戦乱の聖王 悲願の天獣3

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「戦乱の聖王 悲願の天獣」  第3話 「戦場の傷跡」  シャンルメの誕生日は、夏の7月の終わりである。  その日は8月の、蝉の鳴く暑い日だった。  凱旋式とシャンルメの誕生日の祝いを兼ねて、イナオーバリとギンミノウ両国の、狭間とも言うべき場所。領地としてはギンミノウの地である場所で、人々は一堂に集まった。  白と赤の、まるで神に仕える者の着るような着物を、ショークはシャンルメに贈った。  目を輝かせて喜び、シャンルメはその着物を着て、彼の前で舞を舞った。  聖なる舞と思える程に、その姿は美しかった。  酒を?みながら、ショークはその姿をジッと見入る。見入っていると言うよりは、見惚れているんだろう、とシオジョウは思っていた。  いつも以上に、父は酒が進んでいる。  そう、贅沢と言う物に全く興味の無い父だが、酒だけは良く呑む。勿論、忙しい日々に酒を呑む時間などなかなか持てる物では無いし、高級な酒を好むと言う事も無いのだが、それでも酒は強い。  それも全く酔わずにいくらでも呑める。少し陽気になったり、愚痴を言いだしたりする。  今日の酒は、陽気になる酒のようだった。  舞を見入る父に、背後からシオジョウは声をかけた。 「父上。大切なお話がございます」  シャンルメから目を逸らしたくないのだろう。前方を見たまま、酒から手を離さず 「なんだ」  と言った。 「後で、2人で話をさせていただけたらと思います」 「分かった」  と答えたところで、シャンルメは舞を舞い終わり、深々とショークに向かい頭をさげた。  ふわり、と着物が風に揺れる。  シャンルメは本当に美しい女性だと、シオジョウも思う。初めて会った時の天女の舞を思い出していた。  その時よりも恋をしている今の方が、さらに美しくなったような、そんな気がした。  人々は歓声をあげてシャンルメの舞を褒めたたえ、ショークも歓声をあげて手を叩きながら、シャンルメの元へと向かっていった。  着物だけとは言わぬ。なんでも欲しい物をやる。  と言っていただけあって、彼からの贈り物は、その赤と白の着物だけでは無かった。  都から取り寄せた、甘味があった。  それを見た時の、シャンルメのはしゃぎようにはシオジョウは驚いた。 「嬉しい!」  と笑顔を見せて大喜びし、それがどれだけ可愛くて美味しいのか、シオジョウにも熱く語った。  可愛いのは見れば分かるし、そんなに甘い物が好きでは無いシオジョウには、そこまで喜ぶシャンルメの気持ちが分からなかったが……この人は本当に本当は、こんな、普通の女性でもあるのだなあ、とそんな風に思った。3つの甘味を口にして、目を輝かせて喜び、父に何度も何度も礼を言っていた。  この父は、首都の富豪を妻に持つから、こんな物を取り寄せるのは簡単だろう。下手したら、その妻が費用を払っているのかも知れない。  それなのにこんなに喜ばれて、さぞや気分が良いだろうなあ、と半ば呆れるような思いで、酒を呑んで上機嫌になっている父を見ていた。  トヨウキツが 「そんなにシャンルメ様が、甘い物がお好きだとは知らなかった。今度からお屋敷に来る時には、必ずご用意します」  と笑って言った。  そんなに頻繁に食べなくっていい。これは特別な物だと思っているから。  そんな風にシャンルメは言っていた。  改めて場を用意してもらい、2人になったシオジョウは、まず父に深く頭を下げ 「父上に、大切なお願いがございます」  と言った。 「うむ。なんだ」 「シャンルメ様はお若い。幼いとも言って良い方です。父上のお気持ちをお伝えするのは、シャンルメ様が16になるまで待って欲しい」  そう言われショーコーハバリは、その目を大きく見開いた。そして 「何故、俺の想いが分かる……」  と言った。 「分からない訳ありません。見れば分かります。父上は母上をお育てになり、母上が嫁ぐまで手をお出しにならなかったと聞いています。母上が待てた父上ですもの。当然、シャンルメ様も待てますよね」 「いや……それは……確かにそうだが……」 「16は母上が父上に嫁がれた歳。そして、わたしがシャンルメ様に嫁いだ歳でもあります。ちょうど良い区切りでしょう。あと、たった1年ですよ」  そもそも、シオジョウの母オオミは14で嫁ぐ予定であったが、他国との抗争により、16に伸びた。  無論その抗争には、父ショーコーハバリも軍をあげ手を貸している。母の祖国が未だ健在なのは、父のおかげと言えた。  母の嫁入りが遅くなっていて、本当に良かったとシオジョウは思っていた。  正直1年などと言わぬ。一生待っていろと言いたいくらいなのであるが、それは難しいだろう。  正直、忌々しい思いがこの父にはある。 「そうか……うむ……そうか……」  そう言いながら、ショークも思う。  そう言えば妻のマーセリを初めて抱いたのも、自分が16の時だった、と。 「しかし俺は……この想いを告げて、その想いに答えてもらえるだろうか……」  いつになく自信の無い父の言葉に 「大丈夫です。わたしはシャンルメ様に、父上に恋をしてしまったと、打ち明けられています」  とシオジョウは返した。 「まことか!」  と大きな声を出したショークは 「そうか……そうか……シャンルメが、そうか……」  と頭をかきながら、まるで照れているようなそぶりをした。 「俺の事を想ってくれている筈だ。そうは思っても、なかなか確信が持てんかった。そうか……そうか……」 嬉しそうに目を輝かせながら喜ぶ父を見て、全く、初めて恋を知った少年じゃあるまいし。とシオジョウは思った。  この男には多分、どこか純粋なところがある。  そこに、母やシャンルメも惹かれているのだろう。  シオジョウは、そんな風に思っていた。  シャンルメの誕生日を兼ねた凱旋式は、招待された者の数は、そこまで多くなかった。民達や兵達が参加を出来るような物では、無かったのである。  シャンルメには、部下や民達にも楽しんでもらおうと言う心づもりがあったのだが、あのにっくき男が、そこまでの規模にはしないと言ったらしい。  真に腹の立つ、にっくき男である。  だから、凱旋式にはカツンロクは参加したが、トーキャネは参加出来なかった。  そこで、どんな様子だったのかカツンロクに聞いた。すると、赤と白の着物を着て舞うシャンルメがどれだけ美しかったかと言う話と、シャンルメが都から取り寄せた甘味を贈られて、凄く喜んでいて、まるで普通の娘のようだった。と言う話を聞かされた。  見たかった。その、美しい舞を披露するお館様を。  トーキャネは、心の底からそう思った。  そして、甘味に喜ぶ姿は自分も都で見た。  本当に可愛らしく愛らしく、喜んでいらっしゃった。  おれもいつかは、お館様に贈り物が出来るだけの男になりたい。トーキャネはそう思うのであった。  すると、そのシャンルメから、話があると呼ばれた。  急ぎ向かうと 「実は、キョス城の建築が済んだ。だから、わたしはキョス城にこれからは移り住むようになる。ナコの城は重鎮である、カツンロクが守る事になる」  そうシャンルメは言い 「カツンロクはお前を気に入っていて、武将として育てたいと言っている。だから、ナコの城に残して欲しいと言うんだ」  そう言われ、トーキャネは言葉を失った。やがて 「どんな処に配属されようとも、お館様のために身を粉にして働く。それがお役目なのは分かっています。でも……おれは……」  そう言い、ぽつんと涙を流し、その涙をぬぐわずに言葉を続けた。 「お館様のお傍にいて、お館様をお守りする事はおれの生きがいなのです。お館様のお傍にいれると言うのなら、他に何も望まぬほどです。おれは……おれは……共に、キョス城に移りたい……」  トーキャネは気が付いたら、ボロボロ涙を流していた。その姿を見たシャンルメは 「そうか……」  と言った。 「実はわたしもね、お前は傍に置いておきたいと思っていたんだ。でも、そんな事を言ったら我儘なのかなと思って。まずは、お前の意見を聞こうと思った」  顔を上げたトーキャネに 「カツンロクには悪いけれど、お前はキョス城に連れて行くと言うよ。秘密を知る者が守ってくれるのが、やはり都合が良いからだと伝えておく。きっとカツンロクなら分かってくれるだろう」 「は……はい……!よ……良かった……!」  ぐいぐいと涙をぬぐいながら 「これからも、命に代えてお館様をお守りします!」  そう、力強くトーキャネは言った。  ちなみに、キョス城の建築を何としても進めたのは、国の中央に守るべき拠点を作り、そこを治めると言うためだけでは無い。  城と言う物は間違っても、城主と部下達だけの物では無く、「領民のための物」なのである。  城下町と言う。城の聳える、町。  この城の聳える町で暮らす者達が、経済を発展させ、国を豊かにする。多くの人々を城下町に住まわせ、この町を発展させる。特にシャンルメは自分に仕える者は必ず、この城下町に住まわせていた。  つまり、トーキャネもまた、キョス城に拠点を移すに当たり、新たな屋敷に移ったのである。以前の屋敷よりも規模を大きくしたため、トーキャネの母がとても驚き、お前は活躍しているんだねえ。本当に頑張っているんだなあ。などと言って喜んでいた。とシャンルメは聞かされた。  そして……城と言う物はようするに、住民達にとっては「避難場所」なのである。  戦が起こった時、人々は城の中に避難をする。  城下町に住む者に限った訳では無い。むしろ、城下町に住む者達は、城に入らずとも、町により守られている。むろん、望めば彼らも城に入れるが、それ以上に城に避難をしなければならないのは、近隣付近の、村々の住民達であった。  城に籠れぬ、遠い場所に村がある者達のためには、「山城」と呼ばれる小さな城を、幾つも立てていた。この「山城」だけでは、世界各国での乱取りからの被害を、完全には防ぎきれぬと言う、悲しい現実ではあるが……シャンルメは万が一、国が戦場になった時、人々が乱取り遭い苦しまぬようにと、イナオーバリの「山城」の数は、他国と比べようの無い程に作った。  そして、戦だけでは無い。自然災害が起こったり、大きな飢饉が起こったりした時にも、領民達は城に籠るのである。その時にも城は避難場所になる。  だから城と言う物は、災害などに負けぬ、頑丈で立派な物を建てておかなければならない。  領民達のために、避難場所として頑丈で多くの民を収容できる、城が欲しかったのである。  ナコの城はカツンロクに守らせ、そして、スエヒ城は大抜擢であるが、ジュウギョクに守らせた。  あの、ショーコーハバリがじきじきに、シャンルメを守るように連れて来たジュウギョクが、城を守ると言う事を部下達も納得してくれるであろう、とシャンルメは思ったからだ。  そうして、お前も分かっていると思うが、城と言う物は、けっして城主のための物では無い。領民のための物なのだ。領民達のためにこの城を守って欲しい。そう言われて、ジュウギョクは納得した。  贅沢を好まぬ男で、質素な家に暮らしていたらしいが、いきなり住処が巨大な城に移っても、戸惑わずに暮らしてくれている。  彼は妻を持たない男であった。じき18になるから、縁談話が無い訳では無いのだが 「縁を大切にしたい。キッカケがあるまで待つ」  などと言っている。  ジュウギョクには実は密かに想いを寄せて、自分が妻になれぬものかと、夢想する娘達がいるのだと聞いた。罪作りな男だな、とシャンルメは思う。  そう言うシャンルメも、その美貌から、騒ぐ娘達がいるのだと聞く。あんなに可愛い美少年はいない等と言われているらしい。だが、女である自分にはその想いに応えようが無い。2人の奥方がシャンルメにぞっこんで、そしてシャンルメ本人も、2人の奥方にぞっこんらしい。傍女になるなど不可能だろう。  そのように言われていた。  キョス城に住まいを移した後、共にキョス城に移ったトーキャネにシャンルメは相談をした。  ショークはとても強い。  先日の戦では、ほとんど技らしい技を使わず、簡単な方法で敵を破ったと言っていた。それでも、とても強かった。わたしは足元にも及ばない。だから、このままでは、わたしが彼の足を引っ張ってしまう。  新たな技を編み出したい。  そう、シャンルメは言った。  一緒に鍛錬して欲しい。  そんな風に言われ、トーキャネは、あの男のためだと言うのは少し気にくわないが、お館様と一緒に鍛錬が出来るだなんて、と喜んだ。  そして、おれももっともっと強くなって、お館様をお守りしなければと思った。 「新たな技は、どのような物にしますか」  そう聞かれたシャンルメは 「飛び道具を使おうと思う」  と言った。 「ショークはあまり技を使う時に、道具を使わないらしいんだ。それだけ、彼の闇の力が強いからだよね。でも、わたしはそこまでの強い力を持っていない。その弱い力を補えるように、新たな武器のような物を得ておこうと思う」  そう言いながら頭を捻り、様々な物を用い、武器を作る、トヨウキツから紹介された男にも相談をし、シャンルメは新たな技を編み出していった。  新たな技を物に出来た頃、14になったサンガイチの若君ミカライが、シャンルメを訪ねて来た。  尋ねたいと言う内容の短い文を貰い、構わぬと返事をした。国交が無い訳では無いので、幾度か文のやり取りはしてある。だが、顔を見たのは、その日が初めてであった。  ショーク程大きい訳では勿論無い。あの男程の長身の男には、今後も誰にも会わぬと思う。  でも、その若君は、14とは思えないような長身で、そうして、横にも大きかった。ようするにガタイが良くて、少し太っているのだ。  そして、目鼻立ちがとてもハッキリしている顔立ちで、その目は大きく、その鼻も大きかった。恰幅の良い、顔立ちのハッキリした若者なのである。 「お願いの義がございます!」  とミカライはシャンルメに頭を下げた。 「いや……お聞きしたい事があるのです!」 「うん。なんだろうか」  とシャンルメは尋ねる。 「何故、戦で勝利を収めたにも関わらず、サンガイチとシズルガーは、未だに、イナオーバリの領土にならぬのです」  そう聞いてきたミカライに 「わたしはサンガイチに、シズルガーと共に兵を挙げないで欲しいと文を出した。それを守ってくれるなら、サンガイチを同盟国として残すと言った」 「はい。聞いております。しかし俺は正直、シズルガーとの共闘の戦いを、初陣にしようと思っていたのです。本当なら、貴方と戦うつもりだった。それなのに、周りの大人達に止められ、戦えなかったからと言って、同盟国として残してもらうなどと言うのは、むしろ屈辱です」 「屈辱……いや……そんな風に思わずともいいだろう」 「勝者に、強き者に従うと言うのが、この戦乱の世。違いませんか」  と、ミカライは顔を上げて、その大きな目を爛々と光らせた。 「しかし、どうやら貴方はイナオーバリの地を治めるだけで、大変な思いをしていらっしゃるようだ。我が国が手つかずなのもそのためでしょう。俺と同じだ。父親を失い、その上、兄弟がいない。貴方の肩には、イナオーバリの国と民がのしかかっている。そのため、サンガイチとシズルガーが、手つかずになっている。それを責めたらお可哀相だ。ならばこの俺が、貴方の家臣となり、貴方に協力します。それならばサンガイチとシズルガーを領土に出来るのでは無いか。俺はそう思い、貴方の元を訪ねたのです。しかし……」  14歳の巨体の若君は立ち上がり 「俺にも祖国への愛と武将としての誇りがあります。自分よりも弱き者に従う気はない。いくら貴方がシズルガーのヤツカミモト様を倒したとは言え、それは、ヤツカミモト様との戦いでの話。俺が貴方に負けた訳では無い。13歳は子供だ。そう言われ、俺は戦場の地すらも踏めなかった。だが俺は今日、貴方の初陣と同じ、14になったのだ!イナオーバリのカズサヌテラス様!俺と戦ってくれ!俺が貴方に負けた暁には、貴方の家臣となり、そうして、サンガイチとシズルガーを貴方が治めるための、出来る限りの協力をさせていただく!だが、万が一俺が勝った時には、サンガイチが軍を挙げ、貴方と戦う!イナオーバリとサンガイチとの戦いだ!」 「もしもイナオーバリと戦う事になれば、ギンミノウのショーコーハバリも黙ってはいない」  そう言ったシャンルメの言葉に 「ああ!」  と、ミカライは言った。 「そうだ!その方もいた!その方も、戦わねばならぬ相手だ。いや……だが、だが、ここは1つ……」 「わたしと貴方の一騎打ち、と言う事で戦おうか。良いだろう。どのような勝負にするか?相手を殺したり、己が死してしまうような勝負は、戦では無い限りわたしはしたくない」  ミカライは大きな目を見開き、 「俺の望みを聞き入れてくれるのか!」  と言った。 「ありがたい!カズサヌテラス様!ならば、ここはやはり召喚で戦おう。そして、貴方のおっしゃるように、相手を殺さぬように戦わなければならない。俺も貴方のように幼いうちから、神の力が召喚できた。12からだ。だからこそ戦場に行きたかった。止められた時は、本当に悔しかったのだ」 「よし、分かった。戦おう。真剣勝負だ」  平原での一騎打ちをする事となった。  一騎打ちとは言っても、馬には乗っていない。  平原で戦いたい。そうミカライは言った。  ミカライは自分の召喚する物は、爆破の神だと言う話をシャンルメにした。  その爆破に、刀や石などを用いるようだ。  貴方は風だと言う事を知っている。  お互いに知らなければ、公正じゃない。  そのようにミカライは言った。  ミカライは刀を振るう。すると、振るった先の空気が赤く爆破して行く。なるほど、これが爆破の神か。そう思い、シャンルメは素早くそれを避けた。避けながら、避けきれぬ爆風は、風で押し返す。 「むう。埒があかぬ。仕方がない」  そう言いながらミカライは、足元の石に剣先を鋭く刺した。みるみる石が赤くなっていく。 「爆破の神!爆薬変化!」  ミカライはそう叫び、真っ赤になったその石を投げつけて来た。  地面に落ちる瞬間に爆発する。  シャンルメは風で押し返すものの、石の欠片が体に当たり、体に痛みが走った。  少し火傷をしたな、と思った。  ミカライは、審判のような存在を買って出ていたトーキャネに 「そこのご老人!巻き沿いになりたくなければ、もっと離れていろ!」  と言った。  トーキャネは、禿げている上に顔に皺が多いので、老人に間違えられる事も良くある。 「ろ、老人では無いわ!貴方とそう変わらんぞ!」  そう大きな声でトーキャネは言った。 「それはすまぬ」  などとミカライは言う。  シャンルメにも 「トーキャネ、ミカライの言う通りだ。近いと危険だ。少し離れていろ」  と言われ、トーキャネはしぶしぶ離れた。  ミカライは、今度は岩に剣先を鋭く刺す。  少しずつそれは赤くなっていった。  再び、言霊を叫ぶ。  シャンルメは危険を悟り、ミカライに背を向けて逃げた。真っ赤になった岩が、背後で大きな爆発をする。地面が揺れる程の爆発だった。  逃げていて正解だ。あれをくらったら死にかねない。  相手を殺さぬように、と言う条件の筈。  おそらくは、わたしが逃げる事を分かっているのだろう。シャンルメはそう思った。  シャンルメは懐から、鳥の羽のような物を出した。  鳥と言うより、どちらかと言うと翼竜だ。  いや、ブーメランなどと呼んだ方が伝わるだろう。  取り出した時は小さかったそれが、シャンルメの手の中で風を受け、空気により、それは大きな翼の刃へと変わった。  それを、その軽さから宙に浮かした。 「ミカライ、今からお前の首の皮を切る」  シャンルメは上空から、その翼の刃を上空に浮かせ、勢いを任せて急降下させた。  ミカライはそれを討ち破ろうと、頭上に向けて真っ赤になった石を放つ。  爆破を、頭上に向ける事は難しい。  自分が起こした爆破により、ミカライは火傷を負った。  石の爆破を受けて、翼の刃は再び上空へとふわりと舞い上がった。 「風の神!翼の刃!」  シャンルメはそう叫び、ミカライが石に剣先を突き刺すのと同時に、再び、軽い翼の刃を急降下させた。  勢いに任せたその鳥の刃は、ミカライの首に届き、軽く小さな刀傷を作った。 ミカライの首から、血が一筋流れる。 「石を爆破させてから、次の石を熱するまでのわずかな時間、そこをついた」 「分かっている。貴方がその気なら、俺は今、首を切り落とされていただろう」  刀を収めて、ミカライは膝を付く。 「俺の負けだ。貴方を主と認めよう」  シャンルメは、その言葉に微笑んだ。  新たな技を編み出していて良かった。  以前なら、この若者に勝利する事は出来なかっただろう。シャンルメはそう思った。 「貴方は確かに強かった。ヤツカミモト様が倒せた筈だ。悔しい思いもあるが、国と民を戦に巻き込まずにすんだのだ。俺は、貴方の家臣となる」 「ミカライ殿、貴方もとてもお強かった」  そうシャンルメは微笑んだ。 「でも……わたしを倒していたら、きっとギンミノウのショーコーハバリが来ていたぞ。あの男には絶対に、貴方は勝てなかったと思う」 「そんなに強い方なのか。手合わせを願いたいような、怖いような……ギンミノウとイナオーバリの共闘は、他に例を見ないようなものだと聞く。完全に同盟国であり、どちらが上など言う事も無い。そう聞いている。だが……正直に言って、ショーコーハバリ様と貴方と、どちらの方が、本当は上だと思われるか?」 「もちろんショークだ。わたしはあの男について行くだけだ」  そうシャンルメは微笑んだ。その微笑みに 「そんなににこやかに微笑まれては、俺には理解が出来ませんぞ。同盟者とは言え、他国に負けているのは悔しくはありませんか?」 「貴方はわたしに負けて、悔しかったのか?」  と聞いたシャンルメに 「そりゃあもう!」  とミカライは答えた。 「子供だから相手に出来ぬと言われぬために、14になるまで貴方に会うのを我慢して来た。そうして、絶対に勝ってやろうと思い、修行に修行を積んだのです。そうしたら負けた。悔しいに決まっている!」  キッと顔を上げ 「しかし、強き者に従うのが男と言うもの。この戦乱の世に生きる、武家に生まれた男と言うもの。これからは貴方様に従いまする!」  と言った後、ミカライは 「ああ!なるほど!ショーコーハバリ様との戦いに、貴方は負けたのですね!」  と尋ねて来た。 「いや。戦った事は無いよ。戦わずして負けた。しいて言うならば、わたしはあの男に惚れたんだ」  そう微笑んだシャンルメに対して 「おおう!男が男に惚れる、と言う事ですな!」  とミカライは言った。  そう言う事にしておこう、とシャンルメは思った。  ミョーシノが亡くなった。病であった。  具合を悪くして寝たきりになってから、ショークは頻繁に彼女の元に顔を出した。  勿論、自らが調合した薬を手にして、来れる日には必ず顔を出した。  こんなに来てくださるなんて、具合を悪くして良かったと思ってしまう。と、彼女は口にした。  忙しい日々のため仕方がないとは言え、そんな風に思わせてしまった事を、ショークは悔やんだ。  ある日顔を出すと、彼女は息絶えていた。  ショークは、彼女が勇気を出してしたためてくれた文、欲しいと言われた時の嬉しさから号泣した顔、戦場を共にし、それからは良き話し相手になってくれた事、いつ会いに来た時も目を輝かせて、自分を心から慕ってくれていた事……  様々な事を思い出し、冷たくなった彼女から離れなかった。彼女の冷たい頬に手を当て、互いに額を当てて、涙を流していた。  この父も泣くのだ。とタカリュウは意外に思った。何もかも計算ずくで、涙のような物は無い人なのかと思っていた。  尊敬はしているが、人では無いかのような恐ろしさのある父だと思っていた。  でも、母の前では、ただの男だったのだ。  そうしてただの男として、この母を愛しぬいたのだろう、と思う。 「父上」  話しかけた息子に、涙もぬぐわぬまま 「なんだ」  とショークは振り返った。 「母上の遺言は、出来ればわたしを跡目にして欲しい。それだけでした」  タカリュウは笑う。 「わたしを跡目に。それも出来れば。それだけですよ。母上らしい遺言です。母上は父上のお傍にいる事。それ以外の事は何も望まぬ方でした。わたしはこの母と、そして、この父との子に産まれた事に誇りを持っています。もしも、父上がわたしを跡目にと考えてくださるのならば、カズサヌテラスと共に父上が覇権を目指して戦う中、わたしがこのギンミノウの地を守りましょう」 「ああ……お前は……シャンルメ……いや、カズサヌテラスに嫉妬をしていたなどと聞いていたが。近頃はそのような事も、全く無くなったと聞くな」 「当たり前です。女性に嫉妬をしてどうしますか」  その言葉にショークは目を見開き 「なんだと……!」  と言った。 「誰に聞いた!シオジョウか!」 「見れば分かります。一目見て、カズサヌテラスはおなごで、父上と愛し合っているのだと分かりました」 「そんな筈は無かろう!お前は神との契約も出来てはおらぬでは無いか!そんな真実を見抜く目があるのならば、神との契約が出来ぬ筈が無い……!」 「それは、わたしも不思議なのですが……とにかくその事は、不思議と自然に気付けたのです。シオジョウは最初は否定していましたが、わたしが強く言った事で、この事は他言無用と折れました」  ううむと呟き、額に手を置いた後、ショークはハッと軽く笑った。 「いや。俺のこの想いは、もしや誰から見ても分かってしまう物なのかも知れん。シオジョウにも見れば分かると言われた。そして、シャンルメの秘密を知る者が、俺の跡目になってくれるとは、ありがたい話だ」  ジッと息子を見入るショーコーハバリは 「正直に言って、お前に……いや、お前以外の2人の息子も含めて、俺は自分の息子に期待をかけた事は無い。俺の志など、継げぬだろうと思っていた」  と言った。 「そのようにハッキリ言われると、さすがに応えますが……仕方が無い事だと思います。俺も、天獣を呼べなどと言われても、そんな事が出来るとは到底思えず、困るだけです。しかし、父上の覇道を見守る事は出来る。その留守を守る事は、俺にも出来ると思っています」  都で大きな動きがあった。  何と、時の将軍の暗殺計画が持ち上がったのである。  今の将軍ギトウテルは、将軍と言う身の上にも関わらず、武将としての武術を日々磨き、そうして舞を舞う事も出来る、武に優れた将軍であった。  いつ戦があっても、軍を率いられるようにする。  そのように言い、鍛錬を欠かさなかった。  その将軍の屋敷を守る者達が、何故か最近、手薄になって来た。明らかにそれが手薄になって来た事を感じ、将軍を守ると誓っているショーコーハバリに、都に来てくれないかと、そう手紙に記していた。  その時に耳に入った、将軍暗殺計画の噂だ。間違いない。将軍を保護するふりをしていた、ヨシチョウケイが、将軍を抹殺せんとしているのだ。  理由は分かる。  最近、将軍は傀儡である事に、大きな不満を抱くようになっていた。自分自身が国を動かし、政を行いたいと言うようになっていた。  軍を率いられるように努力を欠かさぬ将軍だ。ましてや、傀儡として扱われるなど、誇りが許さぬと思っても致し方ない。  そして、傀儡にならぬ将軍などいらぬと、10年戦争に勝利した一族……もとい、10年戦争のどさくさに紛れ、都で多大な権力を手にした一族である、ヨシチョウケイは思っているのだろう。  そうヨシチョウケイと言うこの男、ショークに負けぬ成り上がり者である。そもそも仕えていた一族が、10年戦争に参加をしたと言う、そのどさくさに紛れ、都を制圧してしまい、将軍を傀儡とする程の権力を手にしてしまったのである。  そうして、少し変わっている事には……この世界には、兄弟で覇権を争い、骨肉の争いを繰り広げる一族が多いのであるが、ヨシチョウケイの一族と言うのは、この兄弟がしかと手を結び、ヨシチョウケイの弟2人がヨシチョウケイを支え、3人が存在する事により、そこに絶大な権力を得ていたのである。  ヨシチョウケイは戦うべき、倒すべき相手だ。それは分かる。でも今の幕府を、将軍をどう思うか。  シャンルメはショークにそう尋ねた。  この戦乱の世を思えば、今の幕府にそれを建て直せるとは、わたしには思えない。新たな幕府が生まれるべきでは無いだろうか。そう、天獣の選んだ存在が、現れるべきだ。  そう言ったシャンルメに、俺もそう思う、とショークは答えた。そうして、俺がその存在になると誓って来た。とも言った。 「だが、滅びかけた存在でも、幕府と言うものがある限り、それを徹底的に利用しなければならぬ。俺は、都では将軍をお守りする事を誓っている。いずれは将軍とも戦う事になろうが、今は敵対すべきでは無く、守るべき存在だと思っている」  将軍をお守りせねばならぬ。救出に向かう。  だが、都には妻がいる。妻を人質になど取られてしまったら、将軍をお守りする事は叶わぬ。  妻を一時期、ナヤーマ城に連れて来たい。  だが、将軍暗殺は一刻を争う事態のようだ。  妻をナヤーマ城に、移してからでは間に合わぬ。  ショークはそう言って、頭を悩ませた。 「貴方の奥方様……その大切な女性を、わたしが守る。わたしが奥方様を救いに行くから、貴方は将軍を守りに行ってくれ」  そう、シャンルメは言った。 「ああ……あの屋敷には、俺以外の男は入れぬ。女のそなたが行ってくれるのは、真に助かる」  ショークはそう言い 「シャンルメ、頼んだ。行き方は神の声にて授ける」  と言い馬に乗り、都へとたった。  シャンルメもまた、都に向かったのである。  ここが、ショークの都のお屋敷なのか。  シャンルメはそう思い、その中に足を踏み入れた。  鍵のような物を渡されてはいたが、入り方は少し複雑で、屋敷をよくよく知っている者にしか、中に入れぬ作りになっていた。 「この屋敷の主である女性をお守りし、ショーコーハバリ殿の、ギンミノウのナヤーマ城にお連れするためにやって来た。通して欲しい」  そう言ったシャンルメに、屋敷の者達は驚いた。  屋敷の者達を見て、シャンルメも驚いた。  その屋敷には、女性しかいなかった。  どう言う事なのだろう。主が女性だとは言え。  そう言えば、あの屋敷には自分以外の男は入れない。そんな風にショークは言っていた。  何か事情があるのかも知れないが、それを気にしている時では無い。 「このお屋敷の、女主人に会わせて欲しい。頼む」  そこにいた、女中の1人にシャンルメは頭を下げた。 「はい。何があったかは分かりませんが、きっと旦那様がまた、何か新しい事を始められたのですね。奥様をお連れします」  そう言った。 「いや、こちらから出向くべきだろう。わたしをその女性の元に、案内して欲しい」  シャンルメは女中の導きで、屋敷の主の元へと歩き出した。  その屋敷の主は、とても美しい女性だった。  髪には白い物が混じり、灰色の印象の髪をしていて、顔にも微かに皺が刻まれていたが、朗らかな、とても上品な歳の取り方をしていた。若い頃は、さぞや美しい女性だったのだろう。  シャンルメは時の将軍の暗殺計画が起こり、ショークが将軍を助けに都に来た事。そして、そのために妻である貴方が巻き沿いにならぬように、今はひとまずギンミノウのナヤーマ城にお連れし、その身柄を保護したいと思っている事を、その女性に告げた。  きょとんとした表情でその話を聞いていた女性は、シャンルメに対し 「お嬢さん」  と優しく呼びかけた。  そして、驚く事に 「もしやと思うけれど、貴方は、旦那様を好いている人なのでは無いの?」  と聞いて来たのだ。  旦那様と言う言葉が、ショークを指しているのは分かった。その問いに 「す、すみません……」  と、シャンルメは赤くなって答えた。 「なんで謝るの。旦那様はいい男ですもの。好きになって当然だわ」  そう、マーセリは笑った。そして 「でも、感心しないわねえ。貴方みたいな、お孫さんみたいに歳の離れたお嬢さんに、手を出そうなんて」  と、小さくため息をついた。  そんな事を言い出したマーセリに 「い……いえ……わ、わたしが好きなだけで……」  と、戸惑いながらシャンルメは答えた。 「周りの女性達には、絶対にわたしの事を、ショークも好いている筈だと、言われるんですけど……」 「ショーク、なんてお呼びしているの。やっぱり親しい仲なのねえ」  マーセリは微笑み 「わたしを助けに来るのは、お嫌では無かったの?」  と聞いた。 「まさか。あの人の大切な女性です。必ずわたしが、貴方をお守りします。行きましょう」  そう、マーセリの手を握り、シャンルメは出立した。 そして、自らは赤毛の馬に乗り、マーセリの事は馬が引く、馬車とでも言うべき輿に乗せた。 「少し揺れますが、我慢してください。ギンミノウの、ナヤーマ城に向かいます」  そう微笑み、共に都を出立した。  シャンルメと旅をして以来の、都の地をショークは踏んだ。  目を瞑り、短き舞を舞う。  そして、刺客達のいる敵陣へと、将軍の住まう城へと乗り込んで行った。 分かっている。刺客は全員、恐らく護符を持っている。そして自分の使う手が、室内では使えないと思っているのだろう。  護符を持っている事で闇の刃からは致命傷を逃れ、相手を殺す切り札と言うべき技も、室内では使えないと思っている。そのため、ショーコーハバリが助けに来ようと、将軍暗殺はたやすいと思っているのだ。  実際に、城に乗り込んで来たショークを見ても、刀を持った刺客達は、恐れる事なくその刃を向けて突進して来た。護符を持っているので、技を使って来る事は相手にも出来ない。だが、剣術で決着を着けよう等と思っているのだろう。  なめてもらっては困る。  いや、剣術の勝負になったとしても、自分は絶対にやすやすとは負けぬ。  だが、それ以上に、護符を持っていようとも、この技からは逃れられぬ。  バッと床に手を置き、ショークは叫んだ。 「大地より導き、闇の波動!!」  すると、目の前にいる15人程の刺客達が、一斉に、まるで下から大きな黒い炎に焼かれるように、黒焦げになり、血を吹き出し、死した。 「ど……毒蛇の技は……土の上で無ければ、使えないんじゃ無かったのか……!」  遠くから叫び声をあげ、男達は後ずさった。 「いや、確かに威力は落ちている。室内にいると威力が落ちてしまう。貴様らもそれを狙ったのだろう」  そう、ショークは笑って言った。  人々の住まう大地の下には、何があるかと言えば、それは当たり前のように、闇がある。  その闇の力を導き、その闇の力で、黒い炎のように相手を焼き尽くす技。闇の波動。  刺客達は恐れおののき、逃げ惑った。  次々に刺客達を焼き殺し、ショークは上へと向かって行った。  実は、上へ上へと向かうたびに、この技の威力は半減してしまう。そして、使う事に労力を使う。  だが、敵にとっても、面白い事がある。  2階で、また床に手を置き、闇の波動と叫んだ時、1階は一瞬にして、暗闇に落ちる。そう、ショークが手を置いた、その下の階は闇に満ちてしまう。  だが、自分とて本当はこの技は、大地の上で使いたい。室内では威力が落ちる上に、無駄な労力を使う。奴らはそれを読んでいた。  読んではいたが、まさか、それでも護符を無力化する程の力を持っていると言うのは、見込み違いだったのであろう。  次々に刺客達を恐ろしい姿の死体に変え、3階の城の中央にやって来たショークは、剣を振るい、時に技も使い、戦っている将軍の姿を見つけた。 「ギトウテル将軍!」  と声をかける。 「おお、ショーコーハバリ・サイム!」  と彼は叫んだ。 「お前が来てくれたならば、百人力だ!」  と言いながら、将軍は腕と足を怪我をしていた。  だが、それだけの怪我ですんだのは、この将軍が真に武に優れているからだ。  その将軍に近付き、将軍を背後に守り、そして 「守りし闇の結界」  と言った。まるで壁のような黒い、バリアのような存在が将軍の目の前に現れ、その黒い膜のような存在を、ショークは将軍の四方に作った。  その後は、刺客がどれだけ刃や弓などの攻撃を将軍に向けても、それはことごとく跳ね返された。 「ああ……お前の闇の力は、本当に凄い……」  将軍は感心しながら剣を振るい、舞を舞った。  相手の攻撃を全く受け付けなくなった将軍。そうして、少しでも近付こうものなら、焼け焦げた、見るも無残な恐ろしい死を、確実に与える男。  その2人に近付く刺客は、もういなかった。  将軍を連れてショークは外に出た。  そうして、 「その闇の結界は半日は持つ。実は結界に守られている者の攻撃も半減する物なので、貴方の振るった剣や舞の威力は半分に失われてしまうが、相手の攻撃は、全て跳ね返すようになる。貴方は我が軍勢が、新たに守りに付いている、寺に急いでくだされ。我が軍の者が、貴方をそこにお連れする。軍勢が守っている上に、貴方にはその、闇の結界がある。けっして、身の危険は無い。わたしは貴方の暗殺の実行犯達を、殺し尽くしてから行く」  そう言い、部下達に守らせて、将軍を都の外れの寺へと急がせた。  そして、もはや逃げる事しか考えられなくなった刺客達に 「仕方ない」  と言って、ショークは初めて腰の刀を抜いた。 「闇の刃!」  そう叫び、剣を振るう。  普段、戦で使っている闇の刃。その威力を刀にも込めたのだ。  つまり、その剣で斬りつけられると、無数の剣に切り刻まれた状態になり、死体が黒く変色して死ぬ。  護符を持っていようと実際の剣を使っているから、威力をそこまで減らす事は、不可能だと言う事だ。  最後の刺客を殺した後、息を吐き、 「さすがに屋敷の中での戦いは疲れた。まさか、刀を使わねばならぬ程に、苦戦するとはな」  そう言って、ショークは微かに笑った。  シャンルメがマーセリを連れて、ギンミノウに入った時には、ショークはもう、百人以上いた暗殺の実行犯達を、全員見るも無残な死体に、した後であった。  暗殺の実行犯達だけを倒し、黒幕に当たる者達には、まだ、手を出していない。 この男、何とその、黒幕たるヨシチョウケイに会いに行った。 「将軍暗殺の噂を聞き、上洛した一大名である。将軍の身柄を守るヨシチョウケイ殿に代わり、実行犯達を始末させてもらった」  などと、いけしゃあしゃあと言ったのである。  ヨシチョウケイは返事もしなかった。  そもそも、上洛した一大名とは何だ。  貴様と言う男が、この都で裏組織を束ね、とてつもない存在になっている事を、知っているぞ。  よほど、そう言ってやりたかったが、言葉が出ない。 互いに、今はまだ、ぶつかるべき相手では無い。  睨み合いのような状況になり、ヨシチョウケイは、生き延びてしまった将軍をこれからどうするべきか、考えていた。  政を行いたいなどと、ふざけた事を今後も言わぬか心配ではあるが……この男を従えている限り、討つ事は難しい。忌々しい思いでショーコーハバリを睨む。 「将軍をお守りする暇も無い。よほどお忙しいとお見受けする。今後も必要とあらば、都に駆け付ける」  そう言い残しショークは、時の権力者であるヨシチョウケイに背を向けた。  この背を斬りつけてやりたいが、到底、この男の闇の力には叶うまい。今ここで敵対するのは賢きやり方では無い。この男のその背には、天獣が彫られていると言う噂を聞いた事がある。  自らが将軍にとって代わる。  恐らくは、その野心の現れだ。  敵に回したくは無いが……  戦う時が、来るのかも知れない。  そんな風にヨシチョウケイは思っていた。  ショーコーハバリはヨシチョウケイの元を去り、寺で保護した将軍の元に訪れた。将軍は 「エニイチオのカゲヨミとは懇意にしている。親しくさせてもらっている。他にもわたしに忠誠を誓う者もいる。だが、我が命を守るため、即座に上洛が出来る、上洛してくれるような大名は……ショーコーハバリ・サイム、そなたしかいない」  と言った。 「そなたの事は、成り上がり者であるだとか、とても恐ろしい男であるとか言う者がいるが……わたしはその、恐ろしい男であるそなたを信じるしかないし、頼るより他に無いのだ」  そう将軍は、自嘲するように笑った。  ふと、ショーコーハバリは、かつての主のトキオーリを思い出した。  だが、トキオーリとは、この将軍は少し違う。  この将軍は自分を疑いながらも、信じるより他に無い状況にあるのだ。  愚鈍なトキオーリは、完全に自分を信じていた。  権力を全く持たぬ、哀れな将軍。  だが、この男は、愚かな男では無い。 「わたしは貴方をお守りするために、この都に来た。いつでも貴方をお守りするために、この身を投げ出し、戦う覚悟がある。それはお忘れにいて欲しい」  そう言うと、将軍は 「ああ、分かっている。お前の恐ろしさは底知れぬが、だが、頼りにしている。ショーコーハバリ・サイム」  そう言い、微かに笑った。  ナヤーマ城に連れて来たマーセリに、シャンルメは 「どうか、しばらくこの城にいてください」  そう微笑み、頭を下げた。  ショークには3人の女性がいる。  その中の1人で、一番年上の女性だと言っていた。  本当に魅力的な素敵な女性だったと、シャンルメは思った。  胸が痛む。  その人を素敵な女性だと、認める事に胸が痛む。  だが、ショークが選んだ女性が、素晴らしい女性である事を、嬉しく思う気持ちもあった。 城を去る時に、神に声を授け、ショークに言った。  貴方の奥方様は、もう城に入られた。  とても素敵な方だ。  わたしもキョス城に戻らなければならない。奥方様をお守りしてあげて欲しい。慣れぬ地で戸惑う事も、きっとあるだろうから。  その声を、ショークの元に届けるようにしてから、馬に乗り、駆けだして行った。  シャンルメは、少し涙が零れた。  あの女性には敵わないかも知れない。  そう思うと、胸が痛く、とてもつらかった。  ショークはやがてナヤーマ城に戻り、城に入っていたマーセリと会い、事情を話したが 「それは先程のお嬢さんに聞きました。本当にいい子だったわ」  とマーセリは微笑んだ。  ショークはまず、マーセリとオオミを引き合わせた。  2人の妻は、初めて顔を合わせた事になる。  互いに静かに頭を下げ、挨拶を交わした。  お互いにずっと、どう言う女性だろうと思っていただろう者同士だ。腹の探り合いでは無いが、ぽつりぽつりと会話を交わし、交わした後、気が付いたようにマーセリが言った。 「旦那様……そう言えば、あのお嬢さんはどちらに行かれたの?」  そう尋ねたマーセリに、ショークは驚いた。 「わたしを助けて、この城までお連れしてくれたあのお嬢さん。あの子も、旦那様の奥方なのでしょう?女性なのに勇ましい鎧を着ていて、少し驚いたけど……どうしてこの城に、あのお嬢さんはいないのかしら」  その言葉にオオミは驚いて 「そんな方がいるなんて、聞いていないですよ」  と言った。 「まさかと思うけど、貴方。ミョーシノ殿が亡くなったから、だから、早速新しい女性と……なんて事は無いですよね。それでは、ミョーシノ殿が可哀相です」 「ミョーシノ殿とは?」  そう聞いたマーセリに 「先日亡くなった側室の女性です。本当に本当に素晴らしい人だったんです」  とオオミは返した。  オオミは、キッとショーコーハバリを見つめ 「女は3人がせいぜいだと、だから、1人亡くなったから、新しい若い女と……なんて思っていたのなら、貴方を見損ないます」 「オオミ。誤解をするな。その……マーセリの言っている娘には、実は、ミョーシノが亡くなる前に惚れている。そんな予定は無かった。愛するつもりなど無かったが、それなのにその娘を、俺は愛してしまった。しかし、その娘も勿論だが、ミョーシノも本当に大切な女だ。ミョーシノはかけがえのない女だ。あの女の代わりになる者など、どこにもいない。その娘もお前達も、ミョーシノの代わりなどと思った事は一度とて無い。むろんお前達2人も、他の誰も代わりにならぬ、かけがえのない、大切な女だ」 「では……その、お嬢さんとやらは、どういう方なのです?どうして、城にお連れしないんですか?」 「あの娘はイナオーバリの地にいて、やるべき事がある。だから、俺の城に連れて来る事は出来ぬ。そうして……俺はまだ、手を出していない」  その言葉に、マーセリもオオミも驚いた。 「未だ、幼いとも言えるところを残した娘だ。あの娘が16になるまで、想いを告げぬ」 「それは良い事ですね。旦那様。わたしは正直呆れてしまいましたもの。あんなお孫さんみたいな歳の離れたお嬢さんと……って」 「いや、確かに俺も、年甲斐も無く若い娘に惚れて、みっともないとは思うが、気が付いたら惚れてしまっていたので、どうしようも無い」  そう言って、ショーコーハバリは笑った。 正月が来る。 ショークもトーキャネも、1つ歳を取る。  そう、貧しき村の生まれに、誕生日などと言うものは無い。皆、正月に1つ歳を取る。  シャンルメはショークに、何の贈り物をして良いか分からなかった。  シオジョウに聞くと 「お酒でも、あげておけば良いんです」  と言われたが 「わたしの誕生日には、あんなに素敵な贈り物を、幾つもくれたのに」  などと言って、シャンルメは迷った。  1つとは言わない。幾つかあげたい。  1つは……美味しいお酒でも、良いのかも知れないけれど。でも、自分はお酒を呑まないので、お酒の美味しさと言うものが分からない。  そんな自分が選んで良いんだろうか。  と、シャンルメは大いに悩んだ。 本当に思い切って 「何か欲しい物とか、好きな物とか、無いのかな」  と聞いた。  ううむ、とうなった後で 「俺には、欲しい物や、趣味などと言う物は無い」  と言われてしまった。 「集めている物とか、無いのかな」  と聞くと 「石だな」  と言うので 「石!?」  とシャンルメはビックリした。 「ただの石では無いぞ。化石と呼ばれる存在だ。それもだな、竜の物を集めている」 「竜なんて……本当にいるの?」 「ああ、いる。いや、かつていた。全く驚く程デカい存在だ。とてつもなく凶暴で恐ろしい物もいる。その化石の、良き物が見つかったら、即刻俺の元に送れと言っている」 「そんな贈り物……とても今から正月に間に合わせて、貴方にあげられると思わないな……」 「何?そなた、俺に贈り物をするつもりなのか?」 「勿論。誕生日に贈り物をもらっているのに、貴方にそのお返しをしないなんて、あり得ない」  そう言ったシャンルメに、ショークは笑い出し 「男の贈り物へのお返しと言うのはな、その贈り物を身に着ける事だ。それでいい。それだけでいいのだ」  と言った。  結局、シャンルメはどうして良いか分からず、シオジョウの言うように、美酒と、そのつまみになる珍味を贈った。戦場で、珍しい物だからと言うと、一応は口にしてくれていたので、それにしたのだ。  でも、正直、あんなに素敵な贈り物をしてもらったのに、これしか贈り物が出来ないなんて、自分が情けないとシャンルメは思った。  あげた時、ショークは 「うむ……そうか……だがな、前にも言ったが、男への贈り物などと言う物は、いらんのだ。贈り物を身に着けてくれれば、それでいいんだ」  と、少し複雑な顔をして言った。  そして……正月の祝いは、また、ギンミノウとイナオーバリの国境近くで祝った。  贈り物を身に付けろと言われたので、シャンルメはショークのくれた、赤と白の着物を纏った。凱旋式の日は暑く感じた着物だったが、その日は着物の中にしっかりと着こんだ。そして、全く同じではつまらないだろうと思い、髪も特別に結って飾り、桃色の薄い羽織も軽く重ね、舞を舞った。  シオジョウと初めて出会った時の、天女の姿。  その時以上に、天女に見える姿だった。  今回は、意地でも見に行ったトーキャネが、遠目でも感動して、大いに泣いてしまい、また 「美しいお姿が見えないでは無いか!」  などと泣きながら言っていた事も、ショーコーハバリがその舞いに見惚れ大いに満足し、シャンルメからの酒もつまみも気に入ってくれたのも、言うまでも無い話である。  マーセリが都に戻った。  しばらく、ギンミノウのナヤーマ城にいた彼女は 「都で商いをするのはわたしの生きがいだし、都の者達にも、もう帰って来て欲しいと言われたの。何より、商いで資金を調達し、旦那様に送るのは、わたしの、大切な大切なお役目ですもの」  と言って、都に帰ると言い出したのだ。  ちなみに正月の祝いには、マーセリもオオミも、勿論参加した。オオミに会ったのは凱旋式から2度目であった。シオジョウと3人で談笑し、 「にわかには信じられないわ。自分の娘のお婿さんが、こんなに綺麗な人だなんて。娘も美人だと思うけど、貴方の前では霞むわねえ」  などとオオミは言っていた。 「とんでもない。シオジョウは、本当に美しい素敵な女性です。この妻を持てた事を幸せに思っています」  シャンルメはそう言って微笑んだ。  マーセリには、舞をとても褒めてもらった。 「羨ましいわあ。わたしは商売の才能くらいしか無くって。舞を舞える人は本当に羨ましいわ。そのお着物は、旦那様の贈り物なの?」 「は、はい。身に着けて欲しいと言っていただけて」 「そうでしょう。本当にお似合いだもの。これからも、ちょくちょく身に着けてあげてちょうだい」  とシャンルメは言われた。  そうして、オオミに対し 「オオミさん、このお嬢さんが……」  と紹介しようとしたマーセリを、シャンルメとショークは慌てて止めた。  その場をうまく誤魔化すのが大変だったが、シオジョウの母であるオオミには、シャンルメはシオジョウの夫なのだと思ってもらっていた方が、都合が良いと思ったのである。  ともあれ。マーセリは、都に帰る事となった。 「でも、このお城で、旦那様と一緒にいられて、本当に本当に嬉しかった。また絶対に、お屋敷に戻って来てくださいね。それも、出来れば頻繁に」  そう言われてショークは、おお、分かった、と妻を抱きしめた。 「オオミさんとお嬢さんによろしくね」  そう言い残して、妻は都の屋敷へと帰ったのである。  マーセリが去り、愛するミョーシノも亡くなり、城にいる女は、オオミだけになった。 ちなみに正月のその祝いの席には、シャンルメの母であるドータナミも参加した。  凱旋式……シャンルメの誕生祝いは、ギンミノウにわざわざ行きたくない。シャンルメの誕生祝いは内輪でやりたい。と言って、来なかった。  なので、今回は本当に国境付近の、本当にここが国境だろうと言うところで……しかも、領土としては、イナオーバリに当たるところで正月祝いをやって、ドータナミも呼んだ。  母にショークを、会わせたかったのかも知れない。  そして母は多分、ショークに会いたくなかったのだと思う。  生まれが卑しい。悪逆の徒と言う噂がある。  そう言って、会ってもいないのに、良くない印象を持っていた。  その印象を、無くして欲しかったのかも知れない。  シャンルメが天女のような姿で舞を舞った時、近くで見ていた母が突然泣き出した。それも、号泣したので、シャンルメはビックリした。  驚いたが、驚くあまりに舞を中断させてはいけないと思い、懸命に舞った。  舞い終わった途端、ショークが傍に来て、 「素晴らしいぞ」  と言って、その頭を撫でてくれた。  嬉しかったのだが、泣いている母が気になって、 「ショーク……あの……母を紹介したい」  と言った。そして 「母上、どうされましたか。大丈夫ですか」  そう言って、彼を連れて母の元に向かった。  母は泣きながら微笑み 「貴方があまりにも綺麗だから、ビックリしてしまったの」  と、涙を拭きながら言った。  城に戻る時に、母は 「多分だけど……貴方、恋をしているわね」  と言い出した。  ビックリして、シャンルメは真っ赤になった。 「な、何故、分かるんですか」  と驚いた娘に 「貴方の母上だから」  と母は笑って言った。 「貴方が舞う姿を見て、すぐに分かった。この子は、ようやく娘として生きようとしている、って」  そう言って 「貴方がね、凄く男勝りな男性のような女性ならば、そこまで貴方に対して、申し訳ないと思わなかったかも知れない。でも、この子は優しい、女の子らしい子なのに、こんな人生を歩ませてしまって……それは、わたしが貴方を、普通に産んであげられなかったからなのだわ、と思っていたの。娘としての幸せを、全く味合わせてあげられないのなら、申し訳なくて仕方がないと思っていた。でも、貴方はあんな美しい姿で舞を舞ったり、恋をしたりしてくれている。それが分かったから……嬉しくって涙が出たのね」  シャンルメはいつも謝ってばかりいた、母の本心を初めて聞いた気がした。  そうか。母はそんな風に思っていたのか。  母の気持ちを知らないで、心のどこかで、母を憎く思ってしまっていた自分を、シャンルメは悔やんだ。  そんな時、その母が病になった。  父と同じように、寝たきりの事が増えた。  元気な時もあれば、熱が出て起きれぬ時もある。  シャンルメは母を心配し、キョス城と母の住まいのスエヒ城を行き来するようになり、母のいるスエヒ城に寝泊りする事も増えた。  スエヒ城の主であるジュウギョクの役目には、この母を守る事もある。ジュウギョクは職務の合間に頻繁に母を見舞い、各国から、医師も探して来た。  その一方でシャンルメも、ショークにまた、母の容態を詳しく言い、薬の作り方を習い、前の時のならず者の医者とは、また違う医者を紹介してもらった。  前の医者も良い人だった。でも、別の医者にしてくれたのは、その医者にかかった父は結局死んでしまったから、それを気にしているのでは無いかと言う、ショークの心遣いなのだろうと思った。  自分が調合した薬を渡すと、そんな薬の作り方はどこで教わったのかと聞かれた。  ショークに教わった話をした事で、多分、父は自分がショークを想っている事を悟った。だから、母にはそれを言いたくなくて 「家族が調合した方が効果が高い。そう言っている方がいたので、医者に特別に教わったのです」  と言っておいた。  母は、少し苦いけれど、貴方の思いやりを感じて、とても嬉しいと言ってくれた。  多くの医師や、病を治せる能力者に母はかかった。これだけの人に診てもらっているのだ。母はきっと良くなるだろう。シャンルメはそう思った。  だが、この世界では医学と言うものはそこまで進歩しておらず、また、目に見える傷とは違い、病と言うものを治癒の能力で治すのは、難しい事であった。  ショークは、新たな戦へと赴いた。  母の傍にいてやれ。そなたの手を煩わせる程の相手では無い。そう言って、戦場に赴いたのだ。  母の側にいられる。それは嬉しかったが、戦場でショークがどうしているのかと、それを思うと心配で、共にいられない事がつらかった。  神に声を届けて会話をするのも、戦場にいる彼の邪魔にならぬかと思うと頻繁には出来ず、とりあえず、返事はくれなくていいと言いながら、時折手紙を書いた。  母は父と違い、予知の声を聞く能力者を好かぬから、容態に関しては、医者の言葉を聞くしかない。  ただ、シャンルメは……ショークと同じように予知の声を聞く者は、自分の部下には持たないようにしよう、と思うようになっていた。そこで、父の代から仕えていた者も解雇していた。  その方が、自分も、生きやすい気がしたのだ。  病の淵で、母は聞いた。 「貴方の恋のお相手は、どんな青年なの?」  青年……そうか、同じ年頃の相手だと思っているんだ。とても言えない。自分の父親より年上だなんて。  まして……会わせはした、良い印象を持ってもらいたくて、会わせはしたけれど……  多分、良くない印象を、持ったままだと思う。  とても恋をしている相手の名前を、母には告げられない。父以上に心配をかけてしまう。  だから……何を言うべきか……  そう言葉を探した後に 「あの、シオジョウとトヨウキツが、もしも万が一、わたしが好きな人と結ばれて、子供を授かったなら、トヨウキツのお屋敷に2人で入って、わたしが具合を悪くしてシオジョウが懐妊した事にして、出産をしましょう、って言ってくれて……」  その言葉にドータナミは 「ええっ!!」  と大きな声を出した。 「そのお相手とは、もう、そう言う事を……」 「し、していない。していないけど……ま、万が一、万が一の場合……」  赤くなりながらシャンルメは 「そんな事、絶対に起こらないとは思うんだけど……わたしの妻2人は、凄く良い人達だから、そんな事まで考えてくれるんだ」  そう言ったシャンルメに、母はやがて、ボロボロと涙を流し 「貴方が子供を授かってくれるなら、まして、愛する人の子供を産めるなら、こんなに嬉しい事はないわ」  と言った。 「本当に……普通の女の子として、生かしてあげたかった。勿論、この身分に生まれたら、普通の女の子として生きるのは難しいの。難しいんだけど……何も、男として生まれた途端城に閉じ込められて、過酷な戦場に行かされて、命がけで戦わされて、なんて……そんな人生じゃ無くっても……」 「大丈夫です。母上。わたしは今、幸せですから」  そう言って笑ったシャンルメに 「ええ」  とドータナミは言い、 「幸せに……幸せになってくださいね」  と笑った。  母のために、湯を取り寄せた。  本当は旅に行きたかったが、病の母には無理だろうと、取り寄せて、スエヒ城の広い湯舟に湯を張った。  病に良く効くと言う、名湯だった。  2人で入ろう。久しぶりに。  母にそう言われて、2人で入ったが、男女の親子と言う事になっているから、年頃の息子と母が、一緒に風呂に入ったと知られたら、もしや、自分や母の評判を落とすかも知れない。そう考えて、秘密を知る2人の侍女を呼んだ。  2人が母を湯舟に入れた事にしたい。そのように、他の者達に思ってもらえるように。  そうして、お前達には見張りの役目をして欲しい。母が容態を急に悪くなったら、すぐ呼ぶ。そう言って見張りをさせた。  男の子として生きるために、色々気を使わなければならなくて、本当に大変なのね、と母は言った。 「月のものも、大変でしょう」  そう母に言われてから、自分の月のものがどのような症状なのかと言う話をして、 「本当なら、始まった時にしっかりとお祝いをして、わたしが色々教えてあげたかったのに。今まで知らずにいて、本当にごめんなさいね」  と母は言った。  詳しい話をしなかったのは自分なのに、何だか母に申し訳ない思いがした。 「大丈夫です。母上。始まった時には、シオジョウが色々教えてくれて、助けてくれました。それだけでは無く、毎月毎月助けてくれるんです。本当にシオジョウは良き妻です」  そう言ったシャンルメに、ドータナミは微笑んだ。  そして、シャンルメの裸を見た途端、母は泣き出した。  やはり……と思った。  腕にも足にも傷があるが、特にヤツカミモトとの戦いの時の負った、2つの腹の傷は少し大きかった。 「女の子の貴方が……そんな……そんな傷を負ってしまって……」  そう言って、母は泣きじゃくり、自分を抱きしめた。 「母上……」  シャンルメも微かに涙ぐみ 「わたしの想い人にこの傷を嫌がられたら、それは正直、少し傷つきますが……でも、これからもきっと傷は増える。これはわたしの、宿命なのだと思っています」  2人で湯に入り、湯の中でもぽつりぽつりと話した。 「貴方の2人の奥さんは、本当にいい人達のようだわ。トヨウキツさんはともかく、シオジョウさんは……あのような、評判のよろしくない人の娘。心配していたんだけど……貴方を支えてくれている様子。これからも3人仲良く、元気にやって欲しい」  まさか、自分の想い人が、その評判のよろしくない人だとは到底言えないなあ、と思いながら 「もちろんです。母上。2人には本当に本当に感謝しています。これからも3人仲良く生きて行きます」  そう母に向かい、シャンルメは微笑みを見せた。 そなたの手を煩わせるまでも無い。  母の傍にいてやれ。  そう言って戦地に赴いたのだが、シャンルメが傍にいない事に、ショークは正直戸惑った。  あの娘がいる事が、俺にとって当たり前になっていたのか。  そんな風にショークは思った。  闇で切り刻み敵と次々に倒す、いつもの殺し尽くすようなやり方で、戦で勝利を収めて行く。  むしろ、シャンルメが傍にいない方が、それはやりやすかった。  あの娘は心優しい娘だ。  本当は俺の、残酷すぎるやり方に、心を痛めている。それを分かっていたから、隣り合って戦場に立つ事はあえてしなかった。  戦場でシャンルメの軍に任せるか、自分が戦うか、それを分けていた事に対し、彼女は 「わたしを育てるためなのだろう」  と思ってくれているみたいだったが、実は違う。  残酷すぎる自分を嫌われたくない。  それが、俺の本音なのだろうな。  ショークはそう思った。  あの娘がどんどん、自分の中で大きくなっていく。  離れている事が、余計にあの娘を思わせた。  その思いの中でショークは戦い、次々に敵を破り、勝利を収めて行った。  シャンルメが母の容態を診るために、ショークと共に戦場に赴けぬうちに、随分と時が流れた。ショークは戦を1つ終わらせ、次の戦へと旅立っていた。  あの人は本当に強い。わたしなど必要なのだろうか。  そんな風に、少し思った。  必要としてくれている筈だ。早く共に戦場に立ちたい。でも、そのためには母が元気にならなければ。  シャンルメはそう思った。  だが……いよいよ母の容態が優れず、最後の時が来る事を覚悟しなければならない、と医者に言われた。  母にも医者はそれを伝えた。  すると、シャンルメは母から遺言を受けた。  わたしの望みはただ1つ。それさえ叶えてくれるなら何もいらない。だから、良く聞いて欲しい。  そう言われ、そこまで言う願いならば、きっと叶えたいと思った。 「なんでしょうか。母上」  そう言ったシャンルメに母は 「シオジョウさんをギンミノウに帰して、同盟を破棄しなさい」  と言い出した。 「そんな……母上はあんなに、2人の妻と仲良くやって欲しいと、そう、おっしゃってくださっていたじゃないですか!」 「自分が死ぬ。そう分かった時に、初めてやっと冷静に考えられた。あの子がいい子だからって、あの同盟は続けてはならないのだと、そう気付いたんです」 「そんな……!何故……!」 「シオジョウさんは、気が強いところはあるけれど、とてもいいお嬢さんで、貴方には大切な友達なのだと思う。でも、あの子がとてもいい子なのは、父親が大嫌いと言う子だからなのよ?もしも、父親の言う事を良く聞く娘が嫁いで来てたなら、貴方は今頃、死んでいるかも知れない」 「そんな……そんな事はありません!!」  シャンルメは叫んでいた。 「母上は誤解している。ショークは……ショーコーハバリ殿は、そんな人じゃない!わたしを同盟者として、大切にしてくれています。だから……!」 「貴方こそ、何を言っているの!」  母は泣き出し、 「どんな行いをして来た男か、知らない訳ではないでしょう。あんな悪逆の徒と関りがあるだけでも、いつ襲われるか分からない。絶対に同盟を破棄して……」 「嫌です!わたしは母上よりも、ずっとあの人を知っている!確かに手段を選ばない、恐ろしいところはあるかも知れない。でも、根底には、この世界を愛する思いのある方です。愛情と使命により戦う方です。母上、ちゃんと彼に会ってください。噂ばかりじゃなく、会って、ちゃんとその人となりを……」 「貴方こそ、何を言うの!あんな男から、聞く話など無いわ。わたしの大切な娘を、あんな男に託す訳にはいきません!」 「……あの人は同盟者として、わたしを大切にしてくれているんです……」  そう泣きながら言ったシャンルメに 「なら……あの男が、貴方を殺そうとしない、同盟者として大切にしてくれるのだとして、あの男との同盟を続けると言う事は、貴方が戦場に立ち続けると言う事なのですよ?」  そう、やはり母も泣きながら言った。 「貴方の体の傷には、あの男との共闘の戦いで負った物もあるでしょう。ヤツカミモトとの戦いで、貴方が戦に強い事が分かった。だからあの男は、貴方を利用して戦わせているのです。でもね、貴方は本当なら、戦う事を望むような人じゃない。戦が強いのだとしても、いざと言う時、他国が攻め入った時に、守るために戦えばいいだけです。あんな男の野心のために、共に戦場に立つ必要なんて無い。あんな男と行動を共にしていたら、貴方の体にはどんどん傷が増えて行くのですよ?あんな男のために、貴方にはその傷が増え、そして……いずれ、命も落としてしまう……」  病の淵で号泣する母は 「お願いだから……母が生きているうちに、同盟を破棄してください。この母を安心して死なせて欲しいの。お願い……」  そう言った。  シャンルメは言葉につまり、やがて 「少し……考えさせてください……」  と言った。 「何を考える必要があるの?」  そう言った母は 「でも……かたくなに拒むのを辞めてくれた。それだけでも嬉しいわ。早く良い返事をちょうだいね。わたしは待っているから」  力無く泣きながら、静かに微笑んだ。  キョス城に戻り、シャンルメは泣きながらシオジョウに話をした。  母上は、わたしが天獣を呼び寄せる、この世界を救うと言う事を、全く信じておられない。  だから、わたしがショークがいなくとも、戦わねばならない者なのだと言う事を理解出来ない。  安心させてあげたい思いはあるけれど、そんな願いは到底聞き入れられない。  そう泣き出したシャンルメに、シオジョウは急ぎ、父に手紙を出した。  シャンルメ様から大切な話がある。  男なら、どんな事を言われても受け止めてあげて欲しい。  などと言う文だったので、戦場でその文を受け取った時、流石にショークも、娘が何を言い出したのか、シャンルメは何を言うのかと、少し心配した。  すると、シャンルメからも、大切な話があるから戦が終わったら、会って欲しいと言う内容の文が、シオジョウの文の翌日に届いた。  シャンルメ。どうしたのだ。  そう、神に声を届け、聞く。  会って話す。大切な話だから。  そんな返事が返って来て、 「この戦はじきに終わる。さすれば、イナオーバリに俺から尋ねよう。待っていてくれ」  そう目の前にシャンルメがいるかのように、口にして言った。その声を、神に託したのである。  程なく戦が終わり、イナオーバリの外れでショークに会ったシャンルメは 「実は、母がシオジョウを国に帰して、ギンミノウとの同盟を破棄して欲しいと言い出した。自分が生きているうちにそれを実行し、安心させて欲しいと。それが唯一の遺言。唯一の望みだと言うんだ」  そう言い、泣き出した。 「母上のお気持ちは分かる……でも、わたしは……貴方との同盟を、破棄するような気持ちは無い。無いけれど……このままではいけないと思う。何とか、母上を安心させてあげたい。だけど……」  ボロボロ泣くシャンルメにショークは 「うむ……そうか……」  そう困ったように頭をかき、 「正直に言おう」  と言いだした。 「今までの俺なら、そなたの母を毒殺している」  その言葉に驚き、シャンルメは顔をあげた。  だが……そうか。この人はどんな悪行に手を染めようとも、天獣を呼び寄せる使命に生きる人。  母など、たやすく殺す人なのだ。 「本来の俺は、その話を聞いたら、そなたの母を殺しに行く男だ。だが、俺はそなたの母を殺したくは無い。他ならぬ、大切な大切なそなただ。幼子ではあったが、俺は母を殺されている。母を殺される事がどれだけつらい事なのかは、俺も知っている」 「ショーク……貴方がそれだけ、わたしを大切に思ってくれている事が、母にも伝わればいいのに……」 「ああ。俺がそなたの母に会うと言っても、かたくなに拒まれそうだな」 「うん。母は拒むと思う。貴方と話す事など何も無いとおっしゃっていた」  2人には、どうしたら良いか分からなかった。 結論のような物は出ずに、別れるしか無かった。  ショークは、母にそう言われても、それでも俺との同盟を続けようと思ってくれている、そなたに感謝している。そう言った。  当然だ。貴方と共に生きる。貴方の志を継ぐ。  それが、わたしの生きるべき道だ。  シャンルメはそう答えた。  そうして2人は、互いの国へと帰って行った。  どうすれば良いのか分からぬままに、互いに別れを告げたのだ。  顔を合わせれば同盟を破棄しろと言う母の、見舞いに行くのはつらかった。  それでも、シャンルメは母の見舞いに頻繁に行った。  ある時、シオジョウが付いて来た。 「わたしがギンミノウに帰る事。それが望みである事は知っています。あの父の事を考えれば、ドータナミ様がそう思われるのは、当然の事です」  そう言ったシオジョウに 「貴方はとても良いお嬢さんなのに、本当にごめんなさい。シャンルメの大切なお友達なのに」  と、ドータナミは涙を見せた。  ドータナミが同盟を破棄しろと言い出したと聞き、スエヒ城を守っているジュウギョクも、そのような事はおっしゃらないで欲しいと、懸命に説得を試みた。だが、到底その言葉は受け入れられず、貴方は何故、あんな男との同盟を続けろなどと言うのか。あんな残酷な恐ろしい男に、わたしの大切な子供を任せろと言うのか。とドータナミは怒った。 「お恥ずかしい話ですが……」  と、ジュウギョクは胸のうちを語った。 「実は、わたしはその、ショーコーハバリ様からの命で、カズサヌテラス様にお仕えした者なのです。貴方のおっしゃる通り、ショーコーハバリ様は残酷で恐ろしい方だ。そのような方に仕えるように仕向けた父を憎んだ程です。カズサヌテラス様にお仕えをして……カズサヌテラス様は、お優しい、素晴らしい方です。わたしの提案を受け入れ、ほとんど戦死者の出ない、そんな戦場を実現してくださいました。初めて守るに値する、大切な主を得たと思いました。その方にお仕え出来る事はわたしの喜びであり、誇りでした。同盟を破棄されたら、わたしはその、残酷で恐ろしい男の元に戻されてしまう。それが、わたしにはとてもつらい」  そう言ってから 「いや、こんな私情で同盟を破棄しないで欲しいなどと言っているわたしは、武将失格です。お恥ずかしい限りだ。だが……わたしは……心からお守りしたいと思える、カズサヌテラス様にこそお仕えしたい。その、残酷な恐ろしい男の元に、帰りたくないのです」  ジュウギョクのその発言に母は 「そう言う事だったのね。分かったわ」  と言った。 「シャンルメの気持ちも、貴方の気持ちも分かりました。何故、そんなに同盟を破棄するのを嫌がるのか、不思議でしょうがなかったの。そう言う事なのね」  そう、1人合点がいったように、つぶやいた。 そうして、母は翌日見舞いに来たシャンルメに 「貴方の好きな人は、ジュウギョクさんでしょう」  と言ったのだ。  そう言われて、シャンルメは驚いた。  驚いたシャンルメに、母は続けた。 「同盟を破棄したら、彼はギンミノウに帰ってしまう。それが嫌で、あんなにかたくなに拒んでいたのね。秘密を知っているのかは分からないけれど、彼がお嫁さんを持たないのも、きっと、貴方を想っての事なのでしょう。貴方の気持ちは良く分かるわ。彼はとてもいい青年です。ジュウギョクさんはとてもいい青年だし、シオジョウさんはとてもいいお嬢さんだわ。貴方は、あの2人を失いたくないのでしょう。でもね……あの2人の背後には、あの、恐ろしい男がいるのですよ?」  違うんだ、母上。わたしが愛しているのは、その恐ろしい男なんだ。  そう思ったが、シャンルメは母の誤解を、解くような事はやめておこうと思った。  そして、何と言ったら良いか分からず 「申し訳ありません。親不孝者だと思います」 と小さく言った。それに対し 「わたしの方こそ、貴方を苦しめる事を言ってごめんなさい。貴方から大切な親友と、大切な初恋を奪ってしまう。それでも……それでも貴方は絶対に、あの男との同盟を続けるべきでは無いのです。どうか、分かってください」  母はそう言って、涙を見せた。 「考えさせてください……」  そう、小さく言ったシャンルメに 「その言葉は何度目かしら」  と母は言った。 「考えてくれているのだと思う。でもね、どうか分かって欲しい。貴方もつらいでしょうけれど、決断して欲しい。今は同盟者でもあの男は必ず、貴方に対して牙をむきます。例え牙をむかないのだとしても、それでも、自分を傷つけ命を縮めるような同盟は、続けるべきでは無いのです」  そう、泣きながら母に言われ、シャンルメは本当にどうしたら良いか分からなかった。  その一方で、もしも自分が心を寄せている相手が、その恐ろしい男だと知られたら、母上の衝撃や悲しみはどれだけ深いだろうかと思い、母に誤解をさせてくれた、ジュウギョクの存在に感謝をした。  それから少し時が過ぎ、至急に急ぎ、スエヒ城の母に会いに来るように、神の声が届いた。  実は、ショークの紹介してくれた医者は、治癒の神の能力者でもあった。  この世界では、治癒の神の能力者が医者になる事も多かった。  その男からの声で母が危篤である事を知り、シャンルメは馬を走らせ、母の元へと走った。  病の淵で、時々意識を失ってしまう母は 「貴方から、お友達と初恋を奪う事を許して欲しい……でも、でも……」  と力なく言い、 「お願い……お願い……母の遺言を……ちゃんと聞いてね……」  と、うわごとのように繰り返した。  シャンルメは泣きながら 「分かりました。母上。母上のおっしゃる通りにいたします。同盟を……破棄します……」  そう手を握りしめて言った。 「嬉しい……良かった……」  そうつぶやいた数刻後に、母は息を引き取った。  母が死んだ。シャンルメは胸が張り裂けそうだった。  死の間際の母に、嘘をついてしまった。  自分には同盟を破棄する事は出来ない。  落ち込み、泣くシャンルメにふと声が届いた。  シャンルメ、聞こえるか。俺だ。傍に来ている。  そうショークの声が聞こえ、彼女はハッとした。  ハッとして起き上がり、イナオーバリの外れの寺へと向かった。 そこにいるショークを見て、彼女は泣いた。 「母が死んだその時に……一番会いたい人が、貴方だなんて……母が絶対に関わるなと、あれだけ言っていた貴方と、会いたいと思うなんて……」  そう、ボロボロと涙を流し 「わたしは……親不孝者だ。母に、母に、同盟を破棄すると約束してしまった。母上に嘘をついてしまった……」 膝をつき、泣くシャンルメの肩を強く引き寄せ 「悪いのはそなたでは無い。俺だ。そなたの母に信じてもらえなかったのは、この俺の悪行の報いだ。すまぬ。本当につらい想いをさせた」  ショークはしかと、シャンルメを抱きしめた。  母の葬儀は近親者のみで行われた。  多分、万が一大きく葬儀をやって、まさかショークが来たりしないかと、それがお嫌だったのだろうな、とシャンルメは思った。  大きな葬儀になんかしないで欲しい。  母はそう言っていたのだ。  長雨の季節になっていた。  母の死を悲しむかのように、雨が降っていた。 母の病の間に、ショークは2つも戦を終わらせていた。次の戦には共に戦場に立つ。  母は同盟を破棄しろと言っていたのに。  彼と共に戦う。その決意に揺るぎは無かった。  親不孝者だ。  母にも、父にも、本当に親不孝者だ。  それでも、わたしはあの人と生きて行く。  そう思いながら、シャンルメは母の葬儀を終えた。  この世界の者は、皆「神」を信じている。  その「神」と言う存在を信仰するにあたり、大切な事は2つある。 「神の(わざ)を、みだりに語るべからず」 「神の御姿を、祀るべからず」  偉大な、遠大な、尊き神と言う存在を、人間ごときが憶測で話してはいけない、と言う事が第一。  そうして、偶像崇拝を禁止しているのである。  神の御姿をこの目で見る事は、人間には不可能。 万が一見れた者がいたとしても、それは正しき御姿などでは無い。何故なら、神と言うご存在は、相手によってその御姿を変える事など、容易であるからだ。  だから、この世界にある社には、偶像のような物は絶対に置かれていない。  美しい女性であるようだ、とか。  猛々しい男性であるようだ、とか。  風変わりな御姿であるようだ、とか。  そんな伝承が、僅かにあるだけである。  その伝承を参考に、人気の神々を描く画家がいない訳ではないのだが、人々はそれを楽しむ一方、真実のお姿では無い事は良く良く理解していたし、その絵を神聖な物とは扱わなかった。まして絵や銅像などが社に飾られるなど、もっての他なのである。  そうして……社と言うものは、豪華絢爛な神殿のような存在では無い。  けっして、美しくない訳では無かったが、華やかに飾られた物では無く、偉大な大自然に溶け込むような形になるように、工夫をして作られていた。  神の社。神社とかいて「もり」と読む。  偉大な大自然。そこにこそ、神は宿る。  だから、大自然に溶けこむような、どちらかと言えば質素な作りの社の方が多かった。  そして……偉大な神の頂点には、人は、気安く呼ぶ事が許されぬから、名前を付けてもならぬ。偉大な大御神、神の中でも本当に尊いお方でも、お会いする事は難しく、ましてや、人にはそのご存在と触れ合う事など絶対にあり得ぬ、と言う……  すなわち、唯一神、絶対神などと、呼ばれるご存在がいた。  そのご存在に、気安く手を合わせたり、ましてやお願い事をするなどと、あまりにも恐れ多い。  人が直接手を合わせ、お願い事が出来るのは、偉大な大御神までなのである。  出来れば、生まれた場所の近くの社。そして、住まいの近くの社。そこにちょくちょく通うのが望ましい。そうして……時に長旅をして、偉大な大御神の社に行き、人気の神々の社にも行く。  それが、この世界に住む者達の、神と言う存在への信仰の仕方だった。  そこに千年ほど前に、仏を信じる宗教が、この世界にやって来た。  普通ならば、神と仏とどちらを信じるかで、宗教戦争が起きようものなのだが……  この世界では、そのような物は全く起こらなかった。  仏と言う物に触れた、この世界の人々は一言 「神の業をみだりに語るべからず」  と言ったのである。  すなわち、おそらくはこの仏と言う存在は、神と言う存在の、別名であるのだろう。  神と言うご存在は、海の向こうでは、仏と呼ばれていらっしゃるのだ。  しかし、どの神がどの仏であり、仏と神とはどのような存在であるかなどと、それを人間が詳しく知ろうとする事は、まさしく 「神の業をみだりに語るべからず」  なのである。  仏を信仰し、それ以上に神々を信仰する。  人々は、そのような宗教に生きた。  僧侶になった、幼き頃も寺院で修業をしたショーコーハバリが、恐れ多くも、唯一神と言うべき存在に繋がろうと闇を召喚するようになったのも、まさしく、僧侶と言う存在も心から、「神」を信じていたと言う事の現れである。  ただ、宗教勢力はある。  不思議と……いや、さして不思議では無いのだが、神を信仰する、宗教勢力と言うものは無かった。  それは人々の胸に静かに刻まれ、生活の大切な一部であり、特に勢力を持つような存在では無かったのだ。  この世界の人々に、最も慕われている神は、偉大な大御神と呼ばれる女神である。人が触れあう事の出来るご存在の中で、最も尊いと言われていた。  人々はその、偉大な大御神の社に行くのを、人生に一度は必ず行うと誓い、大御神の社や人気の神々を祀った幾つかの社は、いつも大変な賑わいを見せてはいたが、しかし、それだけである。  実は、シャンルメは幼き頃に、父と母との3人で、偉大な大御神の社に行った事がある。  こんなにも素晴らしい空間があるのか。  その事に幼いシャンルメは驚いた。  空気が澄み渡り、あまりにも神聖で、社のある森全体が、聖地と言うべき空間であった。  2千年前にこの世界で初めて、天獣を召喚したと言う女王。その女王が信仰していたのが、偉大な大御神であると言われている。  その社には、女王が信仰していたご存在の他に、もうお一方、大御神様が祀られていた。  2柱の偉大な大御神は、どちらも女性であるのだが、その、尊く美しく……全ての者への深い慈愛と慈悲を感じる荘厳な空気には、確かに女性を感じた。人ならざる存在であるのも、良く分かる。  この社にお祀りする存在を、気安く語ったり気安く絵に描いたり、してはならぬと言われている理由が、幼いシャンルメにも良く分かった。  社に手を合わせる時に、 「この世界をお守りくださり、ありがとうございます。良きよう、この世界と人々をお導きください」  と言うそれ以外の言葉が、幼きシャンルメにも出て来なかった。  このような神聖なご存在に、個人のお願い事をするなどと、あり得ないと思えたのだ。  あまりにも神聖な、素晴らしい空気に幼いながら本当に心を打たれ、この素晴らしさが分かると言う事はそなたは将来有望だ、とイザシュウに喜ばれた。  そして、風の召喚が出来るようになった時も、イザシュウに連れられて、今度は母のいない2人で、この世界で最も戦が強いと言われる、武神の社に特別に連れて行かれた事がある。  武神を愛する人々の信仰の深さ、社のある町の賑わい、とても立派な作りの社に感服し、驚いたものだ。  だが…… 「気のせいだろうか。この社には、その偉大な武神はいらっしゃらないような気がする」  と言ったシャンルメに 「気のせいでは無いぞ。社を作ったものの、その偉大な武神は森の中にいらっしゃると言う噂だ。神とは人の思い通りになど、動かぬものだ」  とイザシュウは笑った。  シャンルメは何とか、その武神に会いたかった。  せっかく会いに来たのに、いらっしゃらないと言われ、終わりだなんて悲しすぎると思った。  そして翌日には、森の奥深くを探検した。  すると……そこに、こう表現するしか無く、その表現が真におかしい事は分かるのだが……  光り輝く、闇があった。 光り輝いているが、その本質は紛れもなく闇である。  そのような、ご気配があったのだ。  しいて色を言うと、蒼かった。  微かに蒼く光り輝く、深い闇であったのだ。  そうして、そのご気配には、父を感じた。  実父のイザシュウを感じたのでは無い。  人々の人類の、父であるかのように感じたのだ。  暖かく、猛々しく、恐ろしく、尊い。  紛れもなく、立派な社をお作りしたのに、その社に移り住んでくださらなかった方だ。  そう思い、涙を流し両手を合わせた。  お会い出来た事を伝えると、イザシュウは 「凄いな、シャンルメ!さすがは我が跡目だ!」  と、喜んで言った。  この世界では、神々への信仰と言うものが、人々の心の、生活の、大切な支えとなっていて、その「信仰」を持たぬ者は、この世界にはいないのだが、「宗教団体」と呼ばれる物は、特殊な例外を除き「仏」を信じる団体であった。その団体の者達は、神を信仰しながらも、仏のために身を捧げたのだ。「神の別名」である「仏」に、海の向こうから伝わって来た、信仰の仕方を習い、お仕えしたのである。  例えば、ショーコーハバリは髪を剃り、頭を丸めているが、そのような行為と言うのは、仏を信仰する者の行う行為である。  そして、神を信じる者と仏を信じる者の間に、宗教戦争が起こらなかったこの世界でも、悲しい事に仏を信じる者同士での、宗教戦争と言う物は存在してしまっていた。  仏を信じる団体は、僧兵と言う戦闘員と高い軍事力を持ち、民間人達をも巻き込む、大きな戦争を巻き起こす事があったのだ。  その、仏を信仰する宗教団体と呼ぶべき物に、物凄い勢力を持つ存在が現れた。巨大な軍事力と、領土を持つ。その存在が現れた。  ジョードガンサンギャ。  その名を世界中に轟かせた存在である。  その巨大な宗教勢力、宗教団体に、かつてのショーコーハバリの主である、トキオーリが近づいた。  ショーコーハバリと言うその男を、討ってくれ、と頼んだのである。  神仏に仕える身として、絶対に許すまじき男。  その男が僧侶である事も、真に許せぬ。  その男を、必ずや討つ。  その悪逆の徒に、神仏の罰を与えてやろう。  ジョードガンサンギャを束ねる男アミタバアキは、そう言ったのである。  そもそも、かつて戦い制圧したカムワと言う土地が、このジョードガンサンギャの、強い影響下にあった。  そう、御仏の前に人は平等であると言う、その教えは、ジョードガンサンギャのものなのだ。  カムワを制圧した事で、いずれは戦わなければならないと、ジョードガンサンギャは思っていたようだ。  そこに、トキオーリからの依頼があった。  ショーコーハバリと戦うべく、大きな大義名分を彼らは手にしたのだ。 宗教勢力と言うものと戦うのは、ショーコーハバリにとってもシャンルメにとっても、初めての体験、初めての戦であった。  そうして、その宗教団体の勢力は、真に大きく恐ろしい程に巨大であった。  シャンルメとショークの軍を合わせても、その勢力には到底及ばぬ。  軍勢の差が、凄まじいものであった。  宗教勢力でありながら、ジョードガンサンギャは領土を持っていた。  そして、その領土の民は勿論の事、世界各国にいる「信者達」を兵士として従えているのである。  倒し切る事は、不可能であろう。  ひとまず、敗退をさせるしか無い。  ショークはそのように思っていた。 その戦はミカライと言う若者にとっては、2年越しにようやく叶った、初陣であった。  サンガイチとシズルガーはイナオーバリに与した。正式にイナオーバリの一部に、イナオーバリの領土となったのである。  シズルガーはミカライと縁の深い、かつてのヤツカミモトの部下が治めていると言う。その男はヤツカミモトの部下とは言えどもヤツカミモトと血縁があり、そして、ヤツカミモト以上に人望のある者だったとの事で、シズルガーは安心であろうと、シャンルメはミカライから報告を受けていた。  そしてミカライはシャンルメとの約束通り、サンガイチを立派に治めてくれている。サンガイチの部下や領民達は今までと変わらず、サンガイチの若君が領主のような立場となり、国を治めてくれている事を……だが、未だ14の幼い領主の背後には、自分達を支配しているイナオーバリと、そして、ギンミノウと言う国による守りがある事を喜んだ。  国防は強くなり、しかし、国家としては大きく変わらぬ。その事は、非常に喜ばれたのである。  だがミカライは、自分はもはやサンガイチの若君などと、呼ばれるべき男ではない。と言った。 「俺はもはや、ただのカズサヌテラス様の部下だ。部下の1人が、イナオーバリの領土の中にある、城と地域を任されているだけだ」  そう言い、ミカライはその大きすぎる目を見開き、馬上のシャンルメとショークを見上げた。  ちなみにミカライは、何度、それが真実の名なのだと言っても、シャンルメをシャンルメと呼ばず、かたくなにカズサヌテラスと呼んでいた。  そう言えばジュウギョクもそうだ。2人は少し、頭が固いのかも知れない。  トーキャネなどは、お名前で呼ぶなどと恐れ多いと「お館様」と呼んでいる。呼んで欲しい名のシャンルメで、呼んでくれる者は少なかった。  ミカライは爛々と目を光らせて、ショークを見た。 「お会いしたかった。ショーコーハバリ様。お噂はお聞きしていたが、俺よりもそんなに背の高い方には、俺は初めて会った」  そう言うミカライに 「お前も、14とは思えぬ体躯をしているな」  とショークは返した。 「実は、お願いがあります」 「うむ。なんだ」 「ぜひ一度、俺と手合わせを願いたい。実はカズサヌテラス様に手合わせを願い、負けたのだが……その時に自分よりもずっと、ショーコーハバリ様の方が強いと、カズサヌテラス様がおっしゃったのだ」 「シャンルメが、そのような事を言ったのか?」 「はい。だからお2人は戦って、カズサヌテラス様が負けて、同盟者になったのかと思っていた。そうしたらカズサヌテラス様は言ったのです。わたしは戦わずに負けた。あの男に惚れたのだ、と」  その言葉に、ショークの隣にいたシャンルメは、顔から火が出る思いがした。 「な……そ……そんな事……」  と言って、顔を真っ赤にして照れた。  ミカライの言葉とシャンルメの様子に、ショークは大きな口をあけて、笑い声を響かせた。 「良いだろう。お前の事は気に入った。この戦で武功を立てよ。そうすれば手合わせをしてやる」 「はい!必ずや武功を立てまする!」  そう言い、ミカライは深く頭を下げた。  シャンルメは戦地へと赴いた。  ショーコーハバリも戦場へと駆けた。  2人は別々に指揮を執る。  その理由はトーキャネには分からなかった。  2人が戻って来る、守るべき陣営をトーキャネはミカライと任されていた。  若君であった身分なのに、そんな気取ったところは無く、懸命に武功を立てるために頑張っていて、この……そうは見えないけれど自分よりも少し年下の、ミカライと言う武将は、良い奴なのだと思う。  そう思うけれどトーキャネは、何だかこの若者が気に入らなかった。  いや……正直に言えば、気に入らぬのはこの若者では無い。この若者の言った言葉だ。  お館様が、あの男に惚れたと言った。  そう言われて、お館様が真っ赤になって照れた。  と言う事が、正直、正直、おれには気にくわぬ。  トーキャネは、そう思っていた。  若君であったにも関わらず、自分達にも仲間として接してくれて、いい方だ。とは思う。  けれど……あの発言は余計だった。  しかも、あの男本人の前で。  そのように思っていると、ミカライは 「あそこにいる奴ら、こちらから蹴散らすべきでは無いか?」  とトーキャネに言って来た。  良く目を凝らすと、こちらを見張っているジョードガンサンギャの信者、兵士達が見えた。  視力のいい若君だな、とトーキャネは思った。 「いや。攻撃を仕掛けて来ないのなら……」  と言いかけた時 「それでは、いつまでも武功を立てられん!」  とミカライは言った。 「そなたはこの陣営を守っていれば良いと思うのかも知れないが……あの、ジュウギョクと言う武将だけを連れて行かれて、悔しくは無いのか!」  そう言ったミカライに対し 「悔しいに決まっておろう!」  とトーキャネは言った。 「ならば、我々も活躍せねばならん!」  そうミカライは言った。  ミカライの作戦はこうである。  トーキャネは熱の力で熱風を起こせる。  ミカライは爆破の力である。  ミカライの爆破の力を込めた石を、トーキャネの熱風で、遠くからこちらを偵察しようとしている者達にぶつけるのである。これを蹴散らすのだ。  トーキャネはミカライの言う通りに、ミカライが次々に赤く光らせた石を、熱風で飛ばした。  すると、火傷を負った敵方の兵士達は、逃げるどころかこちらに向かって来た。  だから言わんこっちゃない。  わざわざ攻撃を仕掛けて、刺激する事は無いのに。  そうトーキャネは思うが、ミカライは 「俺は武功を立てなければならぬ!」  と言って、攻撃をして来る敵陣に駆けていった。  つくづく頑張り屋の、負けず嫌いの若君のようだ。 「仕方ない!おれも戦う!」 そう言って、トーキャネはミカライに加勢した。  剣や槍を持って、攻撃をして来る信者達に向かい、トーキャネは 「熱の神!熱風返し!」  と叫んだ。  すると、その剣や槍が、熱により形を歪めてしまう。  カムワとの戦いでも使った、防御を出来る技であった。もっと極めて行けば恐らく、溶かしたその槍や剣で、相手を攻撃が出来る、防御と攻撃を兼ね備えた技に出来るだろう。 「爆破の神!剣技一閃爆破!」 刀を振るい、爆破の攻撃を、その刀に乗せるようにして、ミカライは相手にぶつけて行った。  振るわれた刀の剣先から、爆破をぶつけるような技である。少し離れている者に対し、爆破を届けられる。  お館様との一騎打ちの時には使わなかった技だ。  多分、新たに編み出したのだろう。  トーキャネはそう思った。  2人の爆破と熱の力により、その場は勝利を収めた。 味方の陣に戻って来ると 「そなたは、なかなか強い男だな。いつぞやは老人だなどと言って、すまんかった」  とミカライは言った。  覚えていたのか、とトーキャネは驚き、そうして、先程の一言は本当に余計だったけれど、この若君は良き人物、良き味方だなあ、と改めて思った。  トーキャネ達を置き、シャンルメはジュウギョクと共に戦地に赴いていた。  シャンルメにとって、一番のお気に入りで最も隣で戦場を駆ける相手は、ジュウギョクである。  その事もトーキャネには面白く無かった。  ミカライに言った、「悔しいに決まっておろう」は本心である。  しかし、シャンルメはけっして、このジュウギョクがショーコーハバリに付けられたからとか、ましてやいい男であるからなどと言う理由で、可愛がっている訳ではない。  敵を殺さぬやり方をする。それを気に入っているのだ。そして、それを気に入っているのは、真にお館様らしい。とトーキャネは思っていた。  乱取りを嫌い、人々を守り、救ってくださる若君。  その方が、ジュウギョクを気に入るのは当たり前だ。  だから、仕方がない話なのだが、その時もシャンルメはジュウギョクを連れて、決戦に臨んだ。  だが、カムワとの戦いと勝手が違う。  影を弓で射り、自由を奪った後に降伏を勧めても、信者として戦う彼らは、降伏ならば死を選ぶ。  結局は、殺さなければならなくなってしまう。  そこで、シャンルメとジュウギョクは違う手を使った。もう1つのジュウギョクによる、光と影の技を使ったのである。  そう、辺りを暗くする。ショーコーハバリの闇の技に近い。大きな影の中に、敵対する者達全てを入れたのである。  そこに光の矢を射る。  すると、その影の中にいる者達は全て、意識を失うのである。  人々が意識を失っている間に、シャンルメは討つべき相手を討った。鋭くその首を落とす。  指揮している者は、一目で分かる。  そう、神々への偶像崇拝を固く禁止している、この世界ではあるが、実は「神の別名」である「仏」には偶像崇拝があった。  仏の姿を彫るのである。仏像と言うものを、とても神聖な物として扱っていた。  カムワの指導者達もそうだった。ジョードガンサンギャの軍を指揮する者達は、兜にその仏像を付けているのである。  翼の刃で指揮官の首を切り落とし、そしてその兜の仏像も斬り落とす。  その仏像を人々が眠っている間に手にした。 「1人も殺さず、この場を収めたかった。でも、それは難しい。仕方がない。だが、この者以外の者は殺したくない」  シャンルメはそう言った。  意識を失っていた者達は、一斉に目を覚ました。  指揮官が仏像と首を奪われた事で、信者達は騒然となった。 「良いか。我々は一時、貴方達の意識を奪った。その間に貴方達全員の命を、奪う事も出来た。だが、指揮官の首だけを落とし、この御仏の像だけを奪い、貴方達の命を奪わなかったのだ」  そう言い、折られた仏像を高く掲げた。 「貴方達は御仏への信心で戦っている筈だ。神々と御仏への想いで、戦われている筈だ。我々と戦う事が本当に神々が、御仏が、望む事なのか?指揮官以外の者の命を奪いたくはない。だが、我々となお、神々が御仏が望まぬ戦いをすると言うのならば、再び貴方達の意識を奪い、そうして全員の命を奪わせていただく。逃げる者は追わぬ!撤退せよ!」  その言葉にしばし呆然としていた信者達は、やがて背を向け、撤退をしだした。  シャンルメはその光景を見入り 「お前の戦い方、人を殺さずに戦を収めたいと言う思いは、本当に素晴らしい」  そうジュウギョクに言った。  とんでもない。素晴らしいのは貴方だ。  改めて、ジュウギョクはそう思う。  ドータナミにも言った。この方を守れる事は誇りであり喜びであると。  残酷すぎるショーコーハバリでは無く、カズサヌテラスの元で戦える事。それを本当にジュウギョクは心から幸福に、そして誇りに思っていた。  だが……少し気になる事がある。  先程のミカライの言葉。そして、その言葉を言われた時のカズサヌテラスの態度。  胸にひっかかる。  どう言う事なのだ。  ジュウギョクはその思いで、カズサヌテラスの横顔を見つめていた。 信者達が撤退して来た事を、アミタバアキは怒った。  しかし詳しく事情を聞き、納得しそれを許した。仕方が無い話なのかも知れぬ。と思ったのだ。  カズサヌテラスと言う若者、その若者は、あるいは殺さなくても良いのかも知れぬ。 カズサヌテラスはイナオーバリに攻め入って来たシズルガーを倒した後も、その国をなかなか領土にはせず、今も領土にしたとは言えど、国としては大きく変わらぬ形で残していると聞く。  だが、ショーコーハバリは違う。  奴は、この世界の全てを無理やりにでも支配しようとしている男だ。このままでは我が領土も危ない。生かしてはおけぬ。  何とか、ショーコーハバリからカズサヌテラスを引き離し、ショーコーハバリを少数の軍勢に追い込まなければならぬ。そう、罠をかけなければ。  ショーコーハバリを倒した後に、カズサヌテラスに対し、御仏はこの戦を望まぬ。悪逆の徒を倒したかっただけだ。そう伝えたならば、カズサヌテラスも我々に降伏をするのでは無いか。  アミタバアキはそう思った。  そして、その作戦にトキオーリも同意した。  その陣を引いた者が、トキオーリ本人であった事を先に知っていれば、少しは警戒したかも知れぬ。  敵の陣、その行動と陣形を見たショーコーハバリは、これを夜襲で破ろうと言い出した。  これならば、夜襲をかければ簡単に討てる。  そなたの手を煩わせるまでも無い。  敵の数は多い。  そなたを守るための軍勢を残して行く。  俺は朝には戻る。待っていてくれ。  そうシャンルメに言い、ショーコーハバリは少数の精鋭を連れて出撃した。  朝になって戻って来た時、シャンルメに何と言うかそれを決めてあった。  明日朝を迎えるその日は、特別な日になる筈であったのだ。  ショーコーハバリならば、少数の精鋭で夜襲により敵を打ち破る。それを、かつての主君であったトキオーリは良く理解をしていた。  夜襲をかけさせ、その夜襲を終えた朝が来たその瞬間に、10倍以上の軍勢で完全に包囲する。  それがジョードガンサンギャと、そしてトキオーリの用いた戦法だったのだ。  そこは、だだただ広い草原では無く、林に囲まれた場所であった。だから、彼らがその戦法を使うのは容易だった。  闇に紛れ、気付かれぬように包囲する。  音も立てぬように近付き、そして、日が差した瞬間に、林から多くの者達が四方を囲っている事を相手に悟らせたのである。  そう、罠に堕ちた。  完全に包囲された。  あり得ぬ程の軍勢の差だ。  日が差し、その自らの陥った危機に気が付いた時、百戦錬磨のショーコーハバリの精鋭の者達にも、混乱が見えた。非運を嘆き取り乱し、うなだれる者がいたのだ。  精鋭と言われた者達も、絶望を感じ、混乱に陥っていた。  そこに、ショーコーハバリがその口を開いた。 「良いか。もしもこの戦に負けると言う事があるのならば、それはただ、俺が弱いから。そうして、お前達が弱いからなのだ」  部下達は驚き、ショーコーハバリを見つめた。 「少数でいるところを隙をつかれた。罠に堕ちた。敵の軍勢に数で遥か劣る。そんな事は何だ。真実に強き者は、そんな事では負けぬ。勝つべき運命(さだめ)にある者は、どのような事をも跳ね返す。そして……俺はこの俺自身と、お前達の強さを信じているぞ」  ショーコーハバリのその言葉に、部下達は顔を上げ、ジッと主を見つめた。  どのような戦場でも真っ先に戦陣を駆け、あり得ぬ程に傷を負い、土の上で眠り、下人と同じ飯を食い、兵糧が絶たれたら、真っ先に飢える総大将。  その総大将に向かい、1人の若者は 「貴方を生かすために、守るために死ぬ。ずっとそれを望んで来た。そうだ。ついに、俺の望む死に場所が訪れたのだ。むしろ誉れ高い。嬉しい程だ!」  そう背を正し、ショーコーハバリを見つめた。  若者の隣に、もう1人の若者が進み出て 「俺も、貴方を生かすためにこの命を捧げる覚悟だ。だが、俺は死んだとしても……貴方が、俺に俺達に、心からの感謝をしてくれる。そんな戦場に、必ずしてみせます!」  そう、凛と背を正して言った。  その若者達の言葉に、そこにいた兵士達は、俺も!俺も!と声をあげた。  もう、取り乱す者も、うなだれる者もいなかった。  全ての者が戦う事を覚悟し、誇りに思っていた。 「うむ。お前達は必ずや、この危機を突破する強き者だ!行くぞ!!」  ショーコーハバリの言葉に、人々は歓声をあげた。  シャンルメは何故だか、胸騒ぎがした。  何でなのかはうまく言えない。  自分ばかりがこれだけの軍勢に守られいて、良いのだろうか、と思った。  敵の様子を偵察して欲しい。  そう間者に頼み、見て来てもらった。  動きがある。それも闇に紛れての大きな動きだ。  そう、間者から神の声が伝えられて、朝が明けようかと言う時に、ジュウギョクとトーキャネを連れて自らも様子を見に向かった。  敵に悟られぬよう、動く時は少人数の、神と契約をする強き者を従えるに限った。だからこの2人を連れていたのである。  すると熱い血が、ふと、つたるのを感じた。  何と言う事だ。月のものだ。突然来た。  シャンルメは……まあ、それが不順で無ければ、あまりにも決まり切った時に、月に3日休んでいたら、女性だとすぐに知れ渡り、困った事になったのかも知れないとは思うが……  月のものが、不順だった。  1カ月以上無い時もあるし、終わったと思ったら、また血が出る時もある。  痛みもあるし、出血も多かった。  戦の時に悟られぬように、なるべくは赤い着物に赤い鎧を着ていたが……  そして、シオジョウにふんどしが良いとは言われて、それをするようにしていたが……  うかつだった。今日の着物は薄い黄色。誰から見ても悟られてしまう。  突然来た月のもので、脚に血がつたるのを感じた。  どうすれば良いのか、焦り、戸惑うしか無かった。  目の前にいたジュウギョクは 「カズサヌテラス様……脚にお怪我を!」  と言った。 「見せてくだされ!手当をなさいます!」  そう言って、シャンルメに触れた彼に対し 「ち、違う……さ、触るな!」  とシャンルメは焦り、言った。  その様子にトーキャネはピンと来た。 「お館様……!」  と言い、シャンルメの元に跪いた。 「奥方様の元にお連れします。その足の血は、とにかく拭いてくだされ。おれの汚い着物などお貸し出来ぬ。何で拭けば良いのか……」  そう言ったトーキャネにジュウギョクは、纏っていたその新品に近い着物を破り 「これでお拭きください」  と言った。 「お手当はお嫌なようだ。無理にはしません」  そう言ったジュウギョクに 「ありがとう。声を荒げてすまない」  とシャンルメは言った。  血を拭いても、また血がつたって来る。  何とか血をぬぐいながら、シオジョウの元へと急いだ。そこに、風の神の声が降った。  ショークが罠に堕ちた  軍勢に囲まれた  その神の声にシャンルメは驚き、慌ててショークに声を飛ばした。  ショーク……無事か、無事なのか!  その言葉に、ショークから  そなたは来るな。  と言う、短い返事をもらった。  その声に、シャンルメは 「ああ……!」  と言った。 「大変だ!トーキャネ、ショークが……ショークが危ない!早く、早く助けに向かわねば……!」 「落ち着いてくだされ、お館様!とにかく奥方様の元に向かい、その血の……血の原因を、何とかしなければなりません!それが先です!」 「でも……でも、ショークが……!」 「落ち着いてくだされ!!」  そう言ったトーキャネは 「俺はあの総大将は好きません。しかし、そう簡単に負けぬ強い男だと思っている。信じてくだされ。あの男を。とにかく奥方様の元に向かいましょう!」  そう言われ、シャンルメは涙ぐみながら、シオジョウの待つ、幕僚達の元へと向かった。  血を流しながら帰って来たシャンルメに、幕僚達は驚いたが、シャンルメは 「大丈夫だ。とにかくシオジョウと2人にして欲しい」 と言った。 シオジョウは、これでもかと血が漏れぬように工夫を凝らし、ふんどしも二重にした。 「わたしは……ショークの元へと向かう」  と、シャンルメは言った。 「罠に堕ちた。敵の軍勢に囲まれた。その言葉が真実なら、助けに向かうのは命を捨てるようなものです。第一、来るなと言っているのです」 「だが、ショークを救いに行きたい。何としても」 「なりません。シャンルメ様は父の志を継ぐ者です。何としても、天獣をこの地に呼ばねばならぬ方。父の巻き沿いに死ぬ事は、父も望んではおりません」  その言葉に、シャンルメは涙ぐんだ。 「敵襲を突破したか、確実に救える方法が見つかったかしない限り、向かう事は許しません。シャンルメ様、お気持ちは分かりますが耐えてください」 シャンルメとシオジョウが2人で話し合う中、ジュウギョクはトーキャネの元に向かった。話がある。他の者はいないところで。と言い、2人になると 「正直に言ってもらいたいのだが……カズサヌテラス様は、女性なのではないだろうか」  と言った。 「い……いや……そ……それは……」  明らかにトーキャネは狼狽してしまった。 「先程の出血はもしや、月のものだろう。それに、カズサヌテラス様はショーコーハバリ様に、惚れたと言われただろう。男が男に惚れるなど、良くある話だ。だが、それを言われた時の驚いて狼狽したご様子は、どう見ても、男に惚れた女性のそれだった」  トーキャネは何と答えていいか分からず、戸惑ったまま、言葉が出てこなかった。 「沈黙も答えだ。この事は他言無用なのだろう。誰にも言わぬ。安心してくれ」  そう言って微笑み、ジュウギョクはトーキャネに背を向けた。  実はジュウギョクは、カズサヌテラスが、ショーコーハバリに惚れていると言われ、真っ赤になって戸惑った時、本当に胸が痛んだ。  まさか、貴方はこんな男を想っているのか。  そのように思ったのだ。  人を殺したくないと言う、自分の望みを分かってくださる方が、あんなにも残虐な男に惚れている。  その事が悔しく、胸が痛んだ。  そうして……もしやこの方は、女性なのでは無いだろうか、と。そのようにも思った。 そこに、先程の月のものの騒動である。  カズサヌテラスは、やはり女性であったのか。  その事を納得し、とても嬉しく思う自分がいた。  あの方を男性とは思えなかったのは、当然の事だったのだ。  あのような残虐な男に惚れていると言うのは、正直悔しく、悲しくはあるが、カズサヌテラスが女性である事は、とても嬉しかった。  そう言えば、最近タカリュウも、カズサヌテラスへの嫉妬を口にしない。先日会った時も、それを全く口にしなかった。  あの幼馴染も、この秘密に気付いたのだ。  そして自分と同じように、他言無用と決めて、親友である自分にもそれを口にしないのだろう。  ジュウギョクは、そう思っていた。  敵陣に本格的に乗り込む前に、ショーコーハバリは舞を舞った。能力者は、舞える者は皆、ここで舞っておけ。出撃すれば舞を舞う隙は無い。  そう言って目を瞑り舞い、舞い終えると、行くぞと言って、大きな馬に乗った。  誰よりも先頭を駆けて、10倍以上の兵力の中に突っ込んで行く。  闇により、敵陣を切りきざむ。  それでも、10倍以上の勢力……戦闘員はもちろん、舞の舞える者達も多く連れているその勢力に、ショーコーハバリの軍は押されていった。  まず、ショーコーハバリの乗った巨大な馬が、敵の舞の攻撃により目を潰され、前足を深く傷つけられ、痛みに暴れ、制御不能となった。  その馬をショーコーハバリは乗り捨てた。  地に立ち槍を持ち攻撃をすると同時に、敵陣を闇で切り裂いた。槍をふるう事により、闇の刃の攻撃が、より広範囲に広がるのである。沢山の兵士達が自分に向かって来る。それを切り裂き、相手の攻撃を受けながら、負けじとまた切り裂く。  仲間達が、殺されていく。  ショーコーハバリを守るために命を捧げると言った若者。その若者の声に同意した者達。  多くの者が、大切な仲間が死していった。その時、 「生きている我が軍の者は、皆、俺の背後に回れ!」  とショーコーハバリは叫んだ。  そのような事を叫ばずとも、先陣を切って攻撃するこの男の、前にいるような兵士はいなかった。  攻撃をしてしまう仲間の兵士はいない。  それを確認したところで、ショーコーハバリは鎧の隙間から、小さな石を出した。化石である。  その化石を、敵陣へと放り投げる。 「歴史の闇に葬られしもの、暴獣、召喚!」  その言葉と共にその化石から、遥か遥か昔にこの世界を支配していた、凶暴な獣が現れた。とてつもなく鋭い爪と、恐ろしい刃のような歯を幾つも持つ、その幻の獣は、ショーコーハバリの前に立ちふさがる、敵陣の兵士達に襲いかかって行く。  見た事も無い恐ろしい姿の、あり得ない獣の攻撃に、敵陣の兵士達は恐れ、逃げ惑い散り散りになった。  肩や腕や脚がちぎれ、砕け散り、全ての者が悲鳴をあげて逃げ惑った。やがて 「我が手に戻れ!」  と叫ぶと、暴獣は化石になりショーコーハバリの手に戻って来た。その化石を胸にしまうと、もう1つの化石を手に取り、 「歴史の闇に葬られしもの、巨象、召喚!」  と、放り投げ叫んだ。  この世界の遥か南の世界に、象と呼ばれる巨大な獣がいるらしい。しかし、その巨大な獣と比べても、比べ物にもならぬくらいに巨大な生き物が……かつて、この世界にもいた。遥か遥か昔の事である。  城であっても体当たりし、踏みつぶし、壊し尽くすであろう、とてつもない巨大な存在。その存在をショーコーハバリは召喚した。  その巨大すぎる象はその太い足で、敵陣の兵士達を、これでもかと踏みつぶして行った。  闇の能力者は歴史の闇の中から、かつて生きていた者を召喚する事が出来る。  母やミョーシノを召喚する事も、もしかしたら出来るのかも知れぬ。だが、そのような感傷に浸るような事に、闇の力を使う気はない。亡くなった者には死してから会えばいい。  そして、とても強い亡くなった戦士を召喚し、共に戦っていた者もいると聞くが、ショーコーハバリにはそのような召喚をする気は無かった。  今まで死した者も含めて、自分が最強の者になると決めていたからだ。  だが……人ならざる者であれば、自分を超える力を持つ者もいよう。  遥か、太古の昔に生きていたと言われる幻の竜。  その化石と言われる物を、ショーコーハバリは大金を使い、各国から取り寄せた。  取り寄せた化石を一通り召喚し、その中でも巨大で強き者を選んだ。  彼の体の傷には、この暴獣と巨象につけられた物もある。どのように飼いならすかと最初は苦心したが、この幻の龍は知能は高くない。ゆえに、背後にいる自分に襲っては来ない。目の前にいる敵に向かい攻撃をして行く。それが分かってからはこの2匹は、真に心強い味方となった。 唯一の困ったところは、暴獣と巨象の2匹まとめての召喚は出来ぬところだ。暴獣は時に、巨象に襲いかかる。巨象も暴獣と戦おうとする。だから、1匹ずつの召喚にはなるが、この歴史の闇からの召喚の攻撃は奥の手とも言える攻撃で、知る者は少なかった。  この攻撃を受けた者は、まず絶命するからである。  これを機に、ショーコーハバリの命を奪える筈だ。  そう思っていたトキオーリは言葉を失った。  まさか、まさか、これ程恐ろしい男を自分はかつて従えていたのか。この男の恐ろしさに、自分は気づきもしなかったのか。  こんな男を家臣にしてしまった、かつての自分に怒りが湧いた。  者達は本拠地を捨て、散り散りになり逃げ去った。  勿論、アミタバアキもトキオーリも、その逃げ延びた者の中にいた。  全ての者が逃げ去り、誰も残らなくなったその拠点に、ショーコーハバリと僅かに生き残った彼の兵士達がやって来た。  祭りの後かと思う程に、そこには戦いの準備など無い本拠地であった。  勝利を収めた後の、酒と食料がある。  祝いでもするつもりだったのだろう、と思った。 「腹が減った者は食っていけ。ただ、酒は飲むな」  とショーコーハバリは言った。  総大将はどうするのか、そう聞かれ、俺はいらん。傷に堪える。と言った。実は戦場にいる間は、絶対に美食を口にしないように己を戒めていた。  ただ、傷が深いのも確かだ。  戦いにより無数の傷を負い、そうして、どこで負ったかも分からぬ。無我夢中で戦っていたから、傷を負った時の記憶がない、腹の傷が深かった。  顔を歪め、起き上がろうとしたところを、生き残っていた兵士達に支えられた。 「10倍以上の敵兵に囲まれ、そこを突破なさるとは……奴らも我らに負けようとは、夢にも思わなかったようです。全く、敵は、歯向かった相手が悪かった」 「うむ。そうだな……」  そう言いながら、ショーコーハバリは、痛みに顔を歪めた。 「治癒の能力者は、生きているか」 「いや……それが……」 「仕方がない。このような傷で息絶えるのならば、それが俺の運命(さだめ)か。俺の志を継ぐ者も、俺の国を守る者もいる。血にまみれたこの俺が、よくよく生きたものだ。覇者として生き、覇道を進んだ。天獣を呼び寄せられぬ、天下を泰平に導けぬ事は無念ではあるが……この生き様に、悔いは無い」 痛みに顔を歪めながら、息を吐き 「だが……シャンルメは……どうしているのだ……」  神に声を授けた。  俺は無事だ。敵を倒した。ただ傷が深い、と。 この言葉を届けてくれ。  そう思いながら、血の止まらぬ腹に手をやった。  シャンルメはハッとした。  そうして顔を上げ、シオジョウに向かい 「ショークは無事だ!」  と言った。 「今、声が届いた!敵を倒したが、傷が深いと!」  涙ぐみながら、シオジョウの手を握り 「貴方は治癒の能力者だ。わたしと共に来てくれ!」  そう言い、赤毛の馬に乗り込んだ。  シオジョウも急ぎ、シャンルメの後ろに乗る。 「皆、待っていてくれ!総大将を連れて帰る!」  そう言い、駆けだして行った。  ショークは神の声を聞こうとした。  シャンルメは無事なのか。どうしているのかと。  シオジョウを連れ、そちらに向かっている!  その、小さき声が頭に降った。 「そうか……」  ショークは口元に笑みを浮かべた。  負った傷に手を当てると、その手が真っ赤に染まる。  大小様々な傷を負った身ではあるが、ここまで血が止まらぬ事は珍しい。  そこに…… 「ショーク!!」  シャンルメのその声が響いた。  シオジョウを後ろに乗せ、赤い馬が駆けて来る。  駆け下りて来たシャンルメは泣いていた。  馬から降り付いて来たシオジョウは、その場で舞を舞いだした。驚いて見入るショークに 「癒しの神よ」  と娘は呟き、その手を翳した。  血が止まって行く。ショークは驚いて娘を見、 「まさか……我が娘が、癒しの能力者だったとはな」  と言った。 「父上にはお伝えしたくなかったのです。利用されたら嫌なので」  そう言った娘に 「嫌われたものだ」  とショークは笑った。  傷は勿論、癒しの神の力をもちいても、そう簡単には完全には癒えぬのだが、何とか血が止まり、動けるようになった。ショークはシャンルメとシオジョウとに支えられて、幕僚達の元へと戻った。  傷を負いながらも生きて帰って来た総大将に、幕僚達は喜び、歓声をあげた。 「俺を生かすために、死して行った者達がいる。その者達の思いは全て、俺の中で生きている。俺はこの俺自身と、俺の軍団の者達の強さを信じていた。そうして、こうして生きて戻って来た」  人々は涙を流し、その無事を喜んだ。  やがてショークは、シャンルメと2人にして欲しいと周りの者達に頼んだ。 シャンルメは涙ぐみながら、彼の元へと向かった。  そして、ショークは一言 「今日、お前は16になった」  と言った。 「わたしの誕生日を……」 「忘れる筈が無い。そなたが16になったら、俺はそなたを愛しているのだと、そう告げようと思っていた」 「ほ……本当に?」  驚いて息を飲み、 「わたしも……貴方を愛している……」  と小さく言った。 「ああ。分かっている。だから、この思いを告げる時は、そなたを抱く時だと思っていた」  やがて小さく笑い、 「まさか、そなたをこの手で抱けずに死ぬのか。それを思うと、恐ろしくて仕方が無かった」  ショークがシャンルメの頬を両手で包むようにして、2人は見つめ合った。 「天獣を呼びし夢が叶わぬ。この戦乱の世を救えぬ。この世界の覇王とはなれぬ。それ以上に……そなたをこの手で抱いていない事。そればかりが口惜しかった。全く、俺は呆れた男だ。死ぬかも知れぬ。その時に、そなたの事ばかり考えていたのだ」 「ショーク……」  2人は泣きながら見つめ合い、いつかのようにそっと互いの額をつけた。 「その………」  と少し照れながら、彼の手を握り 「傷が治ったら、愛し合いましょう」  そう言ったシャンルメに 「傷口など開いても、そなたを抱きたいがな」  とショークは笑った。  イナオーバリにある、マシロカの住まいと言う事になっている寺院で、ショークは療養をした。  傷の深いうちに、ナヤーマ城に戻る事を恐れたのだ。  鉄壁の強さを持っているナヤーマ城であるが、それでもこの男を狙う者は多い。  正直に言えば、他国からナヤーマ城を攻められる事はさほど心配していない。だからこそ戦の仕方も知らぬ、嫡男に任せておく事が出来る。ナヤーマ城はまさに、鉄壁の城なのだ。  むしろ、成り上がり者である自分に従えられている事に対し、不満を持っている内部の者から、命を狙われる事を恐れたのだ。  共に戦場に立つ者には心から慕われていたのだが、戦を共にはしない者も、城にはいた。この成り上がり者めと苦々しく思う者は、どうしてもいる。  どこで療養しているか、謎であった方がいい。  イナオーバリにいれば、いつでもシャンルメの軍が彼を守る事が出来る。  癒しの能力を持つと言うのに、薄情な娘のシオジョウは滅多に顔を出さなかったが、シャンルメは毎日のように見舞いに来ていた。  そう言えばシャンルメは今年も、誕生日を戦場で迎えた。  今回の誕生日は、特別な日だった。  ショークに思いを告げられたのだ。  誕生日などと言う物は、そもそも戦場に立つ者は祝わない方が良いのかも知れない。シャンルメは、そのように思うようになった。  そんな時、着物と髪飾りと甘味を贈られた。  ある日、マシロカの住まいの寺に行くと、そこにその贈り物があったのだ。  こんなに素晴らしい物を貰っていいのか。  そう、シャンルメは涙を流し喜んだ。  貴方はまだまだ傷が深いし、凱旋式も執り行えない。それなのにわたしだけこんな贈り物をもらうなんて。そもそも、戦場に立つ者はこんな祝い事など、するべきでは無い気がする。  そう言ったシャンルメに 「寂しい事を言うな」  とショークは言った。 「だが、凱旋式と言うのは、もはや、わざわざ執り行う必要は無いかも知れぬと俺も思っている。まして、今回の敵は完全に討ち破れた訳では無い。軍勢の多さを考えれば、一度の戦で討ち敗れるとはそもそも思わなかったがな」  そう言い 「戦に勝つたび祝いをしていては、そのたびそこに金を使ってしまう。金は戦の祝いでは無く、戦に使いたい。だから今回は凱旋式を執り行わない。いや、今後はよほどの時以外は、執り行わぬ事にする」  と言葉を続けた。  とても、ショークらしい発言である気がした。 「そしてだな。この着物、何か気付かぬか?」 「ええ……うん……白と薄い青の着物で……戦場ではあまり着れないかな、と思った」 「そうだろう」  そう笑ったショークは 「この着物を着ての舞は、兵士達や、神々のためでは無く、俺のために舞え。俺にだけ見せてくれ」  そう言われてシャンルメは、深くうなずき、寺の隣の部屋に行き、着替えて来た。 「とても美しい」  そう言われて微笑み、 「舞はまだ……横になっている貴方が、振動で傷が痛んではいけないから……」 「そんな痛みなど、気にせんが」 「駄目。一刻も早く治して欲しいから。今は我慢して」  そう、シャンルメは微笑んだ。  シャンルメとショークの2人の意向により、この年から凱旋式とシャンルメの誕生祝は、行われない事になったのである。  それにガッカリした者は少なからずいた。  勿論、トーキャネもその1人であった。  寺での療養は続いていた。  薬と、そして他の能力者の治癒によって、彼の傷は徐々に癒えた。  この世界の「治癒」の能力者の力と言うのは、実はその傷を負った本人の治癒を「早める」ものであり、「引き出す」ものであった。  手を翳せばみるみる癒えるような、都合の良い物では無いし、軽い傷ならば勿論軽く治るが、実は重い傷を負った時には、治癒の力を浴びている時は、普通に治す以上の痛みがある。  だが、勿論ショーコーハバリは、その痛みに耐えられぬような男では無かった。  驚く程の速さで、傷を癒していった。  ある日、横になっているショークに、シャンルメは近づいて言った。 「ショーク、聞いてもいいかな」 「うん。なんだ」 「貴方には良く行く、好きな社はあるのかな」  その問いにショークは 「俺は社には行かんな」  と答えた。 「貧しき頃から嫌いだった。賽銭を払うだろう。神のものになるのなら良いのだがな。社を管理する者達のものになるだろう。それが癪だった」  ケチなショークらしい返事に、シャンルメは思わず声を出して笑った。 「そんなにおかしいか?」  と尋ねたショークに 「あまりにも貴方らしい返事で、笑ってしまった」  とシャンルメは言った。 「実は……都の隣の国のヤマラトに、最も戦の強い武神の社があって、そこに父と行った事があるんだ」 「ああ。聞いた事があるな」 「その神様が……貴方に似ている」  ショークは驚いた様子で 「お会い出来たのか」  と言った。 「滅多に会えぬと聞いていた。社にいない神なんだと」 「うん。ショークも知っていたのか。そうなんだ。半日かけて森を探検し、ようやく会えた。お会い出来た時は泣いてしまった。嬉しくって」 「そうなのか……その神が俺に似ているとは、どういう事だ」 「ご気配が闇なんだ。光り輝く蒼い闇だ。闇なのに光り輝いているなんて、おかしいとは思う。でも、それ以外に表現のしようがない。猛々しく恐ろしく、でも暖かく尊い。そういうご気配を感じたんだ」 「そうか……賽銭を払うのも癪なのだがな、会えないのなら行く意味がないと、行く気は無かったが……そなたと行ったら、会えるかも知れぬな」 「うん。場所も覚えている。でも、気まぐれな方で、場所を移動しているのかも知れないけど……」 「次の旅は、そこに行くぞ」  ショークは、シャンルメの髪を撫でて言った。 「絶対に行こう。そしてな……今度は従者を連れて来るな。2人で行く。2人旅だ。絶対だぞ」 「うん……必ず2人で行こう。だから、早く傷を治して欲しい。傷口なんか開いても構わないからわたしを抱くとか、そんな事を言うのは辞めて欲しい」  そう言われショークは少し笑い、体を起こし、シャンルメを自身に近づけ、その唇を重ねた。  シャンルメは、静かにそっと瞳を閉じた。  唇を離した後 「嬉しい……貴方にお会い出来て、わたしは幸せだ」  そう心からの、笑顔を見せた。  ようやく傷が癒え、シャンルメはショークと初めての夜を迎えた。  まさか、心から想う愛しい相手と、こうして抱き合う事が出来るだなんて。  この喜びを誰に感謝したらいいのか。  神々にその感謝を、伝えればいいのか。  そう喜びを感じる一方で、シャンルメはその恐れ多さに泣き出した。 「怖いのか」  と聞かれ 「とても、許されない事をしている気がする……」  と言った。 「父にも母にも、貴方と愛し合う事は、いけないのだと言われていたから……」  そう言われ 「悪しき者はこの俺だ。そなたには何の罪もない」  そう、ショークは返した。  互いに裸を見せた時、シャンルメはショークのその傷だらけの体と、やはり傷だらけの背に背負っている、天獣を描いた彫り物に驚いた。  背後から斬りつけられる事は少ない。だから、背に彫らせたのだと言う。  無数の傷を負った、その幻の美しい獣の姿にシャンルメは、天獣はそのような姿をしているのか。と聞いた。ショークは、それは分からぬ。昔の者が描き記したものの中で、これでは無いのかと思う物を真似て彫らせた。と言い、 「だが……そなたのその、腹の傷……腕にも足にも傷がある。痛々しくてかなわぬ」  と言った。 自分の生涯の中で、男性と愛し合う事は、おそらく無いだろうと思っていた。  その無いと思っていた体験に、シャンルメは驚いた。  気持ちが良くない訳ではない。気持ちはいいのだが……触れられる事がとにかく恥ずかしく、顔が真っ赤になり、その顔を隠した。 「隠すな」  と言って、ショークはその手をどかす。 「声も耐えるな。そなたの可愛い顔が見たい。そなたの愛しい声が聞きたい」  そう言われ、どうしたらいいか分からない、と彼女は答えた。その答えに愛おし気に、彼は彼女の髪を撫でた。  やがて、その身を完全にショークに捧げた時、これが男性に抱かれると言う事なのかと、驚きと痛みとで、体と頭が、しびれる心地がした。  その痛みと激しさに、シャンルメは意識を失った。  目を覚ました時、まだ体には痛みがあり、しびれるような心地もあった。ショークに 「大丈夫か」  と聞かれ、シャンルメは少し拗ねたように 「痛かった……」  と言った。 「すまぬ。女は初めては痛いのだ」  そう言われ 「でも、男は初めての時から心地よいのだろう?」  とシャンルメはショークに聞いた。 「ああ、そうだな」  そう答えたショークに 「不公平だ。女は大変なんだ。月のものも大変だし」  と言ったシャンルメはハッと 「月のものの話は、男にはしないんだった……」  と言った。ショークは笑って 「褥を共にするような男にはしても良いのだ。だから、俺以外の男にはしなければいい」  そう言いながら再びショークは、シャンルメの髪を撫でた。 ショークはその後、突然、2つの盃を取り出してそこに酒を注いだ。そして、 「そなたが酒が苦手なのは分かっている。飲むふりだけでいい。口にだけつけろ。残りは俺が飲む。大切なのは形だ」  と言った。  どういう事だろう、とシャンルメはショークを見つめ、首を傾げた。 「結婚の儀だ。2人きりだがな。俺達は夫婦となる。その証の儀式をしよう」  そう言われ、シャンルメは驚き両目を見開いた。 「俺にとって、生涯で女が3人だけであると言う事は、大切な決め事だった。それを破ってしまう程に惚れた女、それがそなただ。俺はそなたを愛人や傍女だなどと思っていない。そなたは、俺の妻だ」  そう言われ、シャンルメはボロボロと泣き出した。そんな風に言ってもらえた事が、嬉しくて仕方が無かったのだ。 「そなたは俺の、4人目の妻だ」  そう言われ 「貴方はわたしの、1番大切な夫だ」  そう言い、2人は口づけを交わし2人きりの結婚の儀を執り行った。  この人に、他に女性が3人いる事が、自分が4人目だと言われた事が、少しでも寂しく無いのかと、悲しく無いのかと、問われればその答えには困る。  それでも彼女はその時、胸が幸福にいっぱいになり、喜びに涙が零れた。  自分を妻だと呼んでくれる彼の優しさと、誠実さを感じた。3人の女性には敵わないかも知れない。でも、この人を心から愛して行こう。そう誓った。  こんなに幸せな日は、自分の生涯で生まれて初めてかも知れない。そんな風にシャンルメは思っていた。  ショークは城に戻り、オオミの元に来ていた。  ショークの顔を見たオオミは 「貴方、もしかしてと思うんですけれど……前にマーセリさんがおっしゃっていたお嬢さんと、仲が進展したんじゃないですか?」  と言い出した。  そう聞いたオオミに、ショークは思わず飲んでいた茶を吹き出しかけた。  何とか飲み干し 「いや……何故、そう思うのだ……」  と言った。 「だって、何かいい事があったのだろうなあ、と言うご様子。しかも、それを隠そうとしている。そうしたら、そのお嬢さん絡みだろうなあ、と思って」 「俺はそんなに分かりやすい男なのか。シオジョウにもタカリュウにも、そなたにも分かると言われる」 「やっぱり。そのお嬢さんと結ばれたのですね。一体いつ、このお城にいらっしゃるのですか?」 「うむ。それなのだが……前にも言ったように、イナオーバリでやるべき事がある娘なのだ。だから、あの娘をこの地にこの城に入れる事は難しい。望むように生かしてやりたい。だが……何とも……」 「どうしたのですか?」 「日々戦っている娘だからな。あの娘の体には、傷があるのだ」 「貴方の体も、体中傷だらけでは無いですか」 「俺は男だから良いのだ。おなごの体にあんなに傷があるなどと、痛々しくて可哀相で、見ているだけでたまらなくなって来る。あの娘の傷を癒してやる事は、消してやる事は出来ぬのかと、そればかり思う」  オオミは思う。  妻の自分に他の女性をどう思うかなどと言う話を、堂々とするなんて、この人は相変わらず神経が図太い。  そうして……その一方で、本当に心から女性を愛する人なのだな、と思った。  自分も愛してくれる。ミョーシノも愛していた。  もちろん、この城に連れて来て、都に戻って行ったマーセリも愛している。  そうして……その傷だらけのお嬢さんも愛しているようだ。  とても年下の妻である自分の産んだ、シオジョウよりも若い娘に手を出す、けしからん男だけど…… 本当に心から女性を愛し、大切にする人だ。  オオミはそう思っていた。  そんな時、少し驚いた事があった。  いや、驚きはしたがさほど不思議な事ではない。  突然、ショーコーハバリの元に、かつての主であるトキオーリの首が届けられたのだ。  逃げ延びた先で、殺されたのだと言う。  ショーコーハバリと言う男の、10倍以上の軍勢に囲まれてもそれに勝利する強さ。そして、敵を殺し尽くしてから領土とする、今までのやり方。  それを考えれば、トキオーリなど匿ったら、自分達が殺されると、逃げ延びた先の土地の者達が考えたのは、しごく当然の事である。  その、首と貸してしまったかつての主を見て、ショークが思ったのは、ただただ、死んでしまった亡き妻、ミョーシノの事であった。  ミョーシノには、この首は見せられぬ。  さすがに、かつて夫であった者が首になってしまった姿を見たら、あの妻は泣いたかも知れぬ。  かつての夫と、今の夫が争ってしまった。  すまぬ事をした。  だが、それでもあの妻には、生きていて欲しかった。  もう触れる事も抱く事も出来なくなった、愛おしい妻の事をジッと考えていた。そうしてその首を 「晒し首になどする必要は無い。墓を作ってやろう」  と言った。  その言葉を聞いた時、タカリュウは、自分の父と噂された事もある人だったな……と頭の片隅で思い、軍勢を率いて大変な苦戦をさせ深い傷を負わせた男を、それでもかつての主だからと、丁重に弔うショーコーハバリに、少し感心した。  さすがにこの父も、そこまで鬼では無いのか。そんな風に思ったのである。  イナオーバリの、マシロカの寺にショークはちょくちょくやって来た。シャンルメとの逢瀬を重ねた。  そなたの傷は痛々しくてならない。  必ず、そなたの傷を治してやりたい。  何とか癒して、傷の無い肌にしてやりたい。  そう言ったショークに対し、シャンルメは押し黙り、やがて、ポツンと涙を流した。 「ショーク……傷のあるわたしの体は、まさか、そんなに醜いのかな……」  そう、泣きながら言ったのだ。  その言葉に驚き 「な、何を言うのか。そなたが醜い訳が無い。ただ、そなたの傷を見ると、おなごのそなたに傷があるのが、あまりにも不憫に思えて……」 「でも、わたしは貴方と共に戦場に立つ身なんだ。これからだってきっと傷は増える。そのたび貴方がそんな風に、わたしの傷を嫌がったら……」 「だから、嫌な訳では無いのだ。醜いなどとましてや思わぬ。ただ、ただ、俺は……」  この男にしては珍しく言葉に詰まり、下を向いた。 「すまぬ。そなたを傷つけるつもりなど無かった」  その言葉に驚いて、シャンルメは顔を上げた。 「俺は愚か者だ。そなたを泣かせるなどと……」  それ以上、この男は何も言えなかった。  何も言えず、ただ自分を悔いていた。 「ショーク……貴方がわたしの事を思って、言ってくださっているのは分かっている。わたしは女だから、確かに、この体に傷があるのは気になるんだ。気になるけど……戦場に立ち、天獣を呼び寄せる使命を持っているわたしは、どうしても傷が出来る。それは、仕方の無い事なのだとわたしは思っているし、貴方にもそう思って欲しいんだ」  ショークはそっとシャンルメの肩を抱き 「そなたと言う娘は、大変な重荷を背負っている」  と言った。 「貴方も同じだ。貴方も大変な重荷と、そして業を背負っている」 「ああ……そうだな……」 「戦場に立つ身なのに、こんな事を思ってはいけないかも知れないけれど……」  そっと体を離し、ジッと見つめ合い 「顔にだけは、傷を付けたくないな。それだけは正直、とてもつらい」  とシャンルメは言った。 「ああ。俺もだ。そなたの美しい顔に傷がついたらと思うと、想像しただけで胸が張り裂ける」  再び強く抱きしめ 「俺は死ねぬな」  とショークは言った。 「俺がそなたを守る。そなたがこれ以上傷つかぬよう、そなたのその美しい顔に傷などつかぬよう、この俺が盾になる。盾が無くなってはそなたが困る。だから、俺は死なぬ」 その言葉にシャンルメは涙ぐんだ。 「いつ死んでも構わんと思っていた。そなたと言う志を継ぐ者が現れた。ギンミノウを守る事も息子に譲った。だが……俺はそなたのためにも生きるぞ。そう簡単には死なぬ」  シャンルメの頬から涙が流れ 「嬉しい。貴方がわたしと共に生きてくれるのが、本当に本当に嬉しい」  そう言い、2人はそっと口づけを交わした。  褥を共にした後、ショークはシャンルメに言った。 「シオジョウは治癒の能力者なのだろう?そなたの傷に毎夜、治癒をしてもらえぬかな。褥を共にして寝ているのだろう」  その言葉に 「わたし達は褥を共にしていないよ。隣の部屋で寝ている」  と言われ、ショークは 「夫婦なんだから、共に寝るべきだ!」  と大きく言った。 「いいか、断じてそなたは醜くなどない。だが、その傷は癒せるのならば癒すべきだし、これ以上は絶対に、そなたに傷1つ付けぬ。だから、今ある傷は、シオジョウに癒してもらって欲しいのだ」 「うん……分かった……シオジョウに言ってみる」  そうシャンルメは微笑んで言った。  ショークは娘にも手紙を書いた。  そもそも、夫婦なのに褥を共にしないなどと何事か。傷を負うシャンルメを、毎夜癒す事でその傷を治して欲しいのだ。何としても頼む。  と言う内容だった。  いや……女同士なのに、褥を共にしないのは何事か。などと言われても困る。  しかし、そうか。シャンルメ様は戦場で傷を負っている方だ。わたしにその傷跡が薄く出来るのであれば、是非やってみよう。  シオジョウはそう思った。  ミカライは、先のジョードガンサンギャとの戦の後、ショークと手合わせをするとは、言い出さなくなった。  10倍以上の勢力に囲まれ、そこを突破したショークを、なるほど、誰よりもお強い、と思ったからだ。  そうして……僅かな武功を立てたとは言えど、その方と戦える程の武功では無いし、これだけお強いのだ。戦わずとも負ける事は分かっている、と思ったのだ。  自分よりも、遥かに強い者がいる。  それに対して、悔しい思いが湧かぬ訳では無いが、その、とてつもなく強い男の元で戦える自分を、ミカライは誇りに思った。  そして、先の戦でショークと戦い、なんと10倍の軍勢を打ち破られたジョードガンサンギャは、ショークの事を宿敵と認め、必ずこの男を討ち破る。必ず、この男に神仏の罰を与える。と、改めて宣言した。  ショーコーハバリも思う。  この存在は、俺の宿敵になる。 そう簡単に倒せる相手ではなかろう。  だが、この敵とはしばしの休戦となった。  互いに、睨み合いのような状況になったのである。  今すぐに、攻め入って来る恐れはない。  そう思ったショークは、シャンルメを都の隣の国ヤマラトへと誘った。  行くと約束していた社に向かったのである。  だが、今回は2泊ではなく1泊。  城を開けるのは、短い方が安心が出来た。  都の隣の国ヤマラトは、かつて800年ほど昔は、この世界の中心地、都であった国だ。  どこか落ち着いた雰囲気のある、穏やかな国。  ゆえに、首都程の賑わいがある訳では無いのだが、栄えている国だと、シャンルメは思った。  首都との最大の違いは、動物の多さ。  町の中にも沢山の動物がいて、特に鹿が多かった。  何故鹿が多いのかと言うと、実は武神は鹿に乗り、この地に来たと言う、伝説があるのだと言う。  そのため、偉大な神を乗せた聖なる生き物として、鹿はこの地では大切にされていた。  鹿を殺したと疑われたために、処刑される者がいるくらいに、鹿は聖なる生き物であると言う。  偉大なのは神様であり、その乗り物では無い筈だ。  そんな疑いで、人を殺すなんてとんでもない。  シャンルメは、そう思った。  そうして、武神は鹿などと言う、可愛らしい生き物に乗ってやって来たと言う伝説が、あまり似合わない方であるようにも感じていた。  ヤマラトをのんびりと観光する時間は無かった。目的地、武神の社へと2人は急いだ。  かつて800年前、都と定めたその国を守るために、遠方からその武神をお呼びして、祀ったのだ。  だが、あまりにも強い、恐ろしい方。  万が一怒らせなどしたら、都が滅びる。  都が滅びないために、神の力が分散されるように、神を祀る森には入口や出口が多方にあった。  そのような変わった作りだったので、これは一体、どこから入ればいいのだ。とショークは苦笑した。  一度来た事のあるシャンルメの導きで、2人は何とか、その目的の社までやって来た。  深い深い森の中を歩いた。森全体が聖地と呼べる、空気の澄み切った場所であった。やがて、厳かな様子の立派な社の前に、シャンルメとショークは立った。  神の宿らぬ社は、美しく聳えていた。  その前に、シャンルメとショークは佇んだ。  やがて強く 「来るぞ!」  とショークは言った。  シャンルメもハッとする。  大きな偉大な、光り輝く闇を思わせる、蒼きそのご気配が、動いているのが分かった。  ゆっくりとゆっくりと、社へと向かって来る。  そして、社と一体になった。  壮大な偉大な闇が、光り輝く尊い闇が……  重々しく猛々しく恐ろしく、しかしどこか暖かい、そのご存在が、眼前に来たのだ。  思わずシャンルメは涙を流していた。  ショークは用意していた賽銭の5倍もの金を握り、放り投げ、手を合わせた。  シャンルメも急ぎ、賽銭を入れて手を合わせる。  2人は長い事、手を合わせ頭を下げたまま、動かなかった。  しばらくして、空気が変わったのを感じ、目を開けると、社は元の気配の宿らぬ社に戻っていた。  やって来る時はとてもゆっくりと来て、去る時には早いのか。  この神様がそう言う方なのか、神と言うものはそういうものなのか。それは分からないな、とシャンルメは思った。 「そなたがご気配を感じたと言う、山の中の場所は、どこなのだ?」  とショークに聞かれ、シャンルメはそこに案内した。探すのには手間取ったのだけれど、実は意外に近くの場所だったのだと、そう説明した。  そこに行くと、確かにそこには、先程感じた深く輝く荘厳な闇があった。  それをジッと見つめた後に 「迫力がありすぎるな。目を開けていられん」  とショークは両目を閉じた。 「そうかな……わたしはそんな事は無いけど……」  そう言いながらもシャンルメも目を閉じ、両手を合わせた。2人とも静かに手を合わせたいた。 幾度か深くこうべを下げ、名残惜しいがその場を後にした。  再び社の近くに戻ると、風変わりな空間を見つけた。屋根はあるが壁が無い。静かな白い空間で、床は石が敷き詰められ、その上に白い布が敷かれていた。  人々が目を閉じ、瞑想をし、神を感じるための空間なのだと書いてあった。運良く他の者が誰もいないので、その閉ざされた空間で、2人は目を閉じて心を静めて瞑想を体験した。  そうして、静まり返った空気の中で 「俺を良くここに誘ってくれた。宿に帰るか」  と、ショークは言った。  空間から出て、道を歩いていると、後ろから声をかけられた。宿の管理者であろう、神職の男だった。 「待たれよ!そなた達は先程、奇跡を体験したのでは無いか?」  神に仕える社の管理者が、そのようにシャンルメとショークを呼び止めたのだ。 「わたしも神に仕える身。神が動くのを感じた」 「ああ。確かに、神は動いてくださった」  とショークは答えた。 「やはり。社に神がいらっしゃったのは300年以上も昔の事だ。まさか、わたしの代に再び、そのような奇跡があろうとは」  そう、管理者の男は微笑み 「あなた方はけっして、ただの旅の僧侶と女性では無いだろう。しかし、神が動く事があると言うのは、この社では秘密の話だ。300年前の方が、どなただったのかも知らぬし、そのような方がいたと言う話も、我々しか知らぬ。あなた方の事も人にはお話しない。しかししかし、そのような奇跡を体験した方とお会い出来て、真に幸せだ」 「そうか。ならば頼みがある。俺の払った賽銭は必ず、神のために使え。そなた達の贅沢に使ったりしたら、承知はせんぞ」  ショークらしいケチな言葉に、シャンルメは思わず笑った。そして 「管理者の方、ありがとう。今日この社に来て、武神様にお会い出来て、本当に嬉しかった。これからも、このお社を大切にお守りして欲しい」  そう言った。  宿に戻って来て、シャンルメは興奮した様子で 「やはり貴方は凄い方だ。あの武神様が動いたのは、300年以上昔と言うのだから、貴方のために特別に、お社に来てくださったのだ」  そう嬉しそうに言った。その言葉に 「いや。武神はそなたに会いに来たのだと思うぞ」  とショークは言った。 「まさか。わたしが11の時に来た時は、森の中でしかお会い出来なかった。わたしでは無い。貴方だ」 「その時、そなたはまだ幼かったからだ。おそらく、武神はそなたに会いに来たのだ。俺には分かる」 「どうして。どうしてそんな事を言うんだ。わたしは絶対に、武神様は貴方に会いに来てくださったのだと思ったのに」  シャンルメはすでに、少し拗ねていた。  その顔にショークは笑った。 「そなたは天獣を呼びし者なのだろう。ならば、会いに来たのは、そなたに決まっているであろうが」 「まさか。貴方はわたしと共に生きてくれるのだろう。わたしと共に生きてくれるのならば、わたしの隣に立つ貴方が、天獣を呼びし者では無いか」 「そうか。そなたはそう思うのか」 「うん」  深くうなずいたシャンルメに、ショークは頬に手をやりそっと口づけた。 「ショーク……あの……旅先の宿で、その……褥を共にするのは、他の客達に聞かれたら困るし、まずいと思うんだ」  赤くなってそう言ったシャンルメに 「大丈夫だ。今日はこの宿は貸し切った」  そう言ったショークの言葉に、シャンルメは驚く。 「そなたと2人で旅をして、そなたを抱かぬなどあり得ぬ」  ショークの抱き方は、だんだん優しくなってきた。  意識が飛んでしまうような事が、少なくなってきたと思う。触れる手もその抱き方も、優しさを感じるようになった。 そして、初めての時には、恥ずかしいと言う事と、激しいと言う事と、痛いと言う事しか感じなかったのだけれど……  だんだんその触れ合いに、心地よさと喜びを感じるようになった。  その事が、本当に本当に嬉しかった。  裸のまま褥の中で、2人は朝を迎え 「おはよう」  と小さな声で言ったシャンルメに 「ああ」  とショークは返した。  今度の旅は上機嫌で帰って来て、シオジョウはホッとした。旅から帰って来たシャンルメは、興奮冷めやらないと言う様子で、何と、あの社に、武神様が来てくれた。ショークに会いに来たのだ。前に武神様が社に来たのは300年前だと言う話だ。ショークは本当に凄い。と言っていた。 「なのに、武神が会いに来たのは、俺ではなくそなただ。俺には分かる。なんてショークは言うんだ」  そう拗ねた様子でシャンルメは言った。  シオジョウは、自分も父の言う通りだと思う。と思ったけれども、言わずにおいた。 旅から帰って来ても、たびたびマシロカの寺院で、2人は逢引きをした。  そんな時、褥を共にしてシャンルメは言った。  貴方の抱き方は、優しくなってきたと思う。それが嬉しい、と。  その言葉に 「ああ。そなたは意識を失う事が多かったろう。そなたを抱くのが嬉しいあまり、少し興奮して、強く抱きすぎていたのだと反省してな。そなたは俺の宝だ。壊さぬように抱くように、心がけたのだ」  そう言われにこやかに微笑み、シャンルメはショークに抱き着いた。そして、 「そう言うそなたも、声を抑えぬようになったな。顔も隠さぬようになった。俺は嬉しい」  とショークは言った。 「そして……傷も少し薄くなってきた」  その言葉に 「本当に?」  とシャンルメは涙ぐんだ。 「ああ。腹の傷も腕や足の傷も、少し薄くなった」  そう言われて、シャンルメはボロボロ泣いた。 「嬉しい。嬉しい。貴方に……早く傷の無い肌をお見せしたい……」  そう言うシャンルメの髪を撫で、ショークはその体を強く抱きしめた。  隣国カイシの、ハルスサと言う男が、突然イナオーバリを攻めて来た。  ハルスサと言う男は、ショーコーハバリ程では無いが、勢力を広げている男であり、そして、戦の強さとその残酷さで、恐れられている男でもあった。  実の父親と戦い、その戦いで父親を国外に追放し、国の頂点に立った男である。自分と意見の合わない者は肉親であろうと容赦をしなかった。  この男の事は、シャンルメは元より好きにはなれなかった。  何故なら、乱取りをさせる事により、兵士達を豊かにし、戦意をあげる男であるからだ。  自国は、絶対に戦場にしない。  他国に攻め入り、自国は徹底して守る。  そして、他国で兵士達に乱取りをさせる。  乱取りが出来ると言う事により、兵士達は皆喜んで戦場に馳せ参じるのだと言う。  そして、攫って来た他国の人々を、救いたければ多額の身代金を払えと、その他国に対して膨大な金を請求するのだと言う。  乱取りにより国を豊かにし、兵を強くしている。  そのため兵士達は元より、領民達からとても慕われているのだ。  その手法を、どうしても嫌だと思った。 シャンルメだけではなく、実は乱取りを憎む想いのあるショーコーハバリも、その話を聞いた時、正直嫌悪感を持った。  ハルスサと言うこの男は、大変な程に民に愛されている男だった。  そもそも彼が国土を広げようとしたのは、この男の国であるカイシが、山岳の多い国だったからだ。田畑を作り耕す余裕のある、広い領土を手に入れて、民をよりよく生かす。そのために国土を広げたのだ。  国土を広げるのも他国を攻め入るのも、民のためだと言うのが、この男の生き様だった。  この世界の人々は、水はただで手に入る物だと思っている。すなわち、雨が多く川も多く、その川にも清潔な水が流れていて、上下水道ような物は、よほどの都市部しか必要としないのだ。  しかしそれはすなわち、何度も川の氾濫に遭い、田畑を耕すのが大変だと言う事も意味する。  国土を広げ田畑を民を与え、その田畑を民が難なく耕せるために、水を制御するための立派な堤防を、この男は数多く作った。  そして戦に強く、戦をすればする程、国を豊かにする男。民に慕われぬ筈は無い。  この男の居城は、意外な程に小さな城だった。  城と言うよりも、せいぜいお屋敷、と呼ばれるような大きさであり、よそから来た者はこの男の城下町で、どの屋敷が城なのかを、判断するのが難しかろう。  何故、そんなに小さな城に住むのか。  その問いにこの男は、この城下町に住む人々こそが自身の城である。と答えた。  シャンルメと同じように、大切な部下達は皆、城下町に住まわせていたのは勿論、城下町に住む人々は皆、彼を愛していたので、他国から攻め入られるような事は万が一にも無かろうが、あったとしても人々が自分を守ってくれる。その自信の表れであった。  民と変わらぬようなお屋敷に住まう事も、民からのこの男への人望を、より強いものにした。  屋敷の中でハルスサは、ショークよりは格段に良い物を食べ、良い暮らしをしているのだが、ギンミノウの民の見上げるナヤーマ城は、とても立派で荘厳な、鉄壁の守りの城だ。民は当然ながらショークが贅沢を好まぬなどと言う事は、知るよしも無い。 代々領主であったからこそ、そのような生き方が出来ると言うこともあろう。だが、何よりもハルスサは、その生き様が凄い。深く慕われ、愛される事により、敵対する者達には恐れられても、国中の人々からの尊敬と愛情を一身に受け、その存在を広く世に知らしめた者なのである。  そして、この男には、幾度も幾度も戦を繰り広げる、カゲヨミと言う、宿敵がいる。  この2人の戦いは、遠目で見ようと言う見物客が押し寄せる事があるのだと聞く。  ハルスサは虎であり、カゲヨミは龍であると言われていた。実際ハルスサの軍は、馬だけでは無く虎も使っている。ハルスサはその中でも、立派で巨大な虎に乗っている男であった。  ハルスサの神は、獅子王の神。カゲヨミの神は龍の神。この2人は本当に、似た者同士かも知れぬ。  実は、ほとんどの神は声は聞こえても、そのお姿を視る事は出来ぬのだが、獅子王の神と龍の神は、契約を結んでいる者にだけは、お姿が視えるのだと言う。  特に龍神と言うものは、能力者がその能力を高めるたびに、お姿が少し変わると聞く。  獅子王と言うのは、虎に似てはいるが少し違う、黄金の鬣を持った存在である。  姿が視える神など、お姿の分からぬ神には劣る。  そのように言う者もいる。  だが、ハルスサとカゲヨミは、神のお声だけを聞くのでは無く、そのお姿を視る事が出来る能力を選んだのである。  そして……侮るなかれ。この男は強い。  けっして、神の力が劣るなどとあり得ぬ。  そう噂を聞き、思っていた。  その国が勢力を、領土を広げた事により、ついにイナオーバリが国境を、接するようになってしまったのだ。そこに、カイシから攻め入って来たのである。  人々を守るための山城の数を、他国に類を見ない程作っていたイナオーバリは、カイシに突然攻め込まれても、ほとんどの民が山城に逃げ込み、その身を捉えられずに……何よりも戦闘に巻き込まれ、命を落とさずにすんだ。だが、僅かに逃げ遅れた62名の者が、カイシの兵士達により捉えられてしまった。  多額の身代金を要求すると言う、いつものやり方を取ってくるだろう。  戦に勝利をしようとも、その身代金には応じよう。そうシャンルメは思った。  身代金を要求して来る男であるから、捉えた民を殺すような真似はしない筈だ。  そうは思うものの……  攻め込まれた村の有様を見て、シャンルメは愕然とし、衝撃を受け、涙を流した。  乱取りが、略奪を指す言葉だとは分かっている。  だが……作物などが全て、田畑から奪われているだけでは無く、その、誰も何も残らなくなった村々は、火を付けられ家なども焼け落ち、本当に荒れ果てた、焼け野原と化してしまっていたのだ。  何故、ここまでする必要があるのだ。  山城から村に戻って来た人々が、生きる事が出来なくなってしまう。  こんな事をする者は、絶対に許せない。  そう思い、シャンルメは号泣した。  自分が何とかこの村々を建て直すための、手助けをしてあげなければ。  そのためにも、この許されざる敵に勝たなければならない。そう、強く思った。  ハルスサはほとんど全ての兵士達に、舞の力を半減させる護符を持たせていると聞く。  護符を持たせるには、財が必要だ。  それを兵士達に持たせているだけでも、国が豊かな事が良く分かる。  その手腕と人望と、そして残酷さゆえに、豊かさを手にした国だ。 「降伏を願い出るような……わたしの影の力は、護符を持つ者には使えません」  お役に立てずに申し訳ない。そう、ジュウギョクは言った。シャンルメはそれに対し 「気にしなくて良い。とてつもない強敵だ。到底、降伏を願い出てもらうような手は、使えない相手だろうと分かっていた」  と言った。 「戦いたくない。殺したくはない。そのような事を、言って良い相手では無い。とてつもない強敵だ。全力を尽くして戦おう」  シャンルメは思う。これは、ヤツカミモトの戦いに次ぐ、2度目の戦場であると。  降伏を願い出てもらう。その術が使える相手ばかりとは限らない。全身全霊で戦わなければならない相手もいる。 「まずはわたしに向かわせて欲しい。攻め込まれたのはわたしの領土だ。そして、わたしも戦場を体験し、武将として育たなければならない」  そう言ったシャンルメは 「ああ。その通りだ。だが、何かあったら、すぐ声を飛ばせ。助けに行く」  とショークに言われた。  ハルスサは面白くないと思っていた。  乱取りをさせて、62名しか捉えられなかった事は正直初めてである。  乱取りはいつも、数千人の単位で成功させている。こたびの乱取りは、失敗と言うより他に無い。  豊かな国であると聞いた。  作物が良く獲れる豊かな土地である上に、カイシには無い海があり、港と市があり、そのために豊かな財を築いていて……そして戦にも強く、同盟国はそれ以上に戦に強く、名を上げているのだと。  いずれはぶつかる。こちらから行くべきだ。  まして豊かな国であるならば、兵士達に乱取りをさせる事は、大きな意味を持つ。  そう思い、攻め込んだにも関わらず……  たった62名。身代金の額が、たかが知れている。  こんなに忌々しい国があろうとは。  ハルスサはそう思っていた。  こたびの戦いで、潰してしまうより他に無い。  戦を繰り返せば……また、その甲斐のない戦いを、甲斐のない乱取りを、する羽目になる。  突然の1度目の侵略を、ここまで見事にかわすとは、2度目は、1人も捉えられぬ可能性すらある。  こたびの戦いで、この国をこのイナオーバリを、攻め落としてやろう。  そう思ったのである。  ハルスサは、3人の武将を連れていた。  この3人以外の兵士達には、護符を持たせている。  そう、能力者はハルスサを含めて4人なのである。  国を守る者達も必要だ。  自国は徹底して守らねばならぬ。  ゆえに、万が一カゲヨミらが攻め込んで来た時のために、カイシに武将達を残していた。  そして、3人の勇猛な能力者を連れて来ていたのである。  1人は虫使い。  そう、例えば鳥の神の力で、鳥により飛ぶ者がいるように、虫の神の力で、虫を使う者がいた。  虫の中でも人を殺す力の強い、蜂を使う。  通常の者であれば、1度刺されれば絶命する。  能力者ゆえに防御が出来る者であっても、2度3度と刺されれば、その命を落とさざるを得ない。  この針が全く通用しないのは、ハルスサの宿敵であるカゲヨミであった。カゲヨミはあり得ぬ程の防御を誇る技を持っている。  1人は刀を振るうと斬激を飛ばせる。  刀であるのに、矢のような武器にもなるのだ。  自らはその刀を持ったまま、攻撃を出来る。  そして、その威力は、刀の威力のままである。  シャンルメの風の攻撃に近い。  そして、その攻撃範囲の広さは、シャンルメの飛び道具、翼の刃に近いであろう。  この攻撃も勿論、あり得ぬ程の防御力を誇る、カゲヨミには通用しない。  もう1人は小刀を大量に投げつけて来る。  そこまでは分かったが、その小刀がどのような物であるのかは、戦ってみなければ分からない。  恐らく、カゲヨミにはやはり通用しない技を使う者であろう。カイシに残して来た武将達は、カゲヨミと戦える者達である筈だ。  偵察隊。声を互いに飛ばせる者達により、そこまでの情報をシャンルメは手に入れた。  そして、シオジョウとトーキャネとミカライとジュウギョクを呼び、5人で話し合った。  この3人といかにして戦うべきか。  そして……ハルスサと言う男は、絶対にこの3人よりも強い。  誰が誰に、どのように立ち向かい、戦力を残してハルスサを倒すか。  その話し合いが組まれたのである。 「虫に護符を持たせる事は出来ません。わたしの影の攻撃で、この蜂達の意識を奪いましょう」  そう言ったジュウギョクに 「貴方のその影での攻撃は虫を眠らせるだけだ。その虫に対するとどめが必要だ。俺が爆撃により眠った虫を倒そう。だが、ただ爆撃をしただけだと、逃れた虫が歯向かって来て、兵士達が刺されて死ぬ恐れがある。貴方がいて良かった」  そうミカライは言った。 「ああ。2人で連携を取ろう」 「激を飛ばす敵にはどうするべきか。この敵、お館様の攻撃に近い。そもそも、激を飛ばせる範囲があまりハッキリしない。下手な手は使えない」  そう言ったトーキャネに、ミカライは 「地面から、下から爆撃を与える技を編み出しある。とりあえず、それをぶつけてみる」  と言った。 「爆撃を下から与えてみる瞬間に、おれが熱風をぶつけてみる。熱と爆により、相当熱い状態になる筈だ。新たに編み出した、炎の技を使う」  話し合う3人にシャンルメは 「ありがとう」  と言った。 「わたしはとにかく、敵の大将であるハルスサの首を取りたい。3人が道筋を作ってくれたら、ハルスサの元に斬り込みに行く」 「シャンルメ様、もう1人の技がどのような物かも気になりますし、ハルスサも恐ろしい、真に侮れぬ男。充分お気をつけください」  そう言ったシオジョウに、シャンルメは深くうなずいた。  シャンルメは馬に乗り出陣した。  どこにハルスサがいるのかを確認する。  巨大な虎に乗っている。ああ、あの男だ。とシャンルメはその姿を見入った。  とても迫力のある男だった。逞しい大きな体に勇ましい顔つきで、虎のような髭を蓄えていた。  乱取りをした、許されざる敵。  あの敵を倒さなければならない。  まずは彼の部下達を、退散させなければ。  作戦通りに行く。  虫使いの男は、一直線の矢のように、無数の蜂達を向かわせて来た。  こんな一直線の矢のような攻撃なら、影を作り眠らせる事はたやすい。  ジュウギョクは影の力により、虫達を眠らせた。  そして、ミカライが爆撃を与えた。  眠って動かなくなった虫達は、爆撃により真っ黒なゴミのように落ちて行った。  虫を焼け焦げた死体にされ、男は目を見開き驚き、そうして怒った。 「俺の、大切な蜂達を……!」  そうして、背後に持っていた、もう1つの箱を出し、そこからも無数の蜂達を出現させた。  今度は一帯に広く広く、まるで空を覆いつくすように虫達がやって来る。  刺されて絶命する兵士達の姿が見えた。  シャンルメは息を呑む。  このままでは、多くの兵士が命を落としてしまう。  ジュウギョクは影を作り、何とか虫達の動きを止めようとするが、広範囲に広がる虫の、全ての動きを止めるのは難しい。ミカライも動きを止めた虫は勿論、広範囲に広がる虫達にも、次々に爆撃を与えたが、それでも味方の兵士達が、死して行くのが見えた。 「ミカライ殿!!」  トーキャネは叫ぶ。 「こいつらは、虫達は空中から来る!空に向かい爆撃をするのは難しかろうが、やってくれ!その爆撃に、俺の、炎の風を乗せる!」  2人は連携をして大きな炎を作り、その大きな炎が虫達を襲った。  その炎がやまず、戦場にまで届きそうになったところにシャンルメは 「突風!そして、翼の刃!」  と叫んで、強き風でその炎を消した。  強い風と、その風に乗った大きなブーメランのような飛び道具で、その炎を消したのである。  そして、その翼の刃をそのまま下降させ、虫使いの首を切らんとした。  狙われた事に気づいた虫使いは逃げる。  逃げるが、首は斬られずにすんだものの、胸と腕に傷を負い、悔し気にシャンルメを睨んだ。 「虫もほとんどやられちまった。下がっていろ!俺に任せろ!」  そう言って、激を飛ばす男が出て来た。  虫使いが撤退していく。 「追いますか?」  と聞いたジュウギョクに 「逃げる敵は、追わずとも良い」  とシャンルメは答えた。  きっと、この方はそう言うだろう。  それを分かっていて、ジュウギョクは聞いた。  出来る限りの人を生かそうとする。  カズサヌテラスは、そう言った君主である。  激を飛ばす者が、刀をシュンと振った。  すると3方向に、その刀の攻撃は飛んだ。  多くの兵士達がその激をくらい、吹っ飛んだ。  吹っ飛ぶだけでなく、命を落とす者が見えた。  自分がハルスサのように、全ての兵士に護符を持たせていたなら、先程の虫の攻撃などはかわせなくとも、この攻撃で、死者を出さずにすんだのでは無いか。  シャンルメはそう思い、かすかに涙む。  シャンルメの肩も攻撃をくらい、その鎧が微かに欠け、少し血が出た。 「お館様の肩に……!」  トーキャネはそう言って怒り、 「ミカライ殿!奴の足元に爆撃を飛ばせるか!」 「むろんだ!」  そう言い、ミカライは地面にその刃を指す。 「底地爆撃!」  そう言うとまるで地震のような振動があり、激を飛ばす男の足元に、大きな爆撃が走った。 「火炎熱風!」  そう叫び、トーキャネもその男に向かい、炎の風を飛ばしていく。  だが、その男は火傷を負い、傷を負いながらも、強く飛ばした激により、その炎を消した。  そうか。先程のお館様と同じ。  激は炎を消してしまうのだ。 「苦戦しているな。俺も加勢する」  そう言って、もう1人の男が出て来た。  どこが苦戦しているんだ。1人ずつ来てくれないもんか。そう、トーキャネは思った。  虫の男と同じように、男は箱を出して来た。  そこから8本の小刀が、まるで弾き飛ばされるように出現した。  刀が、鞘と刀身とに分裂して降って来る。  強き風で、その刀を弾き飛ばす。  1人の兵士の足に鞘が落ちた。すると足から血を出し、地面に鞘がめり込んだ。  シャンルメは驚いて息を呑む。 「皆、気を付けろ、危険なのは鞘だ!」 「分かったか!くらえ、俺の鞘を!」  すると他の兵士の腕に小刀が落ちて、その衝撃に兵士は後ろに倒れ伏した。  もう、その腕は使い物にはなるまい。  まるで、もげてしまったような状態になっていた。 「鞘だけじゃない。俺の投げつけた物は全て、とてつもない重さを持つんだ!」  重力の神。と言う事か。  この敵とどう戦えばいい。  シャンルメは味方の兵士達を庇い、先陣を切ってこの敵に乗り込んで行った。  爆風と言える強き風。そうして風の刃の技を同時に出した。  この小刀はとてつもなく重い。  相当の強い風を起こさねばならない。  その強き風で2つの小刀を、誰もいない大地へと落とした。  この技を使って行くしかない。  今までにない程の強い風。彼女は荒く息をしながら、何とか風を、強く強く吹かせて行く。  すると、トーキャネが 「熱風返し!」  と叫び、飛ぶ小刀を溶かした。  溶けた小刀は落ちて行く。  そうだ。トーキャネはこの技を持っていた。  それならば、何とか戦えるかも知れない。 「トーキャネ、良くやった!わたしとお前ですべての小刀を人を傷つけぬところに落とす!」  シャンルメがそう言うと、重力の男は 「小刀がたった8つとは思うなよ」  と笑い、新たに12個の小刀を箱から飛ばした。  さすがにその数を2人で落とし切れるか……  そう思いながらも、シャンルメは刃の攻撃を持つ爆風を飛ばした。  その刃を受け、小刀の刃がかける。  やった……!  そう思った途端、その刃の破片がシャンルメの胸に落ちる。  風を上空に起こし、そして後ろに身をかわし何とか致命傷を免れようとした。  身をかわしたために背後に転げ落ちたが、そのおかげで傷を負っても、彼女の命は助かった。  シャンルメは傷つき、馬から落馬した。 「お館様……!」  トーキャネは叫びシャンルメに近づき、その体を抱きしめた。  両目を見開き、彼女は息をしていた。  だが、その息はとても荒く、そして弱かった。  シャンルメが胸に傷を負った事に、トーキャネは衝撃を受け、彼女の体を抱きかかえた。  風を起こしていなければ、身をかわしていなければ、彼女は絶命していたのだ。  お守り出来なかった事が悔しく、自分が代わりに死ねば良かったとすら思った。  傷を負ったシャンルメを背後に守り、何とか仲間の陣に戻らねばと思うが、チビの自分にはシャンルメは抱えきれぬし、足が不自由で早く戻れない。己の無力が何とも悔しかった。  傷を負ったシャンルメを、トーキャネとミカライが戦いながら守り、ジュウギョクが抱きかかえるようにして、本拠地に逃げ戻った。  4人が逃げようとするところを、多くの兵士達がさらにそれを庇い、盾となってくれた。4人と兵士達は全員で何とか戦場を後にした。  傷を負い、抱えられて帰った、シャンルメのその姿を見たショーコーハバリは、なんと涙を流した。  ショーコーハバリの顔を見て、シャンルメもその涙を見せた。  抱えていたシャンルメをそっと寝かせ、ジュウギョクはショーコーハバリに深く頭を下げた。 「本当なら、わたしが盾となり、お守りせねばならなかったところを、このような深い傷を負わせてしまい、真に申し訳ない。詫びようもない」 「いいんだ。ジュウギョク。お前が無事で良かった」  力なくシャンルメは笑った。  そうしてシャンルメは、ショーコーハバリに 「貴方が出撃をしていたら、たやすく勝てただろう。でも、貴方が出ずに、わたしを先に行かせてくれた。それは、わたしを育てようとしてくださっているからだ。天獣を呼びし使命を受け継ぐべくわたしを、貴方の後継者として、育てようとしてくださっている。それなのに……期待に応えられず、申し訳ない」  ショークは何も言わなかった。  いや、言えなかったのだ。  胸に深い傷を負ったシャンルメの手を握り、もう片方の手を、シャンルメの頬に添えた。 「こんな……こんな大きな醜い傷を負ってしまって、その事も申し訳ない……」 「何を言うか……!」  ショークはようやく、言葉を口にした。 「そなたを……そなたを傷つけた者、絶対に許さぬ」  そう言いながら涙を流した。 「そして……己が許せぬ。そなたを苦しめているのは、この俺なのでは無いか。そのようにすら思う」 「どうして……貴方と共に生きられる事。貴方の志を継げる事。それはわたしの生きがいなのに」  そう力なくシャンルメは笑った。  シャンルメの手をしかと握り 「あとは任せろ。そなたの仇を討つ」  そう言って、ショークは立ち上がった。  その姿を、ジュウギョクとトーキャネ、ミカライ達は見つめていた。  父が出陣するのを待って、シオジョウはシャンルメの前で舞を舞いだした。癒しの技を使うために。  シャンルメのために舞いながら、シオジョウは涙が止まらなかった。  醜い傷を負って申し訳ない、とシャンルメは言った。  この方は、本当に普通の女性なのだ。その方の背に、とてつもない重荷が背負われている。  何とかしてあげる事は出来ないのか。  そのための軍師。わたしでは無いのか。そう思えてならなかった。  ショーコーハバリは敵陣に乗り込んで行き、傷を負ったシャンルメがいる本拠地を守る事を任され、ジュウギョク達3人は残る事となった。  3人になったところで、ミカライは口を開いた。 「俺はそう言う事に疎く、今までは気付かなかったのだが……カズサヌテラス様は、女性だな」  その言葉に、何と返して良いか分からなかったトーキャネをよそに 「ああ。貴方もお気づきになったか」  と、ジュウギョクは口にした。 「女性に負けたなどと末代までの恥。そうして、女性をお守り出来ずに、あのような傷を負わせてしまった事も末代までの恥だ。俺は己が許せぬ」 「ミカライ殿、貴方も分かっていらっしゃるとは思うが、この事は他言無用だ。なあ、トーキャネ殿」 「あ、ああ。勿論だ」  とトーキャネが言った後 「わたし達3人は、己で言う事では無いが、カズサヌテラス様にお仕えしている者達の中で、最も将来有望だと言われている者達である。その3人がこの秘密を知っている事には、意味があるとわたしは思う。何としても、カズサヌテラス様をお守りしよう。あの方にもう、傷1つ付かぬように」  そうジュウギョクは言った。 「ああ。醜い傷を負ってしまい、すまないなどと、愛する男に向かい言わせてしまったのだ。本当に、俺が傷を負えば良かったのだと、心から思った」  ミカライの言葉にトーキャネは 「本当だ……おれが盾になってお守りしたかった……」  そう、涙を流して言った。  お館様は、最近美しくなった。  以前にもまして、お美しくなった。  それは、年頃になったからと言うだけではあるまい。  あの、にっくき男と愛し合っているからだ。  それは本当に悔しい。  だが、悔しくはあるが、シャンルメが自分の負った傷を、あの男に謝る姿はそれ以上に悔しかった。  何と言う、つらい想いをさせてしまったのか。  代わりに俺がその攻撃を、受ければ良かったのだ。いっそ、死ねば良かったのだ。と心から思った。 「お館様があの総大将を愛している事は、おれは悔しい。悔しいが、あのように泣かせてしまう事は、なお悔しい。お館様をお守りするために、おれは生きている。ミカライ殿、ジュウギョク殿、おれ達は今後、何があってもお館様をお守りするために、協力し合い戦っていこう」  そう3人は今日固く、誓い合ったのであった。 傷を気にしているような事を言わなければ、あの娘はここまで、心を痛めずにすんだのでは無いか。 自分の愚かさが憎かった。 戦場にいるあの娘を、幾度、闇の結界で守ろうと思ったか知れぬ。だが、あの娘はそれを望まぬだろう。心優しいあの娘は、自らが戦う事を望んでいるのだ。  先陣を切って敵陣に乗り込んだショーコーハバリは、まず大地に立ち、その手を地に置いた。  ハルスサは護符を兵士達に持たせていると聞いた。  闇の刃では、切り傷しか与えられぬ者もいよう。  だが、闇の波動は必ず、相手を殺す。 「大地より導き、闇の波動!」  そう叫び、自身から近い者達から、次々に血祭りにあげて行った。  地中からの凄まじい闇の攻撃により、焼け焦げたように血を吹き出し、大切な兵士達が見るも無残な死に方をして行くのを見て、今までただ、虎の上で座り、見物をしていたハルスサは驚き、息を呑んだ。  そんな筈はない。  兵士達には、皆、護符を持たせている筈だ。  どう言う事なのか、理解するのに時間がかかった。  そうか。この男の破壊力は信じられぬほどに強いのだ、と。  激を飛ばす男が、懸命にその刃を振るう。  その激が、ショークの体と鎧に傷を付けた。  その傷を物ともせず、周囲の兵士達を血祭りにあげ、そして、その男に向かい、通常の、闇の刃を向けた。何の変哲もない、闇の技である。  そう、この男は護符を持っていない。  闇の刃でも簡単に殺せる。  闇の刃に斬り刻まれ、男は絶命した。  小刀を投げつける男が、20本の小刀を全て向けて来た。闇の刃で幾らか落とすが、さすがに苦戦を強いられる。  そのあり得ぬ重さに、仲間達は悲鳴をあげた。  そして、闇の刃で跳ね返しながらも、自らの肩に落ちて来たその鞘の重さに、彼の肩は、まるで抉られるように傷ついた。  抉られる瞬間に何とかかわし、傷を負いながら思う。  シャンルメを傷つけたのは、この男かと。  ショークは、懐から取り出したその石を自らの足で踏んだ。  このように実戦で使用するのは、初めての事だ。  幾度か試してはいる。行ける筈である。 「仲間達は皆、俺の後方へ回れ!」  そんな事を叫ばずとも、この男の前方にいるような味方の兵士はいない。 「歴史の闇に葬られし者、巨象、召喚!!」  彼は何と、そのあり得ぬ大きさの、巨象と名付けた実際には恐竜である者の、背に乗った。  見た事も無い、信じがたい大きさのその生き物の姿に、小刀の男も周囲の兵士達もハルスサも驚き、息を呑んだ。  どれだけ小刀を勢いよく落とそうとも、巨象は傷を負っても、より凶暴さを増し、襲いかかって来る。  そうして、巨象の背に乗るショークの元には、小刀は届かなかった。  これでもかと、兵士達を踏みつぶし、殺して行く、巨象と呼ばれた巨大な恐竜。  その恐竜の足が、小刀の男をとらえた。  勢いよく踏まれ頭から血を吹き出して、死んだ。 自らが戦うより他に無い。  ハルスサはそう思った。  大切な能力者を、2人も殺されたのだ。  そして、護符を持たせた大切な兵士達も殺されている。 「獅子王の激、名刀分裂!」  ハルスサはそう叫んだ。  刀が欠片となって、敵の体内にすら入る奥義。そう、刀を分解し、操る事が出来る。  刀は82個の欠片となった。全てが一撃必殺なのだ。  その破片で巨象の体を切り刻んだ。  切り刻まれ、その巨大な化け物は倒れ伏す。  そして、そのままショーコーハバリを傷つけた。  ショーコーハバリは、体に無数の傷を負った。  そのまま幾度でも切り刻み、殺してやろう。  ハルスサはそう思った。  傷ついたショークは 「我が手に戻れ!」  と叫び、  落下するように大地へと落ちた。落ちる瞬間 「翼竜、召喚!」  と叫んだ。  今度は、空を飛ぶ、巨大な恐竜の背に乗った。  さすがに安定して飛ぶ事は難しいのだが、それでも、この高さまで、分裂した刃はやって来はしない。予想通りだ。  そして、虎に乗るハルスサをめがけて、物凄い勢いで飛んで行った。  そして再び、ハルスサ達に向かい 「暴獣、召喚!」  と叫び、その石を放り投げた。  ハルスサは獅子王の神を召喚する。  だが、百獣の王と呼ばれる獅子であろうとも、そうして、獅子に負けぬと言われる虎であろうとも、その恐ろしき獣と戦って、命を奪われぬ事は難しかろう。  とてつもない牙と爪を持つ恐ろしい獣が、虎達を切り刻んで行く。 「虎の咆哮!!」  そうハルスサは叫んだ。  切り刻まれた虎達が一斉に咆哮した。  すると、その叫びは何と炎と化した。  一帯が焼け落ちて行く。  暴獣もその炎を受け、火傷を負い暴れた。  転げるように倒れる。 「我が手に戻れ!」  とショークは叫んだ。  死した者を召喚しているのだ。  倒されたからと言っても、復活は出来る。  だが、すぐには難しい。  ショークの頭上には黒い渦が湧いた。  頭上に黒い渦を湧かせたまま、その、鳥に似た生き物に乗った男は、突っ込んで行く。 「虎の咆哮!!」  そう叫んだハルスサの乗る、巨大な虎の炎を、何とショークの頭上の渦が飲み込んだ。そして 「黒き穴、跳ね返し!」  と叫んだ途端、その炎はなんと虎とハルスサを襲ってきた。  何と言う事だ。何なのだ。  この男は何者なのだ。  そう思いながら、ハルスサは瞬時にその体を後方へと移動していた。  ほんの微かに火傷を負っただけである。  瞬間移動。  その術を、ハルスサは身に着けていた。  いや、正しくは獅子王の神が体に憑依し、あり得ぬ程の早さで移動をしているのだ。  名刀分裂も、獅子王の爪がその刀に憑依し、相手を粉々に切る技であり、虎の咆哮も獅子王が虎の肉体に乗り移る技である。その中でこの瞬間移動は、ハルスサ自らに獅子王が乗り移る技であった。  そして、あり得ぬ早さで駆ける。  常にいつも一騎打ちのような状態になる、カゲヨミとの戦いの中で、身に着けた術だ。  後方で、ハルスサは叫んだ。 「皆の者、逃げよ!撤退せよ!!」  そう叫び、ショーコーハバリの顔をしかと見てから、ハルスサは、その姿を消した。  撤退をして行く兵士達の姿を、ショーコーハバリは半ば、呆然と見送った。  残された兵士達を、1人残らず殺すなどこの男にはたやすい。  だが、首を取りたかったハルスサは逃げ出したのだ。  シャンルメを傷つけた男も、殺してある。  逃げ惑う兵士達を殺し、恨みを買う事もあるまい。  そう思い、逃げていく兵士らの後姿を見送った。  いにしえの獣、恐竜、その背に乗れる特訓を密かにしていた。鳥を操る男から、しかと教わり鍛錬したのだ。  それにより、暴獣に乗る事は不可能であったが、翼竜と巨象には乗れるようになっていた。  その術をもし、編み出していなければ勝てなかっただろう。あの分裂した刃は、幾度も自分を襲って来て、斬り刻んだに違いない。  その刃の届かない上空に逃げられなければ、きっと、ハルスサと言う、あの男には勝てなかった。  いや……勝てたと言えるのか?  あの男は、瞬間移動により去った。  僅かな、かすり傷と火傷を、負わせただけである。  傷ならばいっそ、自分の方が負っている。  忌々しい勝利だ。勝利などとは言えぬ。  ショークはそう思っていた。  大切な兵士達が、護符を持たせる事で生かそうとしていた部下達が、無残な死を与えられた事。  何よりも、召喚を出来る将として可愛がっていた者、その者達が殺された事。  戦場で使っていた、己の乗る虎が殺された事。  無念と怒りが、湧かぬ筈が無い。  だが……ハルスサの胸を最も支配していた感情は、無念や怒りでは無かった。  こんなにも強い存在が、この世にいたのか。  ハルスサはそのように思った。  こんなにも強い男が、この世にいたのだ。  この世界は、何と広いのだ。そう思った。  そうして……胸が、熱くなるのを感じた。  ハルスサと言うこの男は、戦乱の中、民により良い暮らしをさせるために領土を広げる事はあったが、天下を統一したい、この乱世に天獣を呼び寄せたい、聖王になりたいと言う、その願いはその野心は……実は、持っていなかった。  この男が戦争をする理由。  それは、大きく2つあった。  1つは何よりも、民のため。  暮らしやすい国土を手に入れ、乱取りをさせ、国と民の暮らしを、豊かにするため。  もう1つは、「人材の確保」のため。  そう、誰よりも強くなり、強き者達を己の部下にしたいと、そのように思い、生きていた男なのである。  カゲヨミと戦っていたのも、カゲヨミのその領土が欲しいと言うよりも、実は、カゲヨミが欲しかったのである。この男を必ずや臣下にしたい。そのように、その強さに惚れ込み、戦うようになった。  カゲヨミその人と、カゲヨミの強さと人柄に惚れて彼の元に集まる猛者達。  それを絶対に手に入れたい。そう欲していたのだ。  実は、この宿敵同士は、宿敵としてお互いに惚れ込みあっていた。  ハルスサの国が支援を必要とする時には、カゲヨミは誰よりも進んでそれを支援した。ハルスサもそれゆえに、自身の跡継ぎである息子に、もしもの時にはカゲヨミを頼れと言っている。ハルスサが違う相手との戦闘で深い傷を負ったなら、カゲヨミはその回復を心から願い、同じ事があったなら、ハルスサもその無事を心から願った。  あり得ぬような不思議な絆で、この2人は結ばれていたのだ。  実はカゲヨミがハルスサと戦うようになったのは、自身にとっては何の得にもならぬのだが、ハルスサに攻め入られた国から、助けて欲しいと懇願されたからである。美しく生きたいと強く願い、強い正義感から弱き者を助ける男。それがカゲヨミなのだ。  こんな男がいるのか、と、ハルスサはカゲヨミと出会い、心底驚いた。  心底驚き、尊敬の念を抱いたのである。  そして、戦いに美学を求めているカゲヨミとは違い、ハルスサは強き者を倒し、その強き者を従える事を、まさしく生きがいに思っていた。  輝かしき、強き者達の頂点に立つ者。  それが己だと思っていた。  そして今日、ショーコーハバリに出会った。  あの男を生け捕りたい。  何としても、俺の家臣にしたい。  そう強く思った。  だが……恐らくあれだけ強い男。到底、俺の部下になどなってくれまい。  勝つ時は、殺す時だ。  それが、とてつもなく惜しく思えるのだが、だが……果たして、勝てるのか。  あの、強き男に勝てるのか。  カゲヨミの他にも、宿敵になる男に出会った。  その事に胸が熱くなる。  必ず倒す。強き者達の頂点に立つのは、この俺だ。  受けた傷が痛むが、その痛みすらも、胸を熱くした。  素晴らしい宿敵の出現に、この男は喜びすら感じていたのである。  傷だらけで帰って来たショークは 「逃げられてしまった。もう、そなたの祖国を侵略するなどと言う、愚かな真似はすまいが……口惜しい。ハルスサの首をとれなかった」  とシャンルメに言った。  胸に包帯を巻かれていたシャンルメは 「傷は大丈夫か」  と聞かれ 「貴方の方がよほど、傷だらけじゃないか……!」  と泣いた。  シオジョウは再び舞い、ショークの傷を癒した。 「その場から逃げる兵士どもを殺し、恨みを買う事はあるまいと、そのまま逃がした。俺らしくも無い」  そう言ったショークに 「戦とは人を殺すためにするんじゃない。国を守るためにするんだ。逃げ惑う人々を殺さなかったのは、絶対に良い事だと思う」  そうシャンルメは言った。  シャンルメはまず、乱取りに遭った村々を回った。 焼け野原にされた村に、村人達が山城から降りて来た。その惨劇を見て人々は泣いたが、同時に、村に直接領主であるカズサヌテラスが来て、この村を立て直す。攫われた人々は奪い返すと言ってくれたので、人々のその涙は、ただの悲しみの涙では無くなった。  村々の人々は、カズサヌテラスにひざまずき、その涙を流した。  顔を上げてくれ。村を守れずにすまない。  その言葉に人々は、それでも顔を上げない。  トーキャネが村を復興するための、大きな役割を担った。その武将がとても小さく、そして自身も乱取りに遭った小僧であった事で、まず村の子供達から、あっと言う間に人気者になった。  トーキャネは自身の熱の力で、火を起こして子供達に見せたのだ。  彼に任せておけば、村の復興は大丈夫だ。  そんな風にシャンルメは思った。 そして、戦に負けて逃げて帰ったにも関わらず、カイシは捉えた62名の民を返して欲しいなら、莫大な身代金を払えと言ってきた。  それに対し、もちろん払うと言ったシャンルメに、ショークは待てと言った。  莫大な身代金を払う領主だと知られたら、そなたの民を狙い、諸国の大名が攻めて来るぞ。  そんな物を払ってはならん。  と言うのである。  シオジョウは、この父もたまには良い事を言う。と思った。 「その身代金を、俺が値切る。そなたは気にせずとも良い。必ず、その62名の民を救い出す」  その交渉に1人で行こうとするショークに、わたしの国の問題なのだからと言って、シャンルメがついて行った。  そうして、その交渉の場に出向いたカイシの者達は、イナオーバリの領主であるカズサヌテラス、おまけにギンミノウの領主であるショーコーハバリが、じかに来た事に、ひっくり返らんばかりに驚いた。  ショーコーハバリはかつての商人の血が騒ぐのか、カイシの言った身代金をこれでもかと値切り、その金額が半額以下になったところで、カズサヌテラスが 「その金額を払う」  と、初めて口を開いた。 「もうそれ以上、値切らなくていい。貴方のご心配は分かる。でも、わたしはこれからは徹底して国と民を守る。このような、乱取りによる犠牲者は絶対に出さない。実際こたびも攫われた人の数は少ない。大体、本当に戦の強い貴方がついているのだから、イナオーバリに攻め込むような大名は、そうそういない」  そうカズサヌテラスが言い、交渉は成立した。  実は、身代金が値切られる事など良くある事であり、62名の身代金としては、充分な金額をカイシは手にしていた。  だが、シャンルメは自分の大切な民が、金で取引をされる事の方が、胸が痛んだのである。  その身代金を手に入れ、あの2人が交渉に直接やって来て、本当に驚いたと部下に聞いたハルスサは、あの男に会えるのならば、俺が直接交渉に行けば良かったかも知れぬ。と少し思った。  しかし、それはいかんな、と考え直す。  ギンミノウの毒蛇。卑しき生まれから一代で国の主になった男。その地位を手に入れるために、あらゆる手を使ったと聞いている。  もし、同席などしたら、確実に殺される。  そこは、カゲヨミとは違う。  実はカゲヨミとは、交渉の席で幾度か顔を合わせている。むろん、互いに惚れ込み合っている同士、交渉の席で命を狙うなどと言う事など、絶対にしない。  だが、ショーコーハバリは違うだろう。  あの男は恐らく美学を持たぬ訳では無く、自分とは違う美学に生きているのだ。  自分やカゲヨミのような、生まれながらにある程度の地位にいた者とは、違う価値観に生きているのだ。  見下す気持ちも、侮辱する思いも無い。  欲しい、と強く思う。  無理であろう事は、良く分かっていた。  こんなに忌々しい国、二度と攻め込むものかと思っていたのだが……再び戦いたいと、ハルスサはすでに思い始めていた。 「しかし……戦を共にするのは分かるのだが、何故、そんなところにまで、同盟者が同席するのだ?」  そう聞いたハルスサに 「何とも言えませんが、まだ幼いとも言える同盟者に対する、親心のようなものでしょうな。実際、娘婿。義理の息子に当たる訳ですし」  と言った部下の言葉に、もう1人の部下が 「あの2人は、デキていると言う噂もありますよ。何しろカズサヌテラスは、中部東一の美貌の持ち主。いや、中部東だけでなく、もし姉妹がいたなら、天下一の美女であったろう。真に惜しい、と言われている美少年です。あり得ぬ事ではありません」  と、笑って言った。  そうか。そんなに美貌であったか。  カズサヌテラスの顔を、覚えていない。  言われてみれば、美しかったような気もする。  戦う相手を、美しいかどうかで見たりはしない。  カズサヌテラスの顔は覚えていないが、ショーコーハバリの顔は忘れるまい。  忘れようとしても、忘れる事は出来ぬ。  ハルスサはそう思っていた。  交渉からの帰り道、ショークはイナオーバリの外れの、マシロカの寺にシャンルメを誘った。 「俺も傷を負ったが、それ以上に、そなたの傷が気になる。そなたの傷口が開いたらまずい。俺はしばらく、そなたを抱かぬ」  マシロカの寺でそう言われ、その言葉にシャンルメは涙ぐんだ。そうして 「だが……そなたの、その裸を見せてくれ」  そう言ったショークに 「抱かないのに?」  とシャンルメは聞いた。 「ああ……」  するりと着物を脱いでゆき 「せっかく……傷を癒そうとしていたのに……こんなに醜い傷を負ってしまって……貴方に申し訳ない」  そう、ぼろぼろと涙を流した。 「そなたは美しい。誰よりも」  とショークは言った。  シャンルメのその髪を撫で、その頬を両手で持ち、互いに額をつけた。 「そなたは、俺がそなたを戦わせる理由を分かっている。そなたを、俺の志を継ぐ者として育てようとしていると分かっている。だからな……少し、現実的な話をしよう」 「現実的?」 「シャンルメ……俺は、そなたを守るために生きると誓ってはいるが、だが、物事と言うものは、けっして望み通りにはいかぬものだ。俺がこの命を終えた時には、そなたは他に男を作り、その男にしかと守ってもらって欲しいのだ」  そう言い出したショークに、シャンルメは怒った。 「なんで、そんな事を言うんだ。そんな、そんな事」 「俺は充分長生きをした。寿命を考えれば、そろそろ迎えが来る頃だ」 「貴方は元薬売りで、医学に精通しているし、おまけに健康だ。病でなんか死なない」 「まあ、確かに俺は、病では死なぬと思うがな」 「戦えば、誰よりも強いんだ。戦でも負けない」  そう言ったシャンルメの髪を撫で 「だが、死と言うものが訪れぬ者はおらぬのだ。俺はそなたを残して死ぬだろう。その時に……俺の代わりにそなたの盾となり、そなたを守る男を作って欲しい」  そう、ショークは言った。 「絶対に、絶対に嫌だ」  そう言って、シャンルメは涙を流した。 「貴方以外の男を作るなんて、絶対に嫌だ。貴方は他に3人の女性がいる。その事にわたしは正直、少し傷ついているんだ。悲しく思う気持ちがあるんだ。でも、自分がわたしの他に3人女性がいるからって、わたしにも他に男が必要だなんて、思わないで欲しい。貴方じゃなければ絶対に嫌だ。貴方以外に男などいらない」  泣き出したシャンルメにショークは 「困ったな……」  と頭をかいた。 「説得をするつもりが、嬉しくてかなわん」  そう、薄く笑った。 「だがな……シャンルメ、俺がもしも、自らが天獣を呼び寄せられる程に生きられるのならば、俺はそなたを戦場に立たせたりしない。そなたを後継者として、育てる必要など無いのだ。俺には死が迫っている。だからこそ俺はそなたを、厳しい戦場に立たせているのでは無いか」 「わたしだって、貴方が仙人みたいに長生き出来るとは思っていない。貴方の志を継いで、戦い、国を救い国を守らなければならない事。天獣を呼び寄せ、この世界に、平安をもたらさなければならない事は分かっている。でも……そんな今すぐ亡くなってしまうような事を言うのは嫌だ。そして……貴方を失ったなら、わたしはもう誰もいらない。1人で生きて行く。その我儘を許して欲しい」  その言葉に驚き 「いや……我儘などとは、全く思わぬがな……」  と、ショークは少し、言葉に詰まった。  やがて言葉を探し、語りだした。 「今はそのように思うかも知れん。だが……もしかしたら俺の死後、そなたの目の前に、惚れる男が現れるかも知れん。その時に、俺はその男を選ぶのを嫌がらん。むしろ、強い男は歓迎する。と言う事は……」 「だから……そんな男はいらない。貴方が長生きしてくれればいいんだ。わたしだって戦場に生きている。いつ死ぬか分からない。それは、わたしも貴方も同じじゃないか。なのに、そんな事を言うなんて……」  シャンルメは強くショークを抱きしめた。  傷が痛もうと、離れなかった。 「お願いだから……わたしと……共に生きて……」  泣きながら、そう言うシャンルメに 「ああ」  とショークは答える。  生きられるものならば……  生きたいと思っていた。  あとがき この物語に出て来る「神道」と「仏教」は、現実の日本のものとは、全く同じでは無いのだけれど……自分の思う、日本的な宗教観を描いたつもりでいます。例えば、偶像崇拝を禁止しているなどの個性は、多神教には珍しい、とっても大切な日本神道の個性だと、わたしは思っています。  ちょくちょく出て来る言葉 「神の業をみだりに語るべからず」  と言う言葉は、現在の日本人では、知っている方が少ないかも知れないけれども……  神道を表す言葉で、凄く好きな言葉です。  そして、さてさて。 「ネタバレすんな」と怒られそうですが……  実は、次回の物語には敵方に 「受けた傷をほぼ無傷に出来る、物凄い治癒の能力の持ち主」が出てきます。  シオジョウの 「この男を生け捕りにしましょう!」  大作戦が出てきます。  その男の国との戦いが、次回の物語です。  最初の方で、サクサクっと戦います。  ネタバレすんな、ですよね。  ネタバレすんな、なんですけど……  わたしが読者なら、今回の物語はシャンルメが可哀相で可哀相で 「何とかしてくださいよ!!」  と作者に文句を言ってしまうだろうなあ、と  そう思って、先に、ネタバレしちゃいました。  この物語、今回、事細かには描写はしてはいないけれど、シャンルメとショークが、結ばれました。  そんなシーンがあるのに、レーティング指定をしていない。しなくて大丈夫なように、サラッとさりげなく描いたつもりではいますが……  そもそも主人公の年齢が、まだ16歳。  16歳にそんなシーンがあるのは、時代物とは言えども、どうなのか。  と、怒る方がいないとも限らない。  何だか、申し訳ない限りです。  そして……  シャンルメのショークへの惚れ込みっぷりが、描きながら「凄いなあ」と、思ってしましました。  どんだけ好きなんだ、ってくらいに、好きですね。  トーキャネ、ジュウギョク、ミカライの3人を「ナイト3人衆」と呼んでいるんですが……  ナイト3人衆は3人がかりでも、太刀打ち出来ないと思います。  でも、頑張って欲しいです。  読んでいる方にも 「ナイト3人衆頑張れ~!」  って、思ってもらえたらなあ。と思います。  実は、もしもちゃんとした本に、自分の作品がなるとしたなら、1話から3話の、「貴方とお会い出来て、わたしは幸せだ」と2人がキスをするところまでで、1巻だったりして。  なんて、思って描いていました。  いやいや、本になる訳ないでしょ、と言うツッコミは置いといて(笑)  もしも、それで1巻なら、全6巻くらいを目指したいなあ。なんて思っております。  今くらいの短さでの発表なら、もっと10話以上まで行きそうですけども。  今のところ、間髪入れずにって感じに、発表出来るのは、次の4話までになりそうです。  今回の3話は、ちょっと長かったですね。  次の4話は、ここまでは長くないです。  5話以降は……うーん……  この物語、一応、最初に物語として浮かんでいたのが、3話まででして。  ついでに4話も、どうにかなりそうになったので、それは発表出来そうなんだけど。  5話以降は、いつになるかなあ。  一応5話は、6月を目指しています。  でも、6話なんか、すっごく白紙。  7話なんか、もっともっと白紙。  サクサク発表出来なくて、何だか申し訳ないです。  でも、シャンルメ達の物語を、楽しみにお待ちいただけたらな、と思っています。  今後もどうぞ、よろしくお願いいたします。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加