砂漠のてるてるぼうし

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 砂漠にてるてるぼうしが住んでいました。  これは、暑いのと、よく乾いたのが好きでしたので、砂漠に住むにはうってつけでした。  いつもひとところにじっとして、小さな虫などを取って生きていました。  友達といえば、背の高い、おじいさんのサボテンの木があるばかりでした。  てるてるぼうしがいると、辺りが乾いてしまうので、他に誰も彼に近づくものはありませんでした。  サボテンは無口で、ほとんど話をすることもありません。  ときどき、サボテンを登って、てっぺんから見渡してみると、どこまでもどこまでも、広大な砂漠が広がっていました。  あるよく晴れた日のこと、サボテンは重い口を開いて、てるてるぼうしにいいました。 「わしもそろそろ寿命じゃて。おぬしともお別れせにゃならん」 「そんなこといわないでほしいの。きみ死んだら、ぼく、どうして生きればいいの?」 「ときがくれば、生き物は皆死ぬものじゃ。わしが死んだら、おぬしは砂漠の花を探しにいきなされ。五百年に一度、満月の夜にだけ美しい花を咲かせる木じゃ。このあいだ咲いてから、そろそろ五百年になる」  そう言い残すと、サボテンは死んでしまいました。  てるてるぼうしは、しばらくはサボテンのそばを離れませんでしたが、すぐにサボテンは芯だけを残して枯れてしまいました。  てるてるぼうしのそばにいると、枯れるのが早いのです。  そこで、旅立つことにしました。  何日も何日も、砂の上を歩いていきました。  砂の中に住む小さな虫のほかには、ほとんど動くものもなく、砂漠は死の世界でした。  ある朝、てるてるぼうしは、キリアツメが逆立ちになって、水を集めているところに出会しました。 「ねえ、キリアツメさん。ぼく、砂漠の花を見つけにいくの。きみ、知らないの?」  てるてるぼうしが声をかけると、キリアツメは驚いてひっくり返ってしまいました。 「わあっ、びっくりした。なんだ、てるてるぼうしか。もう、邪魔しないでよね」 「ぼく、邪魔してないの。きみ、砂漠の花、知らないの?」 「知らないよ。きみがそばにいると、水が乾いちゃうから、近くに来ないで」  キリアツメは、長い足をカサカサとせわしなく動かして、あっちにいってしまいました。 「ぼく、そばにいないほうがいいの?」  てるてるぼうしは傷ついて、砂の上にべったんと腹這いになってしまいました。  今までてるてるぼうしがそばにいても、年取ったサボテンはなにも言わなかったのです。  そのまま、いつまで寝ていたでしょうか。  やがて、ゴウゴウという、凄まじい音が聞こえてきました。  顔を上げてみると、ものすごい大きさの砂嵐がやってきていました。  急いで砂に潜ろうとしましたが、間に合いません。  砂嵐は、てるてるぼうしの小さな体を、簡単に舞い上げてしまいました。  気がつくと、砂の上に倒れていました。どこか遠くまで運ばれてしまったようです。  キリアツメは無事だっただろうか、と思いました。あの砂嵐では、だめだったかもしれません。  すると、おうい、おういと、呼ぶ声がします。  そこには、ガゼルの骨だけになったのがありました。 「やい、てるてるぼうし。俺さまを乾かしにきたのか。こんな姿にしてもなお、乾かし足りないのか」 「ぼく、そんなことしないの。ぼく、砂漠の花を見つけにいくの」 「おまえのせいで、みんな乾いてしまった。おまえは生き物に死をもたらす存在じゃ。ああ、うらめしや」 「ぼ、ぼく、違うの」  てるてるぼうしは、怖くなって逃げ出しました。  また、何日も歩いていきました。  ですが、歩けど歩けど、砂漠の花はおろか、一匹の虫にも出会いません。  しばらくは空腹を我慢して歩いていましたが、そのうちにとうとう一歩も歩けなくなって、仰向けに倒れてしまいました。  それからどれくらいたったでしょう。ふと気づくと、体をつんつんとつつかれるのを感じます。  目を開けると、大きな鳥がいました。ハゲワシです。  辺りは真っ暗。今は夜なのでしょうか? 「てるてるぼうしよ、俺に食べられるがいい。おまえは今まで多くの生命を奪ってきた。今度は、おまえが俺の命になる番だ」  てるてるぼうしは、自分がいろんなものを乾かしてきたバチが当たったのだろうか、と思いました。  でも、わざとそうしたのではありません。自分がそばにいると、みんな乾いてしまうのです。  サボテンのおじいさんは、そのことについて一言も言いませんでした。  キリアツメはてるてるぼうしのそばにいるのを嫌がりました。  ガゼルは、自分が乾いたのを、てるてるぼうしのせいにしました。  てるてるぼうしは、ぼくのせいじゃないや、と思いました。  でも、自分がそばにいなかったら、サボテンのおじいさんはもっと長生きできたのでしょうか? 「俺の一部になれ、てるてるぼうし」 「ぼく、まだ死にたくないの。サボテンのおじいさんと約束したの」  そのとき、ポツリ、ポツリと、空から雨が降ってきました。  すぐにザーザーと、ひどい土砂降りになりました。  それは、何百年かに一度の、砂漠の大雨でした。  それまでカラカラに乾いてしまっていた砂漠の大地は、水を吸い込んでいきません。  砂の上を、雨は濁流となって流れていきました。  あっという間に、ハゲワシが水に飲まれます。  てるてるぼうしの小さな体も、簡単に波にさらわれてしまいました。  今度こそ、自分は死ぬのだと思いました。  だとしたら、ハゲワシに食べられて死んだほうがよかったかな、とも思いました。  それなら、自分はなにかの役に立って死んだのだといえます。  でも、やっぱり嫌だなと思いました。  すると、ふいに、体がなにかに引っかかって止まりました。  必死にそれにしがみつきます。水の流れに負けないように、ぎゅっとしがみついておりました。  しばらくすると、急に水が引いてきました。てるてるぼうしがいる場所だけ、雨が止んできたのです。  そこは小高い砂の丘でした。丘の上に一本だけ生えた木に、つかまっていたのでした。  丘の下は、まだゴウゴウと水が渦を巻いていました。  そのうちに夜になりました。  雨はまだしとしとと降り続いておりましたが、てるてるぼうしの頭の上だけ晴れて、雲の切れ間から、お月さまが顔を覗かせていました。まんまるの満月でした。  そのとき銀色の光が降ってきて、てるてるぼうしは空を見上げました。  銀色なのはお月さまではなく、花でした。  木が白い小さな花を枝じゅうに咲かせていました。  その花が、満月の光を浴びて銀色に輝いていました。 「ぼく、砂漠の花、見つけたの」  てるてるぼうしは、朝が来るまでずっと花を見上げていました。  そのうち雨はすっかり止みました。  お日さまの光に照らされると、花は静かに閉じました。 「ぼく、砂漠を出るの」  どこかに自分が生きる場所があるように感じて、てるてるぼうしは歩きはじめました。
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