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6 謎の万葉替え歌
「ええよー! 額田王の替え歌やねえ。すばらしいでえ」
関西弁で賛辞を送っているのは、天文館高校の河内美晴という女性の先生だった。
関西出身なので、関西弁なのだ。
河内先生は、国語の先生なので今の歌のことが理解できたのだろう。僕にはさっぱりだ。下園小百合は何が言いたかったんだ?
「おい、ヨットを本部船に近づけろよ。河内先生に今の短歌を解説してもらおうぜ。お前も気になるだろ?」
先輩が言った。
「そ、そうですね」
僕は、オールを小さくしたようなパドルで漕いで、ヨットをクルーザーに近づけた。
レースが始まっていないので、ヨットを漕いで走らせることは、ルール上許されている。クルーザーに十分近づいたところで先輩が、河内先生に言った。
「河内先生! 今のうちの女子部員は、どういう意味の事を言ったんですか? 教えてください!」
河内先生は、僕を見て言った。
「あ、その新人クルーさん、枕崎君やったかな。よかにせ(いい男)やないの。今、女の子に愛を叫びよったな。うちはそんなん好っきゃなあ」
いやあ、先生に関西弁で好きと言われてもなあ。僕が知りたいのは下園小百合が、どういう事を言ったのかなんですけど。
「あの短歌の意味を、教えてください!」
ドキドキしながら、今度は僕が言った。
「あれはな、和歌やねん。万葉集の額田王の和歌をちょこっと替えた歌やね。オリジナルの和歌は、『君待つと 我が恋ひ居れば 我がやどの 簾動かし 秋の風吹く』や。
意味は『あなたを待って恋しく思っていたら、秋風が吹いて簾が揺れるたびに、あなたが来てくれたかと思うのです。』ちゅう可愛くて切なーい歌や。
ほんで、その替え歌が『風待つと、我が恋ひ居れば、我がふねの、セール動かし、南の風吹く』や。意味は自分で考えてみなはれ!」
ニタニタしながら河内先生は、突き放したように言った。
「いや、河内先生ストレートに言って、下園は枕崎の告白に対して、オッケーなんか、ダメなんかどっちなんですか? 俺はそれが聞きたい!」
先輩が、じれったそうに言った。
「うふふふふ。わかるで、じれったいよなあ。若いってええなあ。青春やなあ。ハーバーに帰ってからが楽しみやなあ。どういう意味やったのか、下園さんに直接聞いてみ。そやけどあの下園さんは、万葉集なんぞよう知っとったなあ。おまけに歌を替えはってなあ。あのおごじょ(女の子)は賢いで。枕崎君」
それだけ言って、河内先生は、船首の方へ行ってしまった。
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