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 バリン、バリンと音を立てて、炉火の作品は粉々になっていく。彼は執拗に作品を踏みつけていた。俺は足元に飛んでくる破片を避けながら、給水塔のフェンスにもたれて煙草を咥えた。  俺がここに来たのはこの一本のためだった。炉火は俺の方をちらりと見た。  甘い紫煙がたちのぼる。前の月に他界した祖母の、形見とも呼べる煙草だった。彼女はいつもカートンでキャスターを買い込んで、それを部屋の本棚に押し込んでいた。  俺は彼女の死の混乱に乗じて、こっそりその在庫を盗んだ。といっても、それはとても容易い行為だった。祖父はすでになく、父はずっと昔に離婚して顔もわからない。唯一の監視の目である母は葬儀の手配に奔走していたので、人の目を盗むのに苦はなかった。  これを、何か気に入らないことがあった日に吸うようにしていた。その日はクラスで一番目立つ集団が、教室の隅で「星座とか、ダッセェ」と言っていたのを聞いたばかりだった。理科の授業で習った冬の星座のことだ。その頃の俺は、それが自分に向けて言われたことでなくても、自分が好きだと思うことを侮辱されるとひどく腹がたった。  それを正面から「気に食わない」と言えない自分にも。  まもなく吸い終えるというとき、炉火は「こっちに来い」と言った。俺は少し身構えた。彼が何をするつもりなのかわからない。喧嘩が強そうには見えなかった。 「気に入らないんだ、」  どうやら彼も似た苛立ちを抱えているらしい。炉火はフェンスに立てかけてあるカバンを漁り、スケッチブックを一冊取り出した。それからおもむろに、そのページを一枚破り取る。  暗くて何が描かれているのかよくわからない。だが、俺はそれを見て、美しい、と思った。  彼はその美しい絵を半分に裂き、またもう半分に千切った。それから指でつまみ上げ、「火をつけろ」と冷たく言った。  俺が躊躇していると、舌打ちをして、もう一度同じことを言う。俺は戸惑いながら彼に歩み寄り、その紙の端に、ライターの火をそっとかざした。
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