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 陸上インターハイ、地区大会。地方予選では俺を含むほぼ全部員が、そして県大会では五人が脱落し、走幅跳の瑞希だけが、この大会に挑んだ。  俺は応援のために母の車で大会の会場に向かった。瑞希のことをかわいがっていた前部長も、応援に駆けつけてくれた。五月の終わりの、抜けるような青空の日だった。  さすがに全国の壁は厚い。瑞希は残念ながら決勝に出ることなく敗退した。それでも県大会を突破した時点で、この僻地の高校では全国大会に出た英雄と同じくらいにはもてはやされた。決着がついたあと、俺たちは瑞希の健闘を讃えて彼女を囲んだ。『校舎の垂れ幕、片付けなきゃ、』と瑞希は笑っていた。  それから顧問からねぎらいの言葉があったあと、自由解散となった。  解散、とはいっても、部員たちはほんの少し散らばった程度で、みなその場で各々雑談を楽しんでいる。  俺はなんとなく、ひとりで少し離れた自販機の方に向かった。向かう途中で大治と合流する。公式戦の応援なのでふたりとも学生服を着ていたが、この日差しに黒い長ズボンはどう考えても暑かった。大治のこめかみを伝う汗の一筋に、爽やかな色気が宿っている。 「白川、頑張ってたね」  屈託のない笑顔を浮かべながら、先に大治が冷たい飲み物を買った。続けてスポーツドリンクを買う俺の後ろから、彼は「四谷も来てる」と言った。 「四組の?」  さも他人のふうを装って答える。ほらあそこ、と言って、大治がグランドの向こう側を指差した。俺には点のようにしか見えないが、言われてみれば瑞希と炉火に見えなくもない。 「よく見えるな。」 「僕、目がいいからねー。それよりさ、春岡。先週の金曜日、お前、ブルーフィルムにいなかった?」  途端、飲みかけのスポーツドリンクが変なところに入る。むせる俺を見て大治が声を上げて笑った。 「……なんで……」 「あ、やっぱり見間違いじゃなかったんだ。よかった。塾があのへんでさ。あれ春岡じゃん、って思って、びっくりしちゃった。僕、あの店ずっと気になってたんだよ。どうだった?」 「どうって、」 「どんな人がいた?どんなふうに楽しんだ?行ってよかったと思った?」  そう言うと、大治はにやりとした。彼にしては珍しく、含みのある笑顔だった。背筋に冷たいものが走った。 「それとも、後悔してる?」  彼はベンチに座ると、俺に隣を勧めた。  虚をつかれた気分で、俺は少しだけ離れて座った。
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