7.

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 部屋の中は煙で真っ白になっていた。その中心で、炉火の作品が燃えている。  炉火は火の前で、ただ立っていた。揺らめく炎を見つめながら、ただ一人、立ち尽くしていた。  窓から吹く風に、炎が震え、荒れていく。小さな火種はみるみるうちに作品を多い尽くす炎となる。その強い光に照らされながら、彼は入り口に立つ俺を見た。  その目に宿るのは、憎しみ、怒り、そして〈助けてくれ〉という声にならない叫び。  出会った日からずっと、彼は助けを求めていた。俺は救いになっただろうか。火をつけることで、彼の救いになれたのだろうか。絵を燃やし、唇を許し、体を寄せあっても、すんでのところでいつも、助け損ねていたのではないか。  この炎は救いではない。  彼に向かって走り、その手を取る。炉火はその場を動こうとしない。手を強引に引く。途端、背の高さまであった作品は崩れ落ち、俺たちを床に叩きつけた。炎は俺を焼かず、炉火の左腕を焼いた。彼のうめき声がきこえる。熱気に全身から火が吹き出そうだ。炉火にふりかかった火をはらって抱きかかえ、ひきずって歩く。あたりはたちこめた煙のせいでほとんど何も見えない。  這い出た廊下の向こうで、生徒たちのあげる悲鳴を聞いた。かけつけた先生が、俺の名前を呼ぶ。自分の腕に抱えた炉火はひどく顔を歪めていた。 「もういい、」  気づくと俺はそう言っていた。 「もう苦しまなくていい。」  俺の言葉が炉火に届いたのかはわからない。彼はもう気を失っていた。俺はさっきの炎の眩しさが目に焼き付いて、ほとんど目が見えない。遠くからサイレンが聞こえ、物々しい雰囲気だけが俺に届く。  わけもわからないまま病院へ運ばれ、手当を受け、警察らしい男に話を聞かれる。それから泣きじゃくる母とともに家に帰った。学校に戻ったのはその次の週だった。炉火の姿はなかった。  彼との連絡は、その日を境に途絶えた。
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