3 究極の『儀式』

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3 究極の『儀式』

「東の神様、風を吹かせたまえ、西の神様、風を吹かせたまえ……」  そう言いながら、四方に向かって合掌(がっしょう)して礼をしている。  そして、最後に 「桜島高校2年、鈴木隆、歌います! 『崖の上のポニョ』」  そう叫んで、桜島高2年の鈴木君は、狂ったように『崖の上のポニョ』を歌い出した。しかも踊りつき。  1曲歌い終わるとまわりのヨットから拍手があった。 「あの、『儀式』ってこれですか?」  僕は、先輩の顔を見て聞いた。 「おう。お前も何をやるか考えとけよ。大学生なんかは春歌(しゅんか)(エロい歌)とかエロい芸とかするけど、それはやめとけ。あとで先生に怒られるからな」 「はあ……」  僕は、歌どころか、人前で大声を出すのも恥ずかしいのだ。何かやれと言われても無理無理。  次々と他校が一発芸をしたり、替え歌を歌ったりして『儀式』をしている。 「今日は、……特に暑いですね」  額の汗をぬぐって僕は言った。  先輩が遠くの海面を見て言った。 「一向(いっこう)に吹く気配なしだな。さあ! そろそろお前、風を呼べよ」 「え! やっぱ、何かしなきゃいかんのですか?」 「あたりまえじゃん。他の学校がやってんのにうちだけやらんとは、この時点でもう高校総体に負けてるぜ。景気よく、なんかやれよ」 「うへー。せんぱーい、何をしたらいいんですかー」  本当に僕は、いままで芸なんてやったことないんだ。  僕って、内気でつまらん奴だったのだ。今さらながらに自覚した。 「わかったよ。あんまり深く考えんなよ。そうだ、とっておきの強力なやつを教えてやる。究極の『儀式』だ」 「僕にもできますか?」 「できるできる。しかも風を呼べること間違いなし!」 「どうやるんですか?」 「うん。まず、なんでもいいから歌を1曲歌う。『蝶々(ちょうちょう)』でも『チューリップ』でもいいんだ。その(あと)に……」 「はい。その後に……」 「お前の好きな子の名を叫んで告白してから、風の神様にお願いするんだ」 「だあー! そんなこと、できるわけないじゃないですか!」 「そんぐらいの度胸と覚悟を神様に示さないと、風は吹かんということよ。お前も好きな子の1人や2人はいるだろうが。どうせ他人事だ誰も聞いちゃいないぜ」  いや!……他人事ではないのだ。  僕が思いを寄せているのは、うちのヨット部員の下園(しもぞの)小百合(さゆり)なのだ。彼女とは同級生で、中学校も一緒だった。  ずっと、気になっていた子だ。もちろん、彼女と話したことは一度もない。  僕がヨット部に入ったのも、彼女が先にヨット部に入っていたから、ということもある。下園小百合も女子FJ級で、レースに出ている。今この海面のどこかにいるのだ。  だいたい告白で、何で風を呼ぶことができるんだよ。何の科学的根拠もないし。単なるおふざけ演芸会じゃないか。  こんな『儀式』は。できません!
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