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フライトの出発時刻にはまだ間があった。どこかで時間をつぶそうにも、素っ気ないプラスチックの椅子とありきたりの饅頭やクッキーが並ぶ土産店くらいしかない。出張帰りの千夏は浮腫んだ脚をぶらぶらさせながら、空港の窓から暮れかかる空を眺めていた。晩秋の午後五時はもう薄暗く、夜が近かった。
気を紛らわそうにも思い出されるのは先ほどの取引先との拙いやりとりばかりで、その場ではっきり判るほどに商談は失敗に終わった。準備に準備をかさねてきた千夏のプレゼンテーションの後、苦笑にも似た困惑の表情を浮かべ、また機会がありましたら、と先方の人のよさそうな小太りの男性は言った。
数時間前の出来事を振りきるように首を軽く振った千夏の視界に入ってきたのは色褪せたカプセルトイの自販機である。千夏の育った地域ではたしかガチャガチャと呼んでいて、近所のチョコレートがけのねじりパンが人気のベーカリーの前に置かれていた。当時の二百円は駄菓子世代の子どもにとってはなかなかの賭けで、サンリオの蛙のキャラクターのバッジが欲しくてさんざん迷ったあげく諦めたことを思い出す。
やってみようかな。
値段は、千夏がいつも出勤前に立ち寄るカフェの、まずまず美味しい珈琲ちょうど一杯分である。
わくわくしながら手ごたえのあるレバーをまわすと、独特の乾いた音をたてて透明な球形が滑り落ちる。
あ、来る。いやな予感がした。
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