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7.

 夏は過ぎ去る。いくつかの台風が本州をかすめて通り過ぎたが、始業式の日は嘘みたいに晴れた。  休み明けの校内は、どこもかしかも文化祭のムード一色だった。文化祭は九月の真ん中だ。多くの三年生は夏休みまでに部活を引退していて、この文化祭が終われば皆、受験だけに目を向けざるを得ない。文化祭は、その最後の目くらましだった。  俺は第一志望を家から通える国立大学に設定した。ずっとそのつもりではあったが、センター出願した今ですら、その選択で良かったのか自信がなかった。母の言うとおり、どこに行ってもいいはずだった。数多の大学からこの一校に決めた理由は、「そこに行ったほうがいいと思うから」という漠然としたものだった。  あれから炉火には会っていない。瑞希とのこともわからない。少なくとも瑞希は、そのことに関しては何も言わなかった。  文化祭の日はすぐ訪れた。俺のクラスの出し物は〈たません屋〉だった。なんとか店番役を免れた俺は、朝から陸上部の同級生何人かと連れ立って、適当に他のクラスの出し物を見て回った。瑞希も一緒だった。  九月とはいえうだるような暑さだ。流れる汗を拭きながら、校内外をうろつく。 「これで文化祭も最後だな、」  廊下を歩きながら、隣りにいた瑞希に何気なく言うと、彼女は不安げに「そうだね、」と答えた。丁寧に結い上げたポニーテールが揺れる。 「どうした、」 「……ううん。あいつの……」  瑞希は、前をいく部員たちとの距離が少しだけあることを確認すると、声をひそめた。 「炉火のこと、考えてた。……拓海、なにか聞いてる。」 「何か、って」 「あたしのこと。ねぇ、自分でもしらなかったの。誰かをこんなに傷つけるなんて、あたしに限ってないと思ってた。誰も傷つけずに、ずっとやってけると思ってた。」  泣き出しそうなその顔は、〈四谷炉火に告られた〉と俺に告げたときと似ていた。だが、あの時よりももっと深い戸惑いが、絶望にも近い戸惑いが、彼女にはあった。 「最低だって思う?」  その問は、俺ではなく彼女自身に向けられているように思った。俺が答えずにいると、瑞希は諦めたような顔で笑い直す。 「ごめん。なんでもない、」  誤魔化すように駆けていく彼女の姿が、浮かれた祭りの空気の中に溶け込んでいった。
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