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小久保の葛藤など知らぬ総務課長が、長い顎をぽりぽりと掻きながら、机の向こうから口を挟んできた。
「別に遠くまで出なくたって、局の界隈の配達を手助けしてやるだけでも、配達の奴らは助かるはずだ。新しいアルバイトが決まるまでの間ぐらい、昔取った杵柄で助太刀してやれよ」
「けど、課長――」
「大丈夫、大丈夫。クレーム処理とか販売ノルマとかは俺がうまくやっておくからさ」
ここまで言われては、強引に拒否もできない。翌朝、しかたなく局内の駐輪場から自転車を引っ張り出し、郵便物で膨らんだ配達袋を引っ張り出すと、配達員たちがあれえと言いたげな顔でこちらを振り返った。
「なんだ、小久保さん。どうせならバイク使えばいいのに」
「そうだよ。空いてるバイク、あるんだからさ」
「いやあ、久しぶりだから自信なくて」
愛想笑いでごまかして局を出れば、前かごに乗せた配達袋の重みでハンドルが左右に揺れる。おっと、と思ったその時、視界の隅を黒いものがよぎった気がした。途端に視界が雨に遭ったかのように暗くなり、なにを考えるよりもざっと背中が粟立ち、喉の奥がからからに干上がった。
(続きは『ねこのはなし』にて掲載。全体3900文字)
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