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 大学を出たあとは、地元の広告代理店に就職した。専門だった理学とは全くの畑違いだが、そこしか内定をくれなかったので仕方がない。  一年営業をやったあと、理数に強いから、という謎の理由で、急にマーケティングに異動になった。収入は比較的安定していたので、その金で自立をした。一人暮らしとなった母も、その半年後に長年住んでいた暮明市のアパートを引き払って、もっと便利な場所に越した。それ以来、あの町には寄り付いていない。  日々は飛ぶように過ぎ去る。気づけばあの文化祭から六年の歳月が流れ、俺は二十四歳になっていた。  空に秋の気配が現れ始めた日の夕刻、オフィスに営業部の吹上(ふきあげ)が意気揚々と帰ってきた。 「ただいまーっす!」  大したパーテーションもないフロアに、吹上の明るい声は奥の奥までよく届いた。それまでフロアにあった事務的な空気が、一気に和やかになる。だが、 「良い案件っす!」  その声を聞いたほぼ全員、部署をまたいで彼の方を見た。いささか緊張した面持ちである。何と言っても、彼がと言って持って帰ってくるとき、四つに一つくらいは爆弾案件が含まれているのだ。特にクリエイティブの疑念の目は強い。彼に夜通し働かされたことは一度や二度ではない。  吹上はしばらく営業部の上長と話をしていた。上長の顔面はすぐに朗らかになった。その翌日に会議室に呼ばれた俺は、吹上が何の案件を持ってきたかをそこで知ることになった。
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