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―人魚姫は、海の泡になって、遠い遠い空のかなたに消えていきました―
王子と花嫁の目の前で、私は海に身を投げる…つもりだった。それが、こんなことになるなんて。
1
王子を殺せば私は人魚に戻れる。そのために姉からもらったナイフを手にして、王子の部屋に忍び込んだ私は、あっさり王子と婚約中の姫に見つかり、今こうして海の真上のデッキで問い詰められている。
「どうして…」
隣の国の姫は蔑んだ目で私を見た。王子は、私とは目を合わせず、ただ気まずそうに下を向いている。
目の前の姫は、王子が私を愛さなかったことが原因で、私が王子を殺そうとしたと思っているようだ。箱入り娘として育てられた姫には、殺したいほどの愛を理解することは難しいだろう。
私だって、王子を愛してた。だから、誰かのものになるくらいなら、誰のものにもならないでほしいのよ。
さよなら。そうつぶやいた私を、王子は見ていただろうか。私はデッキの柵に、身軽な動作で乗り上げた。
あまりの早さに、それを止めるものは誰もいなかった。
そして私は、海に身を投げようと足をデッキから離したはず、なのだが…
どこからともなくやってきた誰かが、私の手をつかんでデッキの内側に引き寄せた。
「ちょっと待って!」
私の手をつかんだのは、私が愛した王子ではなく、真っ黒なスーツに身を包んだ小さな男の子だった。
止めないで、と私は声が出せない代わりに子供の手を振り払おうとするも、子供の力は強く、振りほどくことはできなかった。
「まったく…予定より7分も早く飛び込もうとするから焦ったじゃないか!」
子供は腕時計を眺めながら嫌味らしくつぶやいた。その様子は可愛らしさもありながら、奥に計算高さを感じさせた。
「(君は誰…?)」
私は精一杯体を使って、声が出せないなりに伝えようとする。そんな私に気付いたのか、子供は満面の笑みでこういった。
「大丈夫!とりあえず僕についてきて!」
子供は強引に私の手を引っ張ると、唖然としている花嫁と王子の二人を押しのけて走り出した。
「(ねえ待って!止まって!)」
そう叫ぼうとしても、喉はヒューヒューと音を立てるだけだ。子供は私のほうを振り返ることなく走り続けて、やがて城を出た。
ようやく子供が止まったかと思うと、今度はすぐに話し出した。
「やあ人魚姫。僕はジゼル。君を助けるためにやってきたんだ」
「(え?)」
ジゼルと名乗った子供は、私に向かってうやうやしくお辞儀をした。突拍子もないことを言うわりに、口調は偏屈そのものだ。
というか、もっと気になることがある。
なぜ私の体は消えてなくならない?とっくに魔女との約束の期限は切れているはずだろうに。私は体のあちこちを触って、自分が人間の体であることを確かめる。
「あー、魔女との約束なら、もう効いてないから、君は泡にならないよ。僕がいろいろと手を加えちゃったからね」
ジゼルと名乗る子供は私の様子を見て、自慢げに胸を張って言う。
「(どうして?)」
声が出せない私を見て何かをひらめいたように、ジゼルはそうだ、と指を立てて私に向かって指で円を描いた。
「っ、どうして君は…」
そこまで言いかけて、自分が声を出せていることに驚く。のどの痛みも全くない。さっき、ジゼルが指を動かしたおかげだろうか。
「やっぱ綺麗な声だね。うんうん」
「ジ、ジゼルが、やってくれたの?」
「うん。僕すごくない?」
ジゼルに尻尾は生えていないはずなのだが、なぜか尻尾をぶんぶん振っているように見えた。
「…どうして君は私を止めたの」
未だ、自分の声が耳から聞こえる現実になれない。
「どうしてって…君が可哀想だと思ったからだよ。…君は王子様を助けて、それなのに王子様はその恩を忘れて他の娘と結婚するだなんて!しかも花嫁は隣国の第二王女なんてね…まったく可哀想だ」
大げさにジゼルは悲しむふりをする。その様子は私のことを面白がっているようにも見えた。
「ねえ人魚姫。復讐したくない?」
ジゼルは天使の笑みをたたえながら、悪魔の笑い声を漏らした。
「そりゃ…したくないわけないけど」
私の返答を聞いて、ジゼルがまたにやりと笑った。
「よし、じゃあ君は今日からブラックヒロインだ!どんどんハッピーエンドをぶっ壊しに行こう!」
「どういうこと?」
私が不思議そうな顔をしても、ジゼルはお構いなしだ。
「まあやっていけばわかるさ!」
拝啓、人魚の姉たちへ。今日から私はブラックヒロインとして、復讐をすることになりました。親不孝をお許しください。
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