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 俺が四谷(よつや)炉火(ろか)の絵に初めて火をつけたのは、今日みたいな冬の終わりの日だった。  十四歳の冬に他の思い出はない。  あの日俺は学校の裏山に炉火を見出した。  古い給水塔の足元だった。山を覆う夕闇が、木々にも足元にも深い藍色の影を落としていた。  俺がそこに到着したとき、炉火は学生服を着たまま頭上に何かを掲げ、それを真下に振り下ろしたところだった。ガシャン、という、ガラスの割れるような音が、あたりに響き渡った。  空気は冴え冴えとして、切るように冷たかった。炉火はすぐに俺に気づき、ゆっくりと顔を上げた。彼の顔は怒りに満ちていた。その薄い唇で、恨めしそうに呟く。 「……なんだ、」  彼が壊していたのは、美術の授業で作成した焼成粘土の作品だった。その年は、〈自分の手〉をテーマに学年中の生徒が一人一つずつ作品を作っていた。 「別に人の作品じゃない。自分のを壊しているだけだ、文句あるか」  そいつが同級生の四谷炉火であることはすぐにわかった。  彼はこの中学ではちょっとした有名人だった。  父親の四谷大知が、この学校出身の著名な画家なのだ。校長室と体育館、それに一階の廊下の一番目立つ場所に、その絵画は飾られていた。母の響子は京都出身のこれまた有名な陶芸家であり、年の離れた兄は美術で海外留学中らしい。  美術室の壁には今も、兄が在学中に残した自画像がかかっていて、授業でその教室を使うたびに目についた。俺はその絵よりも、絵の下にかかった古い名札――〈四谷いなさ〉と書かれたその名前をよく記憶していた。その弟が炉火だと聞いたときは、変な名前の兄弟がいるものだと思っていた。  その炉火が、他でもない自分の作品を壊している。  俺はそこに、まるで自傷行為のような後ろめたさを感じた。
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