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とじまり。
「頼むよー、これも、相川さんにしかできない仕事ってやつからだからさ!」
「えええ……」
私はうんざりして課長を見た。此処は、私が勤務する“株式会社ナツカ輸入販売”のオフィスである。時計などのグッズ販売を主とする小さな会社だ。お客様の注文が入ったら倉庫にある在庫を調べて、在庫があれば出荷して――ということをするのがメイン業務である。もちろん、日本の商品も多く取り扱ってはいるが、ここのところとある海外メーカーの高級腕時計が大ヒットして、その注文と出荷に追われる日々が続いているのだった。
クリスマスを控えたこの時期は、ただでさえプレゼント商戦が激しい。
去年から続くブームもあって、今年も高級腕時計を愛しい人や家族にプレゼントしたいという人が、日本に住んでいる外国人を中心に増えているのだそうだ。おかげさまで、注文を受けて出荷して、という業務が追い付いていない状況である。小さな会社で、人が少ないというのが最大の理由だ。まあ、売上ががっぽり出るのは当然会社としては良いことではあるのだが。
そんなわけで、私は今日も今日とて残業。月曜日なので、土日の分の注文もたまっていて目が回るほどの忙しさである。月曜から残業なんかしたくないのに、と思っていたらさらに課長に面倒を言い渡された形だった。
いや、頼まれたこと事態は大したことではない。大したことではないのだが。
――どうせ相川さんが今日一番遅くまで残ってるでしょ、会社の鍵閉めよろしく……って。
課長に押しつけられた鍵束を手に、私はため息をついた。
――忙しい理由わかってんでしょーが!なんであんたが先に帰るのよ、もう!
そう。私にしかできない仕事だから、なんてかっこいい言葉では誤魔化されない。ようは、自分が先に帰りたいから私に鍵を押しつけていっただけなのだから。
いくら小さな会社とはいえ、私はただの平社員である。一応正社員ではあるとはいえ、本来最後まで残業してオフィスの鍵閉めを全部担当するような立場ではないはずだった。しかも、今日鍵を預かったということは、明日は誰より早く来て会社の鍵を開けなければいけないということでもあるのである。
「……い、いや、妻が怒っててさ。子供も小さいのに毎日遅いって。今日くらいは早く帰らないと、ね?相川さん独身だけど、女性ならそういうことくらいわかるでしょ?」
独身だけど、は余計だろう。どうせ私は四十手前で独り身ですよ、と腐りたくなった。既婚者の課長以外が殆ど女性で占められているこの会社、まともな出会いなどあるはずもないのである。ただでさえ、ここ最近は仕事量が増えて忙しいというのに。
「……今回だけですからね」
そこで、強く言えない私は本当に弱いなと思う。不機嫌になりながらも、渋々私は鍵当番を引き受けたのだった。
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