4 先輩のこれが手本だ!

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4 先輩のこれが手本だ!

「おい。何黙り込んでんだよ。ああ! お前、この神聖な儀式を単なるおふざけだと思ってるな! これは、伝統ある海での儀式だ。とにかく大声を出せ! 勇気を示せ! 風もない、かったるい時こそ士気(しき)を高めるのだ。ドカンと一発行こうぜ!」 「はあ……」  煮え切らない僕の態度に(ごう)()やした先輩は、立ち上がって言った。 「けっ、だらしねえなあ。こうやってやるんだよ! 南薩摩(みなみさつま)高校3年 山元(やまもと)源之助(げんのすけ)! 『海』を歌います! うーみーは、ひろいーな、おおきーなー」  わあ、先輩始めちゃったよ。最後に愛を叫ぶの? 先輩は思いっきり大きい声で歌ってる。 「つーきがのぼるーし、ひがしずむー。 えー俺は、錦江院学園(きんこういんがくえん)3年 有馬(ありま)幸子(さちこ)さんが好きじゃー! つきあってくれー! そして、風の神よ大風を吹かせたまえー!」  まじ! その有馬幸子さんて実在の人? 先輩は本当に告白したの?  しばらくして十数メートル離れていたヨットから女子生徒の声がした。 「せからしかー! わいはほんのこてばかか? 何度ゆてん、だめなもんなだめじゃ。わっぜやっせんぼやっど!」  鹿児島弁丸出しで、返答があった。  標準語だとこうだ。 『うるさいわね! あんたバカァ? 何度言っても、だめなものはだめよ。まったく困ったやつね!』 「やっぱしそうか。あはははは……はは…………」  先輩は崩れるようにデッキに座った。  先輩は、このレースに出ていた人に愛を叫んだんだ。しかも、これが初めてじゃないみたいだ。  ベタ(無風状態)になるたびにこの雄叫びをしてたんだ。そしてそのたびに「せからしか!」って言われてたんだ。  今のって撃沈だよね。先輩は、その後も『あはあは』言っていた。  凄い! 凄いよ先輩!  でもだめだ、僕にできるわけがない! そうだ、下園小百合じゃなくて他の人の名前を言えばいいんだ……。でもなあ、それも、姑息(こそく)な気がするし。  ひょっとしたら、下園小百合も僕のことが好きかもしれない……。いや、ありえないか。  ああ! 何でこんなことで悩まなきゃいけないんだ。  ヨットレースどころじゃないじゃん。 「もし、もーし。手本は見せたぜ。お前も風の神様に度胸を示して、嵐を呼べよ」  先輩はデッキに座り直して、遠くの海面を見ながら言った。  なおも、各校の『風ごいの儀式』が続いている。
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