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2 風ごいの儀式
「いや、その、呼べっていうことは、風を呼び寄せて吹かせろってことですか?」
「あたりまえじゃんかよ。波だけ呼び寄せたってしょうがなかろ」
「あの、僕はヨットレースに出たのも初めてで、こんなク、クソベタ状態も初めてなので、風を呼ぶ方法なんて聞いてませんけど……」
そう、僕は高校入学したての1年生。
この高校は、ヨット競技が強いと聞いて、ヨット部に入部したんだ。
ヨットをするのは初めてだけど、高校から始める人も多いと聞いたし、何より僕は海が好きだ。
でも、入部して4、5回ヨットに乗っただけで総体の選手になるとは思わなかった。
僕は、ほぼ初心者でFJ級ヨットのクルー(乗員)で総体に出場している。
スキッパー(艇長)は、3年生の先輩である。
基本的にこのヨットは、2人乗りだ。
ヨット部に入る生徒が年々減っているので、僕のような新入部員は即戦力なのだ。ヨット経験なしなんて関係ない。
何も知らないクルーの僕は、とりあえずスキッパーの先輩に指示されたことをするだけだ。風のある時は、それなりにヨットは走ったけど、風の全くなくなったレース海面は初めてだった。
「無理ですよ。自然を操れってことですか? 風を吹かせるなんて、僕は『諸葛孔明』じゃありません」
「お、それ『三国志演義』だな。『赤壁の戦い』だろ。『諸葛孔明』が『儀式』をして東南の風を吹かせたってやつだ。俺もそのくらい知ってるぜ」
「そうです。あれは、『諸葛孔明』が天候を熟知していて、風が吹くのが分かっていた、と言われているじゃないですか。僕は、この辺りの天候は全く熟知していませんよ」
「あのなあ、大事なのはその『儀式』の方だよ」
「は?」
「風の神様にお願いして、風を呼ぶんだよ。気合いだよ気合!」
なんだそれは?
ヨットレースって近代的なスポーツだと思っていたけど、風の神様? 儀式? そんなことをするの? 根性で風を吹かせる? 何て非科学的な事なんだ。勘弁してくれよ。
僕は小さなヨットのデッキに背中をあずけて空を見上げた。
その時だった。
「風の神様にお願い申し上げまーす!」
数メートル離れたところで漂っていた、他校のヨットのクルーが立ち上がって大声で言った。
「お! 始まったな」
先輩は、声の方を向いた。
「何をしてるんですか、あのクルーは?」
「まあ、見てなよ。これがさっき言った『風ごいの儀式』だ」
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