだけはいつも最後まで局に残り、黙々と年賀状の仕分けをしていた。
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